5-2 自身について

 二人はうつるの拠点に招待された。瑠璃はうつるに敵意を向け、経緯を聞く。


「ズファレは襲撃して君を誘い込もうとした。しかし、現れないから住民を不死身にして消えた。でも、俺は待っていた」


 彼女はマコに視線が泳ぐ。どうしても、組み合わせが噛み合わなかった。


「黎から村の真相は聞いたか?」

「……」


 うつるは外にいるマコと佳夜に視線を向ける。その横顔は向かいに座っていたカップルに似て悲哀に満ちていた。


「なら、真相を教えてやる」



 うつるは緒方優の血を正当に引き継いで生まれた子供だ。母親の連れてくる友達は生傷が耐えず、気付いたら施設からいなくなっていた。昔からずっと疑問に思って口に出さない。ある日、金髪の悪魔に唆されるまでは。


「君、持ち物を落としたよ」

「あ。ありがとうございます」

「ん、君って緒方家の子供かな。俺、緒方家の考えに理解ある信者なんだ」


 その男性は瞳が笑っていなかった。金髪で碧眼という、魅力のある人間だ。信者にしては失礼な態度で、明らかに怪しかった。


「そういえば聞きたいことがあるんだけど、黎くんと仲良いよね」


 緒方黎はうつると長続きする友達だった。ほかの子供たちは実験で死んでいくけれど、彼だけは生かされていたからだ。


「友達だから仲いいよ」

「本当にそうなのか。見てる限り、苦手そうにしてるが」


 緒方黎は緒方優にある部屋へ連れ回された。しばらく入っては2人は出てこない。うつるは恥ずかしくなって聞けていないことだった。母親は息子を触らないで孤児の黎に執着している。


「君は黎との喧嘩を恐れてるだろ」

「恐れてなんかない」

「うん。一つ昔話をしてやろう」


 金髪の男性はうつると距離を縮め、相席を迫る。うつるは肩を回され逃げられなくなった。


「俺も昔は友達がいた」

「……"いた"?」

「友達は罪になってしまったんだ」


 母親の取り巻きから詳細を聞いている。決勝の取り込み方を人間が失敗したら、体が膨張し大きなミミズみたいになる変異だ。


「あることで友達と決別してね、久しぶりに連絡を取ったら変わり果てていたんだ。その時、俺はどう思ったと思う?」

「どう思ったの?」


 金髪の男性は胸の中央を指に当てて苦しそうな演技をした。その下手な仕草に、うつるは目を椅子に向けたり泳がせる。


「うつる君は聡明で優しい子だ。辛いことがあったら教えるといい。俺の名前は―――」


 それがズファレと緒方うつるの会合だった。その場所でズファレとうつるは相談仲間になっていく。主にうつるが友達や母親の不満をズファレに受け止めてもらっていた。


「本当は、母さんって子供を使って実験してるんだ」

「それはひどい奴らだな。俺は君の味方だ」時には激怒してくれて、ズファレはうつるにとって欠かせない友人になっていた。


「そういえば、君のところに明って子はいなかった?」


 ズファレはうつるに質問する。彼はその名前で幽閉された少女を思い出した。家の地下にいると進言する。


「一回、見たことあるんだよね。まさか、ここにもいるなんて思わなかった」

「なんで、そんなこと聞くの」

「そんな怒らないでくれ。昔、接点があっただけだ」


 彼は隙を見て、うつるを街の外に遊ばせていた。その都度、明の話を聞かせてあげて、うつるの興味をひく。

 うつるはズファレに何かしてあげたいと感じるようになった。彼の瞳は、冷たいわけじゃなく孤独に耐えていると誤解する。うつるは純粋な感情をズファレに献上してしまう。それこそが、ズファレの狙いだと知らなかった。


「ねえ、うつる。君の村を救わないか」

「どういうこと?」

「マスコミに悪いやつを教えるんだ。そうしたらみんな仲良くなる」

「そうなの?」

「そうしたら、構ってもらえるかも」

「ズファレが言うなら、やるよ。だって、いつも正しかったから」


 ズファレは外部から緒方家を潰せずにいる。緒方家を宗教が強固で崩せないから、裏切り者を立てることにした。それが、緒方うつる。うつるはマスコミに公表し、緒方家は大バッシングを受けた。

 忽ち緒方家を解体すべき。そういった文面の新聞が、テレビで出回った。それでも、うつるはズファレを信じている。


「うつるの家に乗り込むよ。うつるも付いてくるといい」


 そうして、ズファレは緒方家を解体した。緒方優はシステムを壊され不死身じゃなくなり、殺される。緒方黎明の実力を引き出すための機械として宛てがわれた。

 ズファレは緒方家の技術力で不朽の国を完璧なものにし、うつるを貢献人としてポストを与えた。


「うつるのおかげで悪はうち滅んだ」


 うつるは不死身にされていた。そのせいか、歯向かわず理由なく世界を見回る。彼は空っぽな心を満たすように歩き回った。だけど、何も手に入らなくて、不朽の国に帰ってくる。


「さあ、君は友達を正すときだ」


 ズファレによって緒方黎が明と一緒に惨めな扱いを受ける。その光景をみて、うつるは『ざまあみろ』と心で笑った。



「俺は緒方黎が嫌いだったんだろうな」


 ズファレは過去を話し終えた。瑠璃は顎を引いて喉を鳴らす。

 太陽が山の向こうに落ちた。スイッチを押したみたいに外は星空が点灯し真っ暗闇が包む。


「あの後、マコから不朽の国から逃げたいって願われた。それに従って、ここに行き着いた」


 今のマコはヒカルと話して、選択した未来にいる。


「緒方黎を殺した時、どう思ったの?」

「ざまあみろって、思えたらよかった」


 彼女は胸倉を掴んだ。うつるは苦しそうに掠れた声を出している。それを瑠璃は堪能した。身体が勝手にうつるの苦しむ様子を求めていたのだ。


「死ね」


 まるで緒方黎のような口調で喋る。手を離したら、彼は喉を大切そうに咳き込んだ。


「明日にココを経つといい」

「どうして?」

「ズファレが来る」


 マコと佳夜が慌ただしくリビングに走ってくる。手洗いを済ませパンツの裾で水分を抜いていた。


「俺には分かる。アイツは俺にも何か仕込んでる」


 彼はマコに指示をした。それを聞いた彼女はある物を棚から取ってくる。それはある紙だった。


「ミタク村に迎え」


 地図を机の上に乗せる。重みのあるもので端を抑えて中を見せた。その地図はある建物を示している。


「緒方家の生まれた場所だ。そこに信者が住んでいる。その外見なら、受け入れてくれるだろう」

「"あんた"は、マコを巻き込んで死ぬのか」


 瑠璃は特に気にしなかったが、彼の友人は引っかかる。


「あんた?」


 うつるの雰囲気が変わった。幽霊みたいに体をふらつかせる。


「お前は瑠璃なんだよな?」

「そ、そうだけど。急にどうしたの」


 彼女の口調で、疼いていた疑問が膨れ上がる。


「もしかして、緒方黎が瑠璃と思い込んでるんじゃないんだろうな」


 底知れない不安が足元から忍び寄る。信じていた事が抜け落ち、取り繕っていた自分が失われた。


「私は、瑠璃だけど」

「なぜ確証できる。誰が証明してくれる。そう思った方が、都合から思い込ませているんじゃないか」

「な、何を言ってるの?」

「計画が失敗して瑠璃を巻き込んだ。そのせいで、咄嗟に自分は瑠璃だと誤解させた。いいか、自分が自分だと、ごまかすのは簡単だからな」

「貴方こそ中身が違うって言ったじゃない」


 佳夜は顔つきを変えて、男に詰め寄った。うつるは動揺せず、デカルトと対面する。


「俺もカセットだ。その考えが刷り込まれていた。緒方黎は明以外の女に肩入れするはずがないって」

「うつる、待って」

「明に肩入れするから、俺はせいせいしたんだ」

「うつるって呼んでるでしょ!」マコは地図を乱暴に直してテーブルに放置した。

 彼の手を引いて別室に移動しようとする。扉を締めるさなか、2人へ一言だけ残した。


「うつるの言ったことは気にしないでいいからね」


 緒方瑠璃は簡単に切り替えられなかった。うつるの槍は重く、心から疑心の血液がジュースのように絞れる。


「私は、私は?」


 明が命を助けてくれた。それは善意から瑠璃を定めたのだろうか。好きな人を助ける方が現実味がある。時間がかかるだけで助けられないわけじゃない。明はそう教えていた。彼女は、彼なのか何なのかわからない。


「瑠璃は瑠璃だって!」


 突然、頭に強い衝撃が届く。後頭部に痛みを覚え振り返る。佳夜が顔を赤くして睨んでいた。


「瑠璃は深く考えすぎ! 私は貴方が間違っていても受け入れるよ。でもね、今、自分の手元を見て?」


 瑠璃は刃物を握っていた。身体も白くなって、髪も青い。


「自殺に使わないで」

「……ごめんなさい」


 分かればよろしいと、刀を奪い取って鞄に隠した。佳夜の説教で瑠璃は心が救われる。


「ねえ、瑠璃。ミタク村に行こう」

「うん」

「そこに行けば何か分かるかもしれない」

「……佳夜は私を瑠璃だと思わない?」


 真剣な悩みを瑠璃は打ち明けた。しかし、佳夜はその質問にめを剥く。


「貴方は私の友達」

「……付き合わせてごめんね」

「私が好きでしてるから」


 その時、門から警報が鳴り響く。赤いライトが村を巡回した。瑠璃は反射で接続しソファーの裏に隠れる。


「誰が来た!」


 うつるは気まずさを棚上げして、リビングの窓付近に待機した。


「瑠璃、駅の近くに車が止めてある。鍵はさっきの地図と一緒に入れてある」


 彼の手には武器が握られている。瑠璃も容量を掴んで刀を生成した。カーテンの隙間から近づく人間を目視する。

 家の前である男が立っていた。月明かりをバックに、瑠璃と同じ形状の刀を所有している。


「え、嘘……」


 門の前には緒方黎が立っていた。彼目が合ったうつるはがなり立てる。


「瑠璃、ミタク村に行け! 俺はここで食い止める!」


 鞄を佳夜は背負ってあげた。顎に透明な汗を流し、友人の首根っこを手にし引っ込もうとする。


「……お前は誰だ」


 緒方黎は敵意を削がれた。居るはずのない自分が、うつるの横で目を見開いている。


「ああ、二人目というやつか」

「黎!」

「お前も黎だろ」

「黎、それでいいの?」


 佳夜は瑠璃から身体を奪って逃走した。彼女の記憶にある隣村への避難経路を使って、村を去る。

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