6-1 精算
接続された瑠璃は、朦朧とする佳夜を背負った。そのまま隣の村に二人は逃避する。あの日逃げた通路は塞がれていなかった。新しい足跡を作りつつ、隣の村に突き進む。
「黎がいた!」
「あれは違うって、あの男が言ってたでしょ!」
瑠璃は身体を使われていた。接続は2人で意識を共有し阻害しながら運命共同体となる状態だ。自分が二人になるようなものだから、精神的に負担が大きい。
「早く逃げないと死ぬよ」
「でも!」
「私は死にたくないの!」
佳夜は絶叫し、隠し通路の土に声は吸収される。瑠璃は押し黙るしかなく、自分を恥じた。
「謝るより先に何するか、でしょ」
走行しながら佳夜の手は動く。さながら死後硬直後の死体みたく指先は震えて、地図を抜き出した。
「うつるから2枚もらった。二枚目はミタク村への行き方だった」
後ろの首からにゅっと肌色の手が生えてくる。片手に持っていた地図は拡がり、通行手段が記されていた。
「意外と近いね。あ、もう少しで外」
二人は通路を行けて星空を迎えた。まっ更な土地で粒の星を見つめつつ、瑠璃の身体は肩で息をする。
「ヒカルのチケットを使おうよ」
地平線を青い光が駆ける。接続したままの瑠璃は足の痛みを感じなくなっていた。振り返る余裕もなく遠くへ逃げていく。緒方黎はズファレの手のひらで踊っている最中だ。
彼は、緒方黎の監視から逃れるために、大きな柵の外側を走っていく。すると、駅への移動中に、車を見つけた。佳夜がスキャンすると見た目だけ古くて、中身は動かせるようだ。弾丸の跡で、誰かが乗り捨てたのは明らかだった。彼女は身体を取り返し乗り込む。
「電車は使わないの?」
「この方が早い」
「ガソリンは? 不浄は?」
「佳夜、私を好きって言って」
「え、ええ?!」
突然の出来事だったから、佳夜は目を見開いて赤面する。お構い無しに距離は詰められ、車の側面に体を当てた。
「口にして!」
「す、好き……」
「なら、不浄がどこにいるのか教えてね」
彼女は車が壊れてないことに安堵した。エンジンがかかるように鍵を回している。
「ひきょうもの!」
「佳夜、乗って」
空きっぱなしの車に風がとどまる。佳夜の顎にほくろを見つけた。助手席に乗り込むとベルトで安全にし、また瞳を半分閉める。
「運転できるの?」
「運転は見たことある」
「いや運転できるか聞いてるんだけどぅあー!?」
瑠璃は記憶頼りに操作する。車輪は不必要な回転をして地面に飲まれそうになった。佳夜は荒々しい運転で目尻に涙を浮かべる。
「うん。残り少ないから、どっかから調達しなくちゃいけない」
「もー! 不浄のいるルート教えるから!」
「死にたくないんでしょ」
瑠璃は感覚が共有された。直感で避けられる場所はハンドルを切る。横転してしまったら、佳夜が衝立で戻した。そうして、車の足跡の他に不気味な木の杖が並んでいる。
「なんか、イキイキしてるね」
「そう?」
「人の事考えてないときってイキイキしてるね!」
振り落とそうとしたけど辞めた。シートベルトを怯えながら撫でていたからだ。
借りた車は森の中で力尽きた。スキャンしたら不浄の姿は見えていない。佳夜は座席を後ろまで倒した。髪を青くし車の強度を確かめる。瑠璃は鞄からレーダー機を取り出しスイッチを押す。
「佳夜に劣るけど、不浄を見つけられる。この警報を合図に動こう」
彼の車はキューブ行きの盗んだ車よりも頑丈だった。扉を開けて、カバンから紐を取り出す。罠を森に張り巡らせ、警戒を怠らなかった。
「ごはんたべよー」
友達の掛け声で駆け足になる。音を立てないように扉を閉めた。彼女は瑠璃の鞄から食べ物を慎重に抜き出す。
「よかった。中身は飛び出てないね」
「これは、弁当?」
「マコから貰った」
箸と一緒に四角の箱を受け取った。蓋を開け冷たい飯を口に含む。彼女は出会った時を思い出した。
「ありがたいね」
箸が口と弁当で往復している。ハムスターみたいに溜め込んで、喉をしきりに動かした。
「そういえば助けた時も弁当を食べたね」
彼女は目を見開いて、そんなこともあったねと懐かしむように歯を動かす。
「覚えてない」
「あーっ、絶対嘘ついた!」
箸を弁当の上に乗せる。米粒が隅に散らばっていた。
「私は覚えてるよ。あのね……」
「分かったって」
二人はケアハウスと関係が変わっていない。出会った時から秘密を打ち明け、壁を乗り越えスキンシップが増える。瑠璃にとって些細な問題で、話題に上がるの恥ずかしい。
佳夜はデカルトだから人との思い出が少なかった。ケアハウスの日常は愛おしい温もりに溢れていたのだ。なので、何回も同じ話を繰り返してしまう。
二人は夜が上がるまで交代で睡眠をとった。
▼
海から近い場所だった。大きなショッピングモールの横で、家を飲み込む形で存在する。
「ここが、黎の育った場所……」
緒方家の村は埋め立て地だった。道路は車が投棄されている。
車から降りた二人は、全体的に灰色な空気の悪い場所に放り出された。
「とにかく、あの場所に行こう」
「あの、飲まこまれたような家たちのとこ?」
瑠璃は靴の踵を踏んでいたから、人差し指で履き直す。つま先で地面をつつく。後ろから佳夜が体を丸めて着いてきた。
