2-5 再出発

 街に陽射しが降り注ぐ。

 十時で区切られるこの街の一角。保存食や探知機を売るミツヒデの家で緒方は髪が青くなっていた。

 彼は1人がけの椅子を床を引きずる。リビングに不快な恐怖が震えてた。指定の場所で椅子の足を立てる。

 腰を下ろし足を組んだ。

 黄土色の瞳は悲しく歪みミツヒデを捉えていた。


「今、どんな俺が気持ちか分かる?」


 ミツヒデは喉を獣が威嚇しているように鳴らす。彼は口をガムテープで閉じられ手足を後ろに回されていた。

 彼の息子や嫁も同じように拘束されている。子供は自分の部屋で縛られているために悲鳴だけがミツヒデに届いていた。


「同じ母さんの血を引いているのに残念だ」


 彼は椅子から立ち上がり転がるミツヒデに近付く。口のガムテープを振りかぶるように取った。ガムテープに髭がついている。


「黎。これは、なんの冗談だ!」

「承認型が欲しかったんだろ?」


 ミツヒデは身体が膠着する。目を見開いて閉口した。


「わかった理由は三つだ」


 彼は背中を向けて再度足を曲げる。背もたれに背を任せたら鞄を前に持ってきた。


「一つ、アンタに俺の手配した情報が嘘ばかりだった」


 彼は右手をあげて人差し指を伸ばした。次に中指を出してピースになる。


「二つ、安野を味方につけた」

「え?」

「だからって協会を抜けるわけじゃない。彼の妹を人質にした。あの協会も一筋縄じゃないようで立場が不満だったらしい」


 彼は薬指を広げる。三つとなった指の奥で緒方が不敵に笑う。肌は病的に白く接続したままだ。


「三つ目は不朽の国に通報しなかった。これは助かったよ。何せアンタらで騙してやろうと思ってくれたんだから」


 緒方の座る椅子のネジが緩んでいた。重心を動かすと1足が宙を浮く。


「でも、残念だったな」


 彼は鞄に手を入れる。その汚れた鞄から一つの袋が出てきた。袋の口を緩め紐を垂らす。


「これが本物だ」

「え、え?」

「瑠璃が気絶したすきに俺が盗んでいた。瑠璃はまだ気付いていない」


 緒方は目線をミツヒデから離す。鉄板を布に直しカバンに戻す。大事そうに前で抱える。


「俺達が到着した時点で奪う算段だったんだろ」


 ミツヒデは協会から緒方が接近してると聞かされ、承認型を奪う計画を立てていた。瑠璃が見てない隙に子供を使い取り替える。安野を囮にして協会へ輸送するつもりだった。


「って感じかな。俺が連絡して一日も経ってないのによく考えたもんだよ」

 

