4-2 また始まってしまう

 核シェルターを説明する看板を横にした。二人は大穴から出て目的地に急ぐ。

シェルターの周囲は、太陽を招き入れる構造と別に、不自然な空洞がある。


「瑠璃、付き合わせてごめんね」


 畑で使用する靴を佳夜は履いていた。そのチグハグさに瑠璃は眼を離せない。


「今日は畑仕事じゃないから大丈夫」

「ちょっと、どこ見てんの」


 足を止め、踵を持ち上げる。大きさが合わなくて靴が抜けそうになっていた。彼女は借りる人を間違えたと愚痴る。


「瑠璃って、話聞いてるか分かんないね」

「よく言われる」


 二人は目的地に到着する。髪の毛が焼けるような匂いするので、彼の存在が近いと嗅覚で伝えてるようだった。


「ミイ。来たよー」


 一つの影がゼリー状の肌を震わせる。その影は人間の何倍も大きく、まるでミミズのような生物が目玉を向けた。


「今日も目玉ばっかだね」


 人間を粉々にして棒状にしたような生き物が、複数の目玉で二人を観察していた。

 その生き物から佳夜は手の届く範囲の、近くの肌に平手打ちをする。


「あーあ。足の方に目玉潰れてるよ」


 いっせいに目玉が左下に移動した。彼女が指さした方向を認識している。その生物に佳夜は慣れた手つきで振り下ろす。その箇所を必要に叩くと切れ目が縦に広がって口となる。


「ほら、食べな」


 生物は目を大きく見開いた。瑠璃は一歩後ずさっても、佳夜は決して引かない。


「何を食べさせてるの?」

「んー、まあ色々。瑠璃は何か言われたの?」


 佳夜は寝息を立てる獣を撫でている。その姿にどこか悲哀があり踏み込めない。


「前に話したこと、ズファレを倒さないかって聞かれた」

「ひーっ、そりゃ大義だね」


 二人の場所は獣以外誰も近づかない。獣は身体を擦りむいてるのか青アザが目立つ。


「それで、行くの?」


 全てを知っても彼女は、瑠璃に決定を委ねてくれていた。解決方法を無闇に伝えない優しさが、今の彼女に必要なものになっている。


「分かんないなら、まだケアハウスに残ってよ」


 勇気を振り絞って獣に近づく。呼吸は荒く、人の心臓が恐怖で震え上がった。弱々しく伸ばした腕は弾力のある肌に没する。


「それは出来ないかも。ちょっと行きたいところがあるから」

「……でも、今夜だけでも」


 新聞は一年半も昔の特集だった。村は不浄に襲来され壊滅する。兼ねてより傘下に加わる話があった不朽の国が復旧を手伝い、村は不朽の国そのものに変貌した。生命を侮辱する悪寒は、彼女の本能に刻まれて忘れさせない。その刻まれた傷が、早く村に戻れと叫んでいた。

