4-1 核シェルターに住む人々

 太陽は等しく人々に照らしている。その明るさに額から汗が滴り、顎から落ちた。彼女は首元にまいたタオルで顔を乾かす。


「瑠璃ー、そろそろ帰ろう」


 畑の向こうから男性が手招きしている。彼女は泥から顔を離してかごを持ち直す。


「はーい」


 ツナギを着ている緒方瑠璃は、身体の向きを変えて外に出た。柔らかい地面に足が取られそうになる。


「瑠璃、この魚は安全な場所で捕れたんだ」

「ハウスのみんなも喜ぶね」


 畑の区画を抜けた。漁業スペースも横切る。長い整備された道に人々が行き交う。ギーッという警報と共に空が閉ざされていく。布と鉄骨の屋根が覆い被さった。そのすぐ、暗い天井から電球が日差しを下に垂らす。


【本日はおしまいです。本日はおしまいです。日誌は翌日提出です。今日もお疲れ様でした】

「ここって、なんの施設なんだっけ」

「おいおい、百夜以外にも興味を持ってくれ」


 男性は瑠璃の言葉に肩を竦めた。その質問は本日で2度目だったからだ。


「元は核シェルターだ。ほら、この世界は戦争後に氷河期がくるって騒がれてただろ」

「私まだ生まれてない」


 瑠璃は極秘に建造された核シェルターで暮らしている。委員会は開発途中に死去し、残された施設に人々は住み着いた。


「ここは、なんでも流れてくる。川と人間の終着地点だ」


 シェルターは地下に作られるはずだった。しかし、不浄の襲来によって爆発し今に至る。


「何てったって罪が生息してるんだ。不浄も手足出せない」

「あ、ケアハウスが見えてきた」


 大きな一軒家のベルを鳴らす。表札はケアハウスと殴り書きされ、扉の向こうから慌ただしい足音が続いた。


「二人共おかえり」

「ただいま」


 男性が誰よりも早く台所へ走る。出迎えた子供たちは腹を空かせてるから雛鳥のように密着した。彼女は取れた作物を保存庫に貯蓄する。


「ねえ、佳夜(かよ)は?」


 老人はリビングの椅子に腰掛けて2階だと指し示した。瑠璃は頷くと階段から登っていく。そして、登りきったら三つの扉から一番を奥を選びドアノブを回す。中の熱気が彼女を包む。百夜と呼ばれる女性は布団の中からテレビを鑑賞していた。


「瑠璃、おかえり」

「ただいま、かよ」


 佳夜は足で布団を蹴っ飛ばした。ホコリが風で舞い上がって光に当てられている。


「瑠璃。今日もサンキュー!」

「もう、片付けるのは誰だと思ってるの」

「はーい」


 布団を畳んで片手に挟む。シーツのシワを引き伸ばしてから上に乗せた。佳夜は逃げるように地面を転がってテレビを後ろに直立する。


「笑ってくれるようになったね」

「うん。佳夜のおかげでね」


 彼女の背後でズファレが写っていた。あの事件から彼は飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大していく。ネットの評判を諸共せず不死身を唄っている。今や不朽の国に住んでなくても不死身を実用させていた。しかし、蘇る場所は不朽の国になってしまう。


「この生活は慣れた?」


 器用に手を回しテレビのスイッチを切った。瑠璃は意識が佳夜に帰る。


「芋を取れるようになったよ」


 瑠璃は腰を上げて椅子に座り込む。対面に置かれた布団に佳夜はかける。


「私をケアハウスに誘ってくれてありがとう」

「一人増えたところで変わらないからね」


 佳夜はケアハウスの管理人だった。このケアハウスは働く意欲があっても住む場所がない人を囲い、シェルターの管理をするというものだ。瑠璃は彼女の元に流れ着いている。


「ところで、瑠璃ちゃん」

「……やめて」

「みんな、中身のこと知ってるから大丈夫だと思うけど」


 男性が叫ぶように下の階から二人を呼んだ。子供たちも面白がって続いた。


「わかった。ごめんね」


 二人は立ち上がって下に降りようとする。管理人は首を鳴らしてカーテンを閉めた。


「いいよ。それでなんの用事だったの」


 締め切ったカーテンをずっと握っていた。部屋に暗闇が居座って誰も見えない。


「こ、今度遊びに行かない?」

「え、いいけど」


 後ろのまま、瑠璃の手が届く距離にまで歩を進めた。佳夜は奇怪な習慣があり、夜に瑠璃を呼んで今のような行動をとっている。


「ほんとに?」


 彼女は手馴れたもので放置し扉のドアノブを回す。


「ああ、まって!」佳夜も音で判断して後ろにへばりついた。

 二人はご飯で呼ばれたと勘違いし躊躇いなく進んだ。最後の段を踏みしめリビングに顔を出す。先頭の瑠璃は壁となり、佳夜の邪魔をしてしまった。しかし、瑠璃はリビングにある男性を発見する。


