3-1 緒方黎は動揺する

 三人は電車でチケットを見せ、先に瑠璃は乗車する。中は棘みたいに二人がけの椅子が規律よく並んでいた。人々は椅子を回転させ向かい合わせにしている。


「2本の鉄を滑るの?」


 瑠璃は窓にある線路を問いかける。それに気付くヒカルはああと教えた。


「線路の上を電車が走るんだ。乗っていれば不朽の国に到着するよ」


 不朽の国。

 本来の謙也を入れ替えた国だ。彼女はその国で自分の願望を叶える。


「ところで、瑠璃」ヒカルは緒方の背中を指さした。彼は自分の座れる席を確保している。「あの人に何したの」


 彼女は質問の意図が掴めなかった。ヒカルは疑問に思ってるのか、答えが決まっている上で質問をしてるのか判断つかない。


「何もしてないけど」

「ひどく気に入られてるよ。自分の願望叶えるから?」

『それもあると思うけどね!』


 瑠璃は明の声がして周囲を見回す。ヒカルも察したらしくいたよなと返事を催促した。


『いや、私は二人の意識を私側に寄せてるだけ』

「どういうこと?」


 デカルトの彼女は意識を自分の領域を仲介して言葉を届けてるようだ。つまり、彼女は鞄の中で電話に似た行動が取れる。


『緒方くんは友達ができて舞い上がってるんだよ』

「ぞわぞわしますね」


 緒方は二人を放置して先に進む癖がある。瑠璃と乗車したときは明が話さなければ、ラジオが聞こえるだけだった。


『あと、こうすれば連絡取れるから感覚に慣れておいてね』

「明ちゃんは凄いなー」

『ふっふーん。わかってるって! もっと褒めて!』


 気を良くした明は鞄から身体を乗り出した。すらりと人の間を抜け二人の前に現れる。乗客は携帯を覗くか、透明に目を奪われていた。


「出て大丈夫なの」

『ヒカルが監視をまいてくれてるから平気かなん。それより、私の能力まだ知りたい?』


 緒方は背もたれに体重を乗せ向かいの席を設けた。荷物を窓側の席に置きふたりを手招く。それに従い明と行動した。


『その自分の領域ってのは、デカルト以外なら人の精神と肉体を分離し他人の身体へ憑依させられるよ。その力を応用して声だけを転生してたんだ』

「難しい」


 二人は並んで座る。窓側に瑠璃が着席し鞄を緒方の横に置く。ヒカルは鞄を膝に乗せ代替わりとしてパソコンを開く。


「ねえ、緒方。明の身体を手に入れたらどうするつもりなの?」

「深く考えていない」


 ヒカルのタイピングが耳に馴染む。視界の端にヒカルのパソコン画面が映る。仕事だと理解し話しかけるのを躊躇した。


「逆に謙也を二人にしたらどうするつもりなんだ」

「私の村に戻るよ。2人だけで家に暮らす。謙也は私と一緒にいたがると思うから」


 緒方は咳払いをして足を組む。鞄から筒状のモノを摘み、広げた。それはヒカルの提出した地図だった。


「マコちゃん大丈夫かな」

「家を3日開けるだけだから平気。それぐらいなら前から行ってた」


 彼は仕事と妹を切り分けている。心配だろうけど押し殺してもらっていた。瑠璃は行動の善悪より最優先にすべきことがある。


「この地図は瑠璃に渡す。これは最新版不朽の国の見取り図だ」


 広げた地図を肘で止める。指が国の中に入り一つの扉を指し示す。


「承認型で通行し裏口を行け。瑠璃が開けてくれれば俺は入ることが出来る」


 鞄の上に明は浮かんでいる。緒方の指図を無言で眺めていた。


「明の力で門を開けられないの」

「センサーが反応して捕まる」

「裏口までたどり着けるかな」


 彼はパソコンを打ちながら助言した。


「俺が裏で画策します。ハッカーとまでは行かないけれど、バックには協会・ヒカル支持の人間がいます」

「この作戦は瑠璃に掛かってる」


 彼女の両肩に上から押さえつけられてるような重みが来た。唇を一の形にして頷く。

 