しかし、今の瑠璃は姿形が別人。緒方の姿だから瑠璃の事を信じてくれないはずだ。信じたところで、村に恩は少ない。


「私はまだ幼いよ」

「瑠璃?」

「独り言」


 瑠璃は手をぶらんと落とし、獣から距離をとった。その行動に習うと、獣は後方に転がって闇と同化する。


「あれって罪と呼ばれる生物じゃないの」

「罪と呼ばれる生物に近いかな」


 先日に男が発言していた、罪が核シェルターを不浄から守っていることを回顧する。その罪と呼ばれる生物が、あの人間の棒みたいな存在だった。


「はら、人間が結晶を飲み込んだら罪と呼ばれる肉塊の生き物になるよね」

「でも、近いって何?」

「エス系結晶を体が受け入れず寿命が縮まることかな」


 洞穴から二人は出てくると日没が早かった。土埃をつけている彼女に佳夜は指で拭ってあげる。


「佳夜、よると言わず今から部屋に行こうか」

「え、いいの?」

「私がそうしたい」


 目線が合致して離さない。瞳孔が広まっていくから嘘だとわかった。


「わかった」


 核シェルターは日差しを遮断し夜に移ろう。人工の照明から申し訳程度の明かりが垂れる。


「あ、あの人」


 彼女は後ろに目を奪われていた。その先を追うように上半身で振り向くと彼が歩いてきた。


「ヒカル……」

「新聞は読んでくれたか」


 隣の管理人に作り笑顔で回答する。ヒカルは仮面をかぶって友好関係を築けていた。


「デカルトの君は関係のない話だ。なにも瑠璃さんを傷つけたいわけじゃやい」


 三人の会話を他人は聞く暇がない。シェルター内の人々は帰宅を急いで本を脇に抱えている。


「この核シェルターは面白い文明があったけど、瑠璃さんは気付いてる?」

「瑠璃、帰ろう」


 捨てられたくないと少女が震わす肩に集中する。赤みがかって人間と大差ない。


「核シェルター外の洞穴に罪がいるけどさ。あれ、デカルトが選んでるんだな」


 ああ、噂は本当だったんだ。畑帰りに嘲笑されたことや、事情を知って大人が近づかないこともあった。彼女は呼吸がしやすくなる。


「デカルトに選ばれるなら、指定された人間も納得して肉塊に落ちなければならない」


 ヒカルは一日で情報を収集していた。チームで来たらしく二人の行動を見張る黒服の大人が視界に入る。


「ああ、だから、そうなんだ」

「それはそれとして、どうする」


 足の力が抜けてから、地面に尻を付けている。過去の彼女と今の事実を照らし合わせた。そうしたら、答えは簡単に出る。

 もう、彼女は後悔しちゃいけない。


「……やっぱ、今の私は不朽の国へ行きたくない」

「村はどうするんだ」

「それは、自力で戻るよ」


 ヒカルは真っ直ぐと仲間の瞳を見据えた。緒方の皮から彼女の真意をすくい上げる。赤い目は動かないままだ。


「本当にそれでいいんだな」

「ヒカル、来てくれてありがとう」

「端末を渡しておくから、何かあったら連絡して。核シェルターから出たら神社に向かうといい。そこでチケット売り場があって、電車に乗れるだろう」


 彼は片手サイズの機械を手のひらに乗せてあげる。一歩下がったら振り返ることなく街に消えた。核シェルターにいる限り再開することはない。


「ねえ、夜じゃなくて、今から話さない?」


 二人はケアハウスに帰宅し二階に駆け込む。子供たちは自分の世界で遊んでいた。


「ここ座って」


 布団の横で二人は肩を寄せ合う。最初に語り出したのは佳夜だった。


「さっきの人から聞いちゃったね。私の真の役目」

「ごめん。前から薄々は気づいていた」


 佳夜と距離が近いから、相手の息を呑む音でさえ耳に沈む。


「誰かにやれって唆されたの」

「それは、言えない」

「あ、居るんだ」


 心臓がうるさかった。耳の近くで鳴るから、落ち着きがなくなっていく。心の内を人に晒すのは恥ずかしいことだった。


「選ぶしかなかった。デカルトは不浄と戦えないから」

「え、何で戦えないの?」


 佳夜は布団の隅から天井、そして瑠璃に戻る。答えまいか考えるために、顔のシワが中央に寄って、彼女は内緒だと最初に付け加える。


「不浄を作ってるのはデカルトなんだ。今はその命令ないけれど、誓いは破れない」

「もし、人間の不浄殲滅に手伝うデカルトがいたらどうなるの」

「その人は、仕事よりも好きな人がいるんだね」


 とにかくと、話を戻す。気弱の彼女が帰ってきた。


「私はケアハウスを受け継いだ。それが、せめての罪滅ぼしだった」

「私も罪滅ぼし?」

「そうかもしれない。私は貴方に逃げていたのだから」


 まるで明日の天気を聞くかのような気軽さで、瑠璃にあることを訪ねた。


「私が死んだら悲しんでくれる?」


 彼女の頭に記憶が散らばった。管理人の死に繋がる全てを1年間から取り上げる。


「死ぬことは絶対に許さない」


 彼女はタチの悪い冗談だったと無理に笑う。そして、足を上下に動かしだす。


「今日会ってくれたミイは、一週間以内に死ぬと思う」

「また選ぶの?」


 彼女は生き方に苦悩している。自分手を汚しているからだ。月の民から連絡が来なくなってから、シェルターに君臨することになった。不浄を作って人類を試す。その行動は清いものだと疑わなかったらしい。だからこそ、今の現状は心臓で槍を貫いてるぐらい痛がった。


「選びたくないな。でも、選定は死ぬまで終わらない」


 緒方黎は突発的に告白してきた。村を出る途中に、死ぬところを見るという約束に彼女は、首を縦に振っている。そして、不朽の国で彼の死に際に立ち会えた。なぜ、死ぬところを見られたかったのか未だに判明していない。


「一緒に逃げよう」

「に、へ?」


 布団から立ち上がってカーテンを閉める。電気は彼女が付けて、佳夜の参った顔の眉を凝視した。


「だったら、居なくなろうよ」

「ダメだよ。私がいなくなったら核シェルターが守られない」


 核シェルターの裏側が腹立たしい。面倒のシワ寄せがデカルトに纏まることを見逃せない。


「私の村みたいに兵士を雇うか、核シェルターの人たちが鍛えればいいじゃん」

「それに、ケアハウスを置いていけないよ」

「なら、みんなに聞いてみる?」

「待って」彼女はそのまま扉に手をかける。「待って!」


 自信が無いから、目が動き回る。恩人に悲しい表情させる全てが許せなかった。


「佳夜に居なくなって欲しくない」


 デカルトだから人を選定する。ケアハウスの管理人で罪滅ぼしをした。ミイと呼んだ生物も死に絶える。


「デカルト、人間なんて関係ない。私は佳夜と外に出たい」

「そんな事言わないでよ。分からなくなる」


 彼女は必要な言葉を頭で用意した。足に付けられた種族の枷を身勝手さで離したがる。なぜ、そのまで熱中するのかは自分でもわかっていなかった。


「旅行しようか」

「りょこー?」

「うん。いつもどっか行こうって言ってから、何もした試しがないじゃん」


 そこで佳夜は萎縮してしまい、自身の足りない配慮に舌打ちした。


「佳夜になら、私の恥ずかしい部分を晒せる」

「……」


 ケアハウスのメンバーは彼女と高い壁を挟んでいる。瑠璃は不思議に思いつつ旅の話やむらのことを伝えていた。壁を挟む理由はデカルトの役割で線と点が繋がった。


「瑠璃と美味しいもの食べたい」


 仕事ばかりで余裕がなかった。核シェルターでは本意ではない覚悟を求められている。


「野宿して朝焼けを見たい。もっと、色々したい……」


 彼女は顔を見ないように手を繋ぐ。そのまま下に降りてケアハウスのメンバーに打ち明けた。一人も反対せず別れを惜しんでいる。


「みんなともさよならだね」

「二人に会えないのは悲しい」

「いつでも帰ってきていいからね」


 その日最後の晩飯をとった。瑠璃は冷めた芋を口に放り込む。

 明日の朝、二人は核シェルターを逃げ出す。

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