「緒方さん。久しぶりですね、ここに居たのですか」

「ヒカル、何で……」


 リビングの緑のソファーに、トレンチコートを着たヒカルが滞在していた。彼は逃げた日から成長し声変わりも終わっている。風貌に可愛らしさは抜けていた。


「緒方さん、少し外で話しませんか」

「い、いいけど」

「瑠璃……?」


 佳夜は見捨てられそうな子犬みたいに腕をつかむ。瑠璃は反応せず一歩下がって、ヒカルを通し、彼女と別れた。


「なんでわかったの」

「俺は協会に入ってるんです。見つからないわけがない」


 扉を過ぎて、表札の前に立つ。人は外に出らず家に明かりをともしていた。


「中身は、黎さんじゃないんですね」


 彼女は彼の顔を受け止められず右手を掻く。それが答えになってしまった。


「なら、瑠璃さん。俺と一緒に不朽の国を潰しましょう」


 瑠璃の心が外に出せと心臓をさす。腹に隠した激怒が変わったヒカルに頭垂れた。


「瑠璃さん。俺は逃げた日をずっと後悔していた。二人の結末を知って尚更惨めに思えたんです。俺の情報不足だって」


 胸ポケットからたばこを取り出した。ライターで煙草の先に火をつけ、口から白い煙を吐く。ヒカルは口に煙を残す。


「もうあんな思いしたくないから、頑張って協会を取り仕切るまでになりました。情報収集力はズファレに勝ります」


 煙草の灰が地面に落下する。地面に落ちて、ヒカルはブーツで踏みしめた。


「貴方がいれば緒方家の残党は付いてくる。今度こそ不朽の国を潰せるんですよ」


 他人の窓から家族の暖かい風景が垣間みる。一人の男は夜に犬の散歩をしていた。日誌を溜め込んだ人間が、図書館まで息を切らして突っ走る。


「私は明に生きろと命じられた」


 彼はタバコの吸殻を持ち前のケースに捨てていた。彼は逃げた時から顔つきが変わっている。その瞳は、出会った時より決意に満ちていた。


「だから、私は戦えない」


 彼女は死にたくなくて嘘をついてしまった。明の言葉ではなく、恐怖が口走らせている。


「緒方黎と、デカルトの明を殺されたのに、悔しくないの?」


 彼は初めて敬語を辞めた。突然、感情がぶつかって、瑠璃は瞬きをする。


「そういうの、分かんないよ」


 不意にヒカルは目をそらす。彼はケアハウスに視線を泳がせていた。瑠璃は見ないでとモヤついてしまう。


「今の瑠璃には居場所があるとしても、俺は明日また迎えに来ますから」


 核シェルターの住宅街から遠ざかる。小さくなるヒカルの背中が豆粒になるまで瑠璃は立ち尽くしていた。可能性の一つが離れていく。


「瑠璃、ねえ瑠璃ってば」


 彼女が我に返ると横脇に佳夜が呼んでいた。家の玄関からは一緒の仲間達が心配そうに見守っている。


「ごめん。中に入ろうか」

「うん。行こう」


 当時の彼女は生活の営みが大切だと感じていなかった。しかし、今は一日を無事に過ごすだけで幸せが頬に出る。

 佳夜に手を引かれ扉を閉めた。椅子を引いて二人は食事に参加する。ケアハウスの皆は二人を待って手を合わせた。場を盛り上げようと空回りしている。


「ねえ、瑠璃。また来てくれない?」


 空っぽの皿を水につける。瑠璃は彼らの顔を見れないまま階段を登った。

 同じ部屋に入ると、彼女が証明をつけ待っている。その雰囲気に瑠璃は慟哭した。


「あの男の人になんて言われたの?」


 瑠璃は正直に内容を教えた。その間も佳夜はペースを合わせてくれる。


「ねえ、瑠璃に言っておかなくちゃならないことがあるんだけど」


 彼女は足を伸ばし深呼吸した。両手は椅子の先に置き、沈黙する。

 すると、身体が青く光りだして、彼女が空をまう。それはまるで明と似た景色だった。


「私はデカルトなんだ」


 何故か納得が行ってしまい驚けなかった。彼女が特殊でないなら助けたりしないはずだ。瑠璃の心のつっかえが吹っ飛ぶ。


「緒方瑠璃って、あの緒方家のモデルだよね。だったら接続できるかな」


 明の手土産を開示する。脳に基盤が移され、それを口に出す機械と化した。言い終えた頃は喉が渇いている。


「無理に外へ出なくてもいい」

「そう、なのかな」

「無理に始める必要はないかな」


 今の瑠璃を過去の自分が見たら蔑む。衝動で走り出した彼女は中途半端に燃え尽きて自己完結してしまっていた。デカルトの彼女はそれを見抜いているのか定かではない。


「ありがとう。気が楽になった」

「それなら良かった。付き合わせてごめんね」


 瑠璃は彼女に感謝して廊下に出た。自分の部屋へ向かうたび、肯定と否定が白黒混ざりあって正解が遠のく。

 出来ればこのまま終わってしまいたいと刹那的な願いを馳せ、布団に倒れ込む。



 彼女は朝の光で目を痛がる。開けっ放しのカーテンは心地よい外の風を運んでいた。太陽は核シェルターの開けられた穴から覗いている。

 布団から逃れる獣になって、着替えてから外に出た。


「瑠璃、おはよう」

「おはよう」


 玄関から外の空気を肌に浴びせ、郵便受けに手を突っ込む。複数の紙を片手で腹に温めたら立ち去る。

 リビングでは眠そうな人が、欠伸しながらテレビをつけていた。流れてくる朝の放送を気にしながら手紙を仕分けた。その一つに、新聞の見出しが貼られた紙を発見する。


「あれ」彼女の声に男性は興が乗る。


「どうした」

「悪戯かな。こんなの入ってた」


 男性は瑠璃の手もとをじっと見つめた。彼の瞳が上から下へ降りていく。


「……村が襲撃されて不朽の国が助けに行ったらしい」


 彼女は新聞を胸の前に戻して文字を追う。


「え?」


 その新聞は、佐屋野瑠璃の住んでいた村が襲撃されたという見出しだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る