「幸い、ズファレは本州にいるから今のうちだ」

「黎はコピーをとったら明の身体を探すの」

「場所は分かってるから瑠璃に行ってもらう。俺はやる事がある」

「やること?」


 明は地面に降りてきた。緒方は肘当てに頬杖をついて床に目を落とす。


「黎、そんなことやらなくていい」

「ダメだ。誰もやらないから俺がやるしかない」

「あの、何のこと?」

「二人は俺が緒方家の生き残りってわかるよな」


 車輪が回転しレティクレ座は進み出す。乗客は身体を丸めて眠ろうとしていた。

 ヒカルはタイピングの指先が止まる。


「緒方家を潰したズファレには協力者がいる。俺はそいつを殺さないといけない」


 ヒカルは不朽の国にいるなら不死身で、殺せないんじゃないかと主張した。彼は最もだと、続ける。


「何度も殺し続ける。それが俺の使命だ。そいつは不朽の国で暮らして出てこない。チャンスはその日しかない。名前は緒方うつる。見つけたら明を介して教えてくれ」


 外見の特徴は、髪と瞳が飲み込まれそうな黒色。高身長で、彼は服に水玉を付け加えている。


「うつるとはどんな関係だったの」

「友達だった。もう取り返せない関係だ。ミツヒデと同じで」


 レティクレ座は夕闇の線になる。太陽が赤く溶けて三人の顔を暗くした。電車は電気がつき人工的な明るさを手に入れる。


「瑠璃、俺の計画に巻き込んでしまった。この償いは必ずする」

「なら、成功してもまた会おうね。ヒカルも」

「わかりました。誰も死なないようにしましょう」


 瑠璃は地図を鞄に詰め込む。ふと空を見たら太陽が落ちた。


「もう夜だね」

「反対の車両には月が浮かんでる」


 電車を不浄が狙う。しかし、弾丸は跳ね返り中に届かない。その残痕を耳にしていた。


「あれ、緒方さん?」


 三人は男性の声に顔を向ける。

 その男は黒髪で長身だった。黒い瞳は三人を順に見て最後に黎を気にする。


「あっ」瑠璃は服の裾に特徴を見つける。「水玉がついてる」


 男は袖を持ち上げニコリと笑う。目は動いていない。


「ええ、可愛いでしょう」

「二人共、伏せろ!」緒方は青く接続し両手に不定形の塊を生み出す。「接続!」


 三人を車の表面が覆われていく。椅子の先端を削り他人の椅子に侵入してる。隣の人も飛び退いて男を睨んだ。

 緒方は至って真剣に片手を開ける。空中に小さな黒い塊が形を成し、作り上げているのは銃だ。


「なんでお前がここに……」

「ズファレに依頼されたから仕方なく来た。旅の途中だったのに」


 緒方うつるが壁を挟んで立っている。まるで生気のない死人のような男性だった。

 瑠璃はヒカルの手を掴み、逃げる算段を立てる。緒方もそれを承知して構えていた。


「じゃあ、僕も」窓にあたる部分が青く光る。「接続」


 車の表面が右へ吹っ飛ばされる。空を回り見知らぬ人の頭上に落下した。

 悲鳴がつんざく。恐怖が伝染して乗客は混乱していた。


「あーあ。黎のせいで人が死んだよ」


 緒方うつるは接続と黎のように発言した。白髪で瞳は赤くなっている。アルビノの緒方と反対を歩いていた。


「二人とも逃げろ!」


 緒方はうつるから目を離さず叫び声をあげた。咆哮に近いそれは二人の肌を引き締める。彼女は手の震えで事態を飲み込んだ。恐ろしい現実が迫ってる。


「全員捕まえる」


 うつるは動じない。長いまつ毛の瞳はかつての友を見据えていた。


「ここは一車両目だ。後ろに行こう」


 その中でヒカルは冷静になろうとしていた。歯を震わせても足を緩めない。しかし、二人は行く手を阻まれる。


「ふむ。見上げた根性だ」

「なっ!」


 緒方は不意をつかれ振り向く。そこに立っていたのは、思わぬ人物だった。金髪で瞳が青く、放送時より背が縮んでいる。


「デカルトはコピーを取れないんじゃなかったのか!」


 悲痛な叫びは衝突音で掻き消される。今度は瑠璃が緒方を心配して目を送った。彼は刀でうつると対面している。

 ヒカルが腕を引っ張るのでその男に目線を戻した。彼は何もしてこない。


「瑠璃、君を迎えに来た」

「ズファレ!」


 ヒカルの叫びにズファレは首を傾げる。


「君の知ってるズファレは子供なのか? 私はプロトタイプだ。ベースはズファレだがな」


 小さなズファレが二人の行く手を阻む。彼女は彼の美貌に言葉を失った。彼の瞳に無数の骸が積み上げられている。黒と赤を染み込ませてきた右手は彼女に触れようとした。


「友人の彼女だ。丁重に持て成す」

「どこから分かった!」


 緒方は声が裏返っていた。彼は椅子を盾に接近戦を講じている。


「むしろ見つからないと思ったのか?」

「……」

「依存者ごっこは楽しかったか?」


 緒方は動きが乱雑になる。盾を捨てうつるの間合いに入っていく。


「瑠璃はDV、緒方は虐待。ヒカルは孤児」

「黙れ!」


 緒方は突如動きを封じる。飛んだはずの足が地面に着陸し足踏みした。床に手をつけ、うつるに隙を作る。


『二人とも、逃げて』


 地面が震え、次は景色が様変わりする。床から剣みたいな山が突出していた。


『扉を開けた。早く』

「ほう。明が入り込んだな」

「二人共、早くいけ!」緒方は押しつぶされそうになりながら心配していた。瑠璃はヒカルと一緒に逃げるしかない。

 プロトタイプは剣の森に囲われ見守る。


「うつる、君の役割はここで果たせ」

「承知しましたズファレ」


 扉は徐々にしまっていく。窓ではズファレが剣の山を越え扉に腕を伸ばし引っ込めていた。


「今のうちに隠れよう。到着まで時間がありすぎる」


 明は窓ガラスを補足して指さした。


「外は出られないの?」

「不浄から守るため頑丈だ。壊せるわけがない」

「到着まで何時間?」

「40分だ」


 レティクレ座は容赦なく目的地へ走る。中の斬撃は知らないふりで進行していた。

 瑠璃は頭が落ち着かない。乗客は前の車両を目撃したものは座席を立ち上がり、知らないものはふたりを白々しい目で見る。


「どうしたら、どうしたら」

「落ち着いて!」


 ヒカルは足を止め瑠璃の両頬を叩く。身長が足りなくてつま先立ちをしていた。


「作戦は失敗した。俺達は生きることを優先すべきだ」

「そんな、ここまで来て!」

「だったらふたりを殺して突っ込むか?」

「そうしよう」

「そうだろう。分かったら逃げ……なんて?」

「ズファレだけでも止めようよ。私たちより子供でしょ」


 ヒカルは両手を離す。その腕を瑠璃は手首をつかみ目を輝かせた。


「今から作戦開始。承認型で入って明の体を取る。それで謙也を作って帰る。それまで黎は耐える」

「無茶苦茶だ!」


 二人は口論に気を取られた。一定の乗客が二人に手を伸ばしていることを気付いていない。

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