3-2 不朽の国
「謙也……?」
謙也と呼ばれた男は彼女の手首を後ろに回し拘束する。ヒカルの抵抗は虚しく瑠璃は捕まった。
「謙也だよね」
男は他の仲間にヒカルの捕獲を命じる。その後、口を開いた。
「ずっと会いたかったよ、瑠璃」
瑠璃は重ね合わせようとした。昔に夢を語ってくれたことと、両親と向き合う決意をした時の表情。
でも、彼女の好きなモノは不死身になって抜け落ちていた。
「偽物」
「偽物?」謙也は反復する。縄で拘束されるヒカルを見ながら。
「謙也は会いたかったなんて言わない」
村に帰ってくると肌を触ってきた。周りを馬鹿にして関係を築こうとしない。両親と話し合わず不機嫌になり蹴飛ばしてくる。その後、顔を蒼白させて土下座をしてくる。そんな謙也を彼女は知って好きになっていた。
兵隊の謙也は内なる苛立ちが終わってしまっている。
「私の知ってる謙也は違う!」
「暴れないで、傷つけたくない」
偽物が冷たい指先を肩に乗せる。蛇が品定めするように指が滑らかだった。
「触らないで」瑠璃は身体を捻る。バランスを崩し前から車内で顔を打つ。
謙也は何やっているんだと呆れたように引き上げた。
「ずっと待っていた。俺は君に謝りたかったんだ。君がいないと俺はどうにかなりそうになる」
「謙也の身体で聞いたことあるような口ぶりやめて」
ヒカルは大人に押さえつけられた。足をばたつかせ抵抗している。
「私の知ってる謙也はそんな事言わない」
「そうだな。あの時の俺はひどかった」
謙也は雑誌に乗ってるような安っぽい男を演じて満足している。彼女は常識を投げ捨てた謙也しか知らない。
二人は一車両目に戻される。ズファレが青い結晶を手にして緒方を見下していた。彼の下は血の池ができている。うつるの死体が空虚を見つめていた。
「あ、ヒカルくん。妹は元気にしてるかな」
ヒカルは怯えた顔つきになる。過呼吸ぎみに床の汚れを目に入れた。
ズファレの瞳は蒼くどこも見つめていない。話し相手を人間と認めていなかった。彼は不安定な子供に宣告する。
「お前は手をひけ。そしたら、見逃してやる」
不朽の国の剣士が三人を取り囲む。緒方は咳き込み絞り出すように発言した。
「構わない。そうしろ」
明はどこに行った。近くにあった大切な感情が抜け落ちたような物悲しさが蔓延している。緒方は決してふたりを振り向かない。
「……」
「ヒカル」
「いいから」
「手を、ひき、ます」
剣士はヒカルを縄で持ち上げた。開いている扉に彼は連れて行かれる。窓の外で縄が解かれて、姿を消した。
彼は仕切り直しだと両手を当てて声を高らかに叫ぶ。
「ようこそ、不朽の国へ!」
二人はヒカルと逆に歩かされた。バリケードの道を進み大きな扉の前に立たされる。
「瑠璃は謙也が持っていけ」
「はい」謙也は扉をくぐり緒方と別行動になった。彼はビル群の中をすり抜ける。
「こんなところに連れてきてどうするつもり?」
彼は壁を左端に歩いていくと、ビル群が徐々に低くなっていた。それどころか窓ガラスが割れたままの場所や空き缶が捨てられているのが目立つようになる。
「今の時代、ビルは不浄の的だからね」
「ねえ、離して」
謙也はあくまでも自分の調子に合わせた。その彼は国の素晴らしさを熱弁する。
「不朽の国は素晴らしい国だ。不浄に殺されても蘇る。不治の病や手足を欠損した人たちを復活させられる。そして、永遠の労働力を得られる」
街の全体が油汚れみたいな茶色になっていた。地面に座り服を重ね着している。
「二体目を働かせる。気に入らなかったら死ねばいいんだ。この世界は個々の意識を排除してる。最低限の自我はあるが、判断能力を鈍くしないためにしかない」
悪夢のような場所だった。生命の柵から抜け出そうとして、他人を押し付けていきている。この国は無間地獄だった。
「つまんないよ」
謙也は足を止めて手を離す。瑠璃は逃げ出すことなく見据えていた。
「そう、だよな。そんなこと、聞いてないよな。ごめん。話す内容がなくて」
「偽物は今の生活を満足してるの」
謙也は両親と再開し満足してるようだ。村にいた時は見せたことのない顔だった。
「やっぱ、不朽の国に来てから謙也は変わった」
「違うんだ。まず話を聞いてくれないか」
その声があまりに惨めで瑠璃は罪悪感が湧く。そして心に一本の線を引いた。
「俺は一緒に死んだ時を覚えてる」
「覚えてるの?」
そんな驚くことかと謙也は目を合わさない。二人の横に、人が腐臭を漂わせ通行する。
「俺は国の機密情報を漏らして一つの村を滅ぼした。その罪悪感で帰宅し心中しようと思った」
彼は緒方黎の住んでいた村を言っている。
「目を覚ますと絶望した。頭のどこかでわかっていた癖に心中したことに」
「それから?」
「それから、俺は心を入れ替えた」
謙也は跪く。道は潰れたトマトが地面に落下して弾けていた。黒ずんで虫が集っている。
「悪かった」
なんだこの男は、不朽の国のせいにしていれば悪者に出来たのに。瑠璃は心にどす黒い闇が溜まっていく。
「周りと馴染めない子供を誑かして楽しかった? もう子供じゃないからムラってこないの?」
「ごめん」
「何で村に来てくれなかったの」
「ズファレが出してくれなかった。今は反省として前線を貼っている。それに、君は死んだと思っていたんだ。生還しても俺のことを忘れるだろうと」
真っ暗闇の中で月が登ってる。それは雲に隠れ街は暗くなった。
「謙也は自分の意思で変わったんだ」
「その通りだ」
謙也は膝を立てて彼女の背中に注意をした。
「ズファレはエス系結晶を持っている」
―――エス系結晶は、その中に人の意識を取り込むことができる。デカルトは脳の中枢に結晶が埋め込まれ、出入りし、接続や機械に入ると行った行動が取れていた。また、デカルトは意識を拾い上げ移動させることも出来る。
「瑠璃、気をつけてくれよ。死ぬなよ?」
「そうだね」
価値のある関係につばをはいた。謙也は内心仰天していだろうと、瑠璃は理解しても猫を被らない。もう捨てられてもいい最低な人間だから。
「黎!」
瑠璃はビルの街を舞い戻っていく。幸せそうな人たちは鈍い。道を塞がれ彼女は鞄から地図を取り出す。
黎との会話を思い返した。彼は殺されようとしているなら、それ相応の場所になるはずだ。
「不死の機械……!」
黎は過ごした日は短くも内面を話せた唯一の人間だった。やっと心を通わせた気がしたから、死んで欲しくない。そう考えている。
「わっ」瑠璃は足を絡ませ顔を突っ込む。額の皮膚を削られて、痛みに目が眩んだ。
「黎ー!」
彼女は叫んだ。頭のどこかで理解していた。叫んでも届かない声がある。しかし、今回は響いた人物或いはデカルトに届いた。
『瑠璃、こっちだよ。急いで』
「明?! どこに」
『はやく』
「……うん」
明は切羽詰まってるのか返事は待ってくれなかった。彼女は声が強い方向に走る。
建物は次第に赤黒くなっていた。それは、自身の尊厳を脅かされてるような、悪寒が肌をよじ登る。彼女は緒方のことを全くしれていない。表面のやり取りでは分からないこともある。
やがて、彼女は白い空間にたどり着く。中は血だらけの緒方ともう二人いた。金髪の幼子ズファレのプロトタイプ。そして、もう1人はいるはずのない人間だった。
「やあ瑠璃」
本物のズファレが緒方に刃を向けている。テレビに映ってたように、宝石みたいな見た目をしていた。
「本物の明は結晶だ。その声は俺が真似した」
プロトタイプの手に青く光る結晶が握られていた。本物の暴力に傍観している。
「どうして、ここに」
「私は最初からここに居る」
ズファレは冷たい目線を女性に向ける。緒方から剣先がズレた。
その時、男が立ち上がった。開いた傷に素知らぬ振りをする。疲労を我慢した。緒方はなけなしの力で這い上がる。
「まだ起き上がれたのか」
プロトタイプは結晶を掲げる。緒方はそれに目を奪われた。
「明をどうする気だ」
緒方は武器を剥奪されていた。それに、死者みたく目が淀んでる。
「お前の想像以上のこと。殺しても犯しても何でもしてやる」
「殺す」
「冗談だって。笑えよ」
彼は空っぽの右手をあげた。振り下ろそうとした時、動転する。
「何?」
彼の右手は白い空間に落ちている。緒方はその場から動いていない。
「瑠璃、逃げろ!」
謙也が刃物を構え睨んでいた。ズファレは穴の空いた右の手首を観察している。
「謙也、ここに居る俺が本物だと思うか?」
彼は会話を数段飛ばして話しかけてくる。謙也は処理できず真面目に答えた。
「何を言って」
謙也は爆散した。文字通り、肉片も残っていない。
「ただ不死身にする訳ね―――」
言葉が途切れた。彼の右足が切断されたからだ。気付くと緒方は血溜りから抜け出して、刀を構えている。
「瑠璃、逃げて!」
「……ああ、結晶に黎がいるのか」
明こそ演技をしていた。黎が結晶に囚われている。
「黎、戻ってきて」
明は目を瞑る。すると、姿は青く光だし普段の接続状態になっていた。
「瑠璃、明の遺体を探して」
「それは、させない」
痛みが腹部に突き上げる。反射で抑えると、手に湿った液体が付着した。
床に瑠璃の血液がぽたぽたと溢れる。
「謙也の所有物にならないなら、この国に要らない」
「い、痛いっ。いたい、いたぃいいいいいい!」
「知ってる」
瑠璃は無意味な行動をとる。腹に両手を当てて血を止めようとした。しかし、あまりの量に固まらない。欠けた何かを埋め合わせようとする。
「いいぎ」
「この女『いいぎ』って言った。何語だって思わないか? プロトタイプ」
「……」
緒方も動揺に貫かれた。接続は解けてしまっている。
「緒方よ。また誰も助けられなかったな?」
「ちが、う」
「君たちは"ここ"に届かない」
「―――あっ」
突然、緒方は口から泡を吹く。背中がエビのように曲がり痙攣を始めた。
「対策は打って、あえて逃がしたんだ。その方が」
彼は右手を拾って元に戻す。その後、吹き出した。
「そのほうが面白いだろうが! あははははははは!!!」
彼の笑い声は響き渡った。
黎はのたうち回る。頭を地面に当てて、血を流した。
「瑠璃。聞こえるか?」
輪郭がぼやけてズファレが何人にも重なる。色さえ判別できなくなっていた。
「俺な、瑠璃……。海に、海に行きたかったんだ。ほら、前にどうしたいって聞いて……」
彼の声は死んだ瑠璃に届かない。
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