家の上に家が立ち、圧縮された住宅は悲鳴をあげるように、窓が目みたいで震え上がる。
「あれ、誰かいる」
家の近くまで歩く。死んだ不浄は有刺鉄線に巻かれ銃口を不能にしている。彼女らの前にいたのは見覚えのない男性だった。張り付いた笑みに白い装束を纏っている。
「緒方さんですね。こちらです」
「あ、えっと」
「お連れさんもご一緒にどうぞ。その方が警戒しないでしょう」
瑠璃は相手の意思を尊重したいから、隣の佳夜に助けを求める。しかし、彼女は怯えをなくし男性を睨んでいた。
「貴方はデカルトだよね」
互いの視線は外れることがない。切り出したのは男性からだった。
「ズファレに追われて流れ着きました。貴方も同じようなものでしょう」
「緒方家が何していたのか、わかって協力してるの?」
「今は緒方優がいない。即ち、明みたくエネルギーは奪われることないです」
男性は背後の建物に上半身を向ける。一つの窓から明かりが消えた。
「彼らは不朽の国に対して異常な執着心があります。それは緒方さんも同じでは?」
突然に矛先が飛んでくる。目を外して、道路に熊のぬいぐるみが右手がもぎ取られ捨てられていた。
「私は……」
「ごめん、意地悪だったね。行こうか」
佳夜が先に行くので、彼女は置いていかれないように背後をひっつく。
人は頼りになるところと頼れないところを合わせて人なのかもしれないと、瑠璃は深く考えては喉を鳴らした。
「この建物は緒方が始まった場所です。信者はズファレの脅威に耐えながら、反撃の狼煙を虎視眈々と狙っていました」
建物内部は見た目より広かった。長い廊下は整頓された書物が積まれてる。素通りする部屋に、同じ衣装の信者達が談笑するか、瑠璃たちに興味を示し目を動かしていた。
案内役の男性は連れていきたいところがあると言う。女性ふたりは接続できるように体を密着させた。
「今から会うのは、この組織の幹部でありパイプ役ですね。貴方ならよくご存知かと」
「私の知ってる人?」
明の半透明な幻影を作っては手で払った。過剰な期待は意欲を削ぐだけだ。
男性は階段を登って二階の近くにある扉を叩いた。返事を待たず扉を開ける。男性が先に入り、二人も続けた。
「パソコン?」
三人の前に、開かれたパソコンがテーブルの上に設置されている。横に坊主の男子がカーペットの模様を弄っていた。
「画面をつけてください」
男子は一つのボタンを押した。画面は白み、ノイズをバラマキ人の顔が浮かぶ。その人物は、瑠璃のよく知る人物だった。
「緒方、生きていたか」
「ミツヒデじゃん」
佳夜に再びミツヒデのことを説明する。彼女は快く思わず瑠璃の脇を固めていた。
「ああ、ミツヒデだ。協会と緒方家の橋渡しであり、緒方家の幹部になっている」
ミツヒデは右頬に擦れた後を作ってる。それ以外は変わり映えしない。
「鉄板の件はどうも」
「今の君は持っていないんだから興味ない。それよりも、緒方黎がいなくなった世界を教えよう」
彼は簡単に経緯を語る。
黎の死後、ヒカルは協会を革新した。自分の味方を作って、不朽の国を潰すことに専念したようだ。緒方家の信者は、その流れを嗅ぎつけミツヒデに連絡をとった。
「つまり、俺達は不朽の国に襲撃をかける」
「ああ、やっぱやるんだ」
「ああ、政府も裏から武器輸入など手を貸してくれることになった。彼らも手を焼いていたようだ」
どっちかが分かっていたと呟いた。
「不朽の国に復讐の弾丸をぶち込む。ズファレの暴虐に反抗したいデカルトも集まっている」
デカルトの男性は笑を崩さずパソコンの横で立っている。ミツヒデに視線を戻した。
「しかし、我らは勝てないかもしれない。不死身の部隊に白星をあげられるのかって、信者達は不安に駆られている」
瑠璃は答えを予測できた。そして、それを断ろうと即決する。
「君は『緒方黎』として振舞ってほしい。ズファレの城から生還した英雄となって前線を貼ってほしい」
「私はその価値がない」
「それが嫌なら」
瑠璃は佳夜の手を繋ぐ。接続をして髪を青くした。
「隠れてもいい。今の生活を続けたらいい」
「……」
ミツヒデの予想外な言葉に口を紡ぐ。相手は見越して話を続ける。
「我々は母の弔い合戦をしてるだけだ。君の生死に責任を持てない」
「そりゃそうだね」
「デカルトはズファレに狩られる。緒方瑠璃は『明を見つけるために』捜索される。それでも、逃げる道はある。緒方黎がそうだったように」
「見つかってない……?」
「明は発見されていない。ズファレは君を探すのに躍起だ」
安堵したのもつかの間、デカルトを駆逐する発言を忘れられない。それはつまり、佳夜も命を取られる可能性があるのだ。そのぐらいは、連れ出すときに分かっていた。しかし連れ出したのは、自殺紛いの往復に耐えられなかったのだ。なぜなら、瑠璃にとって大切な存在になってしまったから。
「どちらにしろ、君に聞いてほしい話がある」
男子が二つの席を用意する。会釈しこれに腰掛け、案内した男性と坊主は扉から出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます