No.??? 緒方

 二人は慌ただしく走り抜けていく。その足音を聞きながら緒方は目を離さない。正面は因縁の敵と、背後は予測不明なズファレだ。気を抜いたら食われかねないと刀を強く握る。


「黎、俺は母親を殺してから世界を飛び回ったんだ」


 月の民に置いていかれたドイツとアメリカの残りの人民たち、独自に避難したロシア。月の民の試練で全滅し廃墟の国と、そこに生息する死にかけの部族と渡り歩いたと語っていた。


「俺は小さな存在だと感じた。カセットに裏切られた国や、デカルトが統治する国もあった」

「何が言いたい」

「俺達の世界は狭かった。黎、俺と一緒に来い」


 緒方は歯軋りをして刀を中段で構えた。腕に力を入れすぎず足に角度をつける。


「うつるは親から『デザインがダサい』と言われたことがあるのか。捨てられたこともないやつが都合よく解釈してるだけだ。殴られるけど飯は食えて寝床もあった。母親を尊敬もしていた」


 殺された母親に子供たちは後追いした。ズファレによって延命した二人は、緒方家の末路を理解している。


「昔の俺も母親がすべてだった。何だか今の黎は痛々しいんだ。どこで道を間違えたんだろう」


 うつるは視界から消えた。まるで煙のように姿をくらます。

 感じた殺意で目を動かす。彼は天井から緒方と目を合わせた。また彼は消える。


「黎、見えるか」


 うつるは車内を揺らしている。他の客を考えずに飛び回るから、人の頭や腹を踏んでは立て直していた。


「お前は兎か」

「黎だけが接続できるわけじゃない」


 緒方は息を吸って地面に手を当てた。明が活路を開いたように精神を研ぎ澄ませる。

 車内の窓や天井にトゲが発生した。床や椅子以外は全て鋭利な凶器が飛ぶ相手を狙っている。


「おい、うつる。あんたは誰を見ている」


 行動を遮られたうつるは地面に降りざるおえない。感情が読み取れない顔で友人の手元を観察している。

 緒方は銃口を標準に定めた。


「俺と同じ道を歩いてこい」

「黎、格好いいなあ!」


 金髪の観客が椅子に座り決闘を鑑賞していた。彼の隣は潰れた死体が山積みになっている。血だらけの手で緒方と目を合わせた。


「扉を溶接するなんて、黎は頭がいいな。さて、うつる。遊びは終わりだ」

「そうですね。客人はいなくなった」


 彼は刀を床に捨て銃を作成している。緒方も咄嗟に装填して標準を定めた。

 放つ弾丸は空気を切り裂く。縮まる距離にうつるは構えた。

 空っぽの右手がうつるの視界を覆い、顔を下にしていく。


「右手に穴が空いた」

「痛くないのか」

「カセットはそういう訓練されてきただろ」


 彼も銃を構えて狙ってきた。すかさず緒方は隠れ床に触ろうとする。

 銃声がした。彼の隠れた椅子が空にまう。


「……」


 緒方は別の場所に隠れながら撃つ。鉄に乗客が命を刈り取られる。無慈悲な銃声は鎮魂歌にしては騒がしい。


「黎が逃げるから人が死ぬ」


 断末魔は狂気の黒に染め上げられる。うつるは淡々と羊の毛を狩る職人みたいに放ってる。


「乗客のみんな! 安心してほしい。ちゃんと不死身にしてあげる」

「そんなに人間を増やして何になるんだ」

「ズファレの計画のためだ」


 緒方は片手に爆弾を作り終えた。鞄からオリジナルを取り出し下と上で軌道をなぞる。車内は光の痛みに包まれた。衝撃で緒方の身体も揺れる。


「黎は乱暴な性格を直した方がいい」


 うつるは緒方が作った鋼鉄の盾を模している。そして彼とうつるは距離を置けた。

 緒方は遠距離に持ち込みたかった。既に一車両目の内部に浸透して自由にできている。床に触って、剣を車内に剥製を作りさえすれば簡単だった。 

 うつるはそれを把握している。彼は緒方に当てるわけでなく、隠れている椅子を破壊するため銃を握っていた。犠牲も厭わず発砲するが、片腕だと反動で定まらない。彼は右手を確認するように上下した。


「うん、治ってきた」


 右手の血液を服の裾で拭う。固まった赤黒い血は放置して固定した。


「はい。10席目」


 うつるは引き金を引き全ての椅子を吹っ飛ばす。緒方が遠距離から攻撃しようとしても間に合わない。

 緒方は地面に玉を叩きつける。その玉は煙をまき散らし密封した空間の視界を雲くした。彼はうつるを視界から外し刀を拾う。そのまま突き進み、優先席に座ったズファレの首に近づく。

 ズファレは想定して体を畳んだ。刃物は空回りして柄になおす。


「黎は変わってないな」

「あんたが観戦してくれるなら狙うしかない」


 緒方の右足に何か衝突し膝をつく。足の肉がくり抜かれ血を垂らしていた。


「今、ヒットした。よし、そこだね」


 足の傷は見る見るうちに埋まっていく。彼はパリついた血を払い立ち上がった。力が上手に分散しない。


「明、任せた」

「わかった」


 大きなコンテナが彼を取り囲み地面から隆起する。縦断は塞がれ、彼は思い通りにレティクレ座を動かすことができた。


「うつる、詰むよ」

「分かってますよ」


 盾に強い衝撃が走る。それは何か硬いもので突破しようとしてるようだ。


「黎、それで勝ったつもりか?」


 盾が剥がされ丈夫に吹っ飛ぶ。飛び散る破片は彼を美しく魅せていた。緒方は足を直せていない。治療時間もなく刀を両手に迎え撃つ。


「そぉら!」うつると緒方は鍔迫り合いになった。これで、地面に触る瞬間は消え失せ斬撃の応酬を残す。ズファレは2人から火花が飛び散ってるように錯覚した。乗客は手すりの下で頭を抑えて虫のように丸まっている。


「どうした。まだ治ってないのか!」


 うつるは発破をかける。吹き飛ばされた緒方の刀は、剣先を地面にすべらせ転がっていく。うつるは突きをするために彼の目を焦点にした。


「黎、死ね」


 刃物は緒方の肉体に吸い寄せられていく。

 接続してるカセットは感覚が2倍になっている。身体が過敏な感覚に対応できるかは、それは本人の胆力次第だった。

 緒方は明との相性が子供の中でも飛び抜けている。そのために生きて、ズファレに殺されるのだけど。


「なに?」


 緒方は左手全体で刀を刺させていた。薬指の小指の間の皮を水泳のように刀が通っている。骨に届いていないが、緒方は兎を補足して剥製をとった。


「これで動けないな」

「お前、それは!」

「ああ。あんたの刀を剥製した」


 右手を鞭のように振り回し伐採のように抉れる。うつるの心臓の鼓動で刀を震わせていた。


「やっと、殺せた」


 緒方は本音が考えなしに漏れる。うつるだけは小言を耳元で聞いていた。


「でも、俺は不死身だ。不朽の国で蘇る」

「それでもいい。緒方黎は何度でも緒方うつるを殺す。お前に復讐の怒りが見えるのか」


 うつるは自分の剥製された刀をいたわる様に膝を崩す。前倒しになり刀は深く浸透する。

 彼は親友の心臓を潰した。苦しみはなく作業の一つとして解消している。


「明、二人の状況は」

「厳しいかな。ヒカルが敵を追い払ってる」


 プロトタイプの余裕のある笑みに、緒方は舌打ちする。癖で耳に手を当て合流すると伝言を任せた。


「はあ。うつるは負けちゃったか」


 優先席から降りて死体に近づく。プロトタイプは立ち上がり跳躍した。


「今、俺を突き刺そうとしたよな」


 プロトタイプは車両の上塗りをした。明から権限を奪い自在に操っている。緒方の後ろで溶接したはずの扉が開いた。轟々と風に煽られている。


「緒方は俺と殺るのか?」

「ズファレは何の目的で来たんだ」

「だから言ったじゃないか」


 金髪の前髪をかきあげる。青い瞳が誰も捉えず心がどこにも無い。


「瑠璃の奪還。それと―――」


 緒方は足から血が溢れた。左手の出血も止まらない。視界が朦朧としてズファレが二人になっていた。


「明の譲渡だ」

「な、何で」

「緒方黎を殺す日が近づいた」


 プロトタイプはデカルトの使い方を得意としている。緒方は刀身を伸ばすことが限界だった。記憶し親しみのあるものだからだ。しかし、プロトタイプ自体がデカルトで、肉体もある。レティクレ座の中は彼が操作していた。


「俺はお前らの計画を止めに来たわけではない。俺らの計画を先に遂行するだけだ」


 プロトタイプの手に光るものがある。

 緒方が目を凝らすと、それは『エス的結晶』だった。


「おい! やめろ!」

「やめない。うつるの成果で接続を確認できた。君の実験も終了だ」


 緒方は打開策を求めた。すると、電車はゆるやかに進行を止める。遂にレティクレ座は普及の国付近の駅に到着したようだった。しかし、それは絶望的で救いようがない現実だ。


「明の瓶に入れてる結晶だ……」


 プロトタイプは慎重に結晶を運んでいる。不意に誤作動の自己を防ぐためだ。


「……ねえ、黎。逃げられそうにない」

「そんなことは分かってる。電車は取り戻せないのか」

「ズファレの力が強すぎる」

「デカルトは同じ個体が2体になれないんじゃなかったのか」


 不死身の機械はエス系結晶を作り出せない。しかし、ズファレは幼くなりプロトタイプとして現像していた。


「ねえ、黎。私ね」

「聞きたくない」

「私、少しの間だったけど楽しかったよ」

「やめろって!」


 明の声は途絶える。代わりにズファレの持つ結晶は青く輝き美しかった。


「やっと明を弱らせられた。黎、よくやったな」

「ッ!」


 彼は立ち上がれなかった。白い髪が視界を邪魔して表情を隠せる。

 結局、明の命はズファレの手のひらで転がされていた。緒方は見知らぬふりした現実に挨拶される。吐き気を堪えて抗えない。明の身体を見つけるという淡い夢でさえ砕かれた。


「そろそろ、あちらも済む頃かな」


 一車両目に人々が慌ただしく整列する。最後尾が二人を縄に括りつけてズファレの前に放り出された。


「あ、ヒカル君。妹さん元気にしてるかな」


 ズファレは二人の顔を見比べて思い出したように告げた。ヒカルは脂汗を浮かべ真意を理解する。


「お前は手をひけ。そしたら、見逃してやる」

「構わない。そうしろ」


 緒方は二人の前だから強がった。明を失った彼は不安になるほど血色が悪い。


「……」

「ヒカル」

「いいから」

「手を、ひき、ます」


 ズファレは顎で指図してヒカルを電車から捨てた。

 彼は仕切り直しだと両手を当てて声を高らかに叫ぶ。


「ようこそ、不朽の国へ!」

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