 ミツヒデは降り出す雨の前触れみたいに一言だけ放つ。


「お前は虐待の檻に甘んじている」


 それはダムが放流する荒々しさと似た感情だった。波が飛沫をあげ、水の通路でさえ脱線するような激情だ。


「もう緒方優は死んだ。俺達は親離れして生きていくしかないんだぞ!」


 緒方は笑いそうになってクチを閉ざす。ミツヒデの瞳は至って真剣と訴えている。


「でも、お前は不朽の国のシステムがカセット制作に似てるから引っ付いてる。うつると何も変わらない」

「うつると一緒にするな。傷つくだろ」


 心外だと足をばたつかせた。縄は解けない。時計みたいに腹を軸にして身体を回す。


「黎は孤児だから、誰も信じられないんだろ。そのために、計画を見抜いた」

「それはお前が馬鹿なだけ。明、銃はできてるな」

「あるよ」


 彼は手のひらに銃を掴む。弾を装填して引き金に指を入れる。


「俺達は仲間だった。今この時から他人になる」

「おい、殺さないでくれ。俺にはもう家庭があるんだ」


 緒方は敵の声に耳を傾けていた。せめてもの手向けで、仲間の最後だからだ。


「俺と黎は同じカセットだろ?」


 銃声が響く。弾は周りを押し出して貫通し暗い穴を作り出した。


「お前に俺の何がわかる」

「……」


 ミツヒデは冷や汗を床に付着させた。血は流れず地面に穴が空いていた。萎縮して微動だにしない。


「母さんはズファレに殺された。いくら不死身でもデカルトには敵わない」

「デカルトに適わないから、接続という実験に付き合ってるわけ?」

「そんなに死にたいのか」


 彼は接続を解いた。髪を白に戻し瞳が赤くなる。普段の彼より冷静さを欠いていた。


「子供には罪がないにせよ、あんたは別だ。俺を裏切るのはいい。だけど、瑠璃の邪魔をした」

「瑠璃が好きなのですか」

「いや、嫌いだな」


 彼はミツヒデの上に足を跨ぐ。緒方の目線は右靴に注がれていた。


「だけど、アイツは俺より覚悟がある。なんせ失恋を精算させるための旅だからな。嫌いだけど納得してるから、俺の計画に付き合ってもらう」


 再び銃が弾ける。今度の銃口は足を捉えて、悲痛な嘆きを生んだ。

 ミツヒデは身体をミミズのようにくねらせた。緒方は手首を研磨前の刃物を取り出し手首の縄を解く。


「さよなら、もう会うことはないだろう」


 彼は不朽の国に追われていない。既に位置を特定され、死ぬ日も決まっている。死刑執行前に何を食べたいか聞かれるように、つかの間の自由を渡されていた。だからこそ、今回のことも見逃されている。なぜなら、謙也の招待した女性を送り届けているだけだから。外側から見れば猟奇は分からない。そんなことする人に見えなかったと犯人の印象を答えるインタビューみたいに。


 彼はミツヒデの家を出てから通行を確認する。安野の家へ急ぐため襟で口を隠す。


「なあ、明」


 女性が緒方の横を不思議そうな顔をして通り過ぎた。


「答えてくれ」

「外では話しかけないんじゃなかったの」

「俺は1人になってしまった」


 明は答えられなかった。彼女には身体がないから抱きしめられず、彼の孤独を癒せない。


「ミツヒデは俺を裏切らないと思ったんだ。だって、一緒に実験をくぐり抜けて生きてきたから。俺の行為を止めないと」

「黎のことを心配していたのは確かだったよ」

「だったら―――」


 路地裏に人が溜まっていた。緒方を見ずに仲間と談笑している。


「ごめん。何でもない」


 顔に風が当たり目を細めた。

 安野の家は玄関が開いており、ふたりと合流する。彼女は机に突っ伏して目を瞑っていた。それに対してヒカルは紙を拡げてる。


「これが資料?」

「はい。用意したものが手配できました」

「チケットもあるのか」


 緒方はしきりに瑠璃の旋毛に目を移す。ヒカルは苦笑して冗談を放つ。


「そんなに気になります?」

「早く起こしてしまったか」

「気にしすぎじゃないですか?」


 緒方は机から離れて、ヒカルの隣席に体を乗せる。頬杖をついて階段を見ていた。


「まあ、心意気は勝ってるから」

「好きなんですね」

「まあ嫌いじゃない。って、起きないな」



 ヒカルの正面で背中を浮かせる。瑠璃は手で欠伸を隠した。目を覚ましたようで辺りを確認している。


「黎の用事は?」

「終わった」


 ヒカルは二人にチケットを渡し荷物を詰めている。

 彼女は首をかしげた。


「ヒカルも同行させる」

「それが協定条件なので行きます」

「協力者は多いほうがいい」


 彼女の目線が泳ぐ。その行動を察知してヒカルはまゆを潜めた。


「迷惑かな」

「いや、そうじゃないけど……」

「黎、ちょっと」


 明が鞄から透けて現れる。机の上で浮遊して緒方に指さした。


「瑠璃は相談されなかったことに困ってるんだよ!」

「え、何でだ?」


 緒方は効率を優先していた。瑠璃の希望を叶えたら、明の身体を奪還する。


「もっと人の気持ちを考えた方がいいよ!」


 村でユキオは瑠璃を心配して同じことを発言した。瑠璃は感傷的でも進まなければならない。


「ヒカル、妹さんはいいの?」

「そのことに関しては納得してました」


 ヒカルはそろそろかなと立ち上がりマコの部屋の前で立ち止まる。


「今から不死身について、話してきます」


 彼は自分を偽り常識をとった。しかし、真意は孤独を嫌う子供そのものだ。マコの体調不良で大切さに気づき内面で話すことになる。


「俺たちで話を進めておく」


 反射を求めていた人間が対話を望む。同じことにならぬよう瑠璃は願いながら扉を閉めた。


「さて、ヒカルの用事が済んだら出発かな」

「不朽の国まで一直線?」


 3人に遮る壁はなかった。結果を追い求めるのみだ。


「遂にここまで来た。守備よく頼む」

「分かってる。私は私のやりたいことをやる」


 緒方の顔を見る。先日、明は自分の身体を無視していいと告げた。彼女の目つきは哀れみで、瑠璃は忘れられない。


「ミツヒデさんと何かあったの?」


 彼は瑠璃の向かいに座って右ばかり眺めている。テーブルに一定のリズムを人差し指で刻む。


「なあ、瑠璃。聞いておきたいことがある」


 謙也が自身の両親と向き合う。そう決断してくれた間のとり方が同じだった。


「何?」

「もしもの話だ。謙也が瑠璃を裏切ったらどうする?」

「裏切るって、範囲が広いよ」

「ずっと信頼していたのに裏切ったっていうか。やっぱ何でもない」


 椅子から立ち上がり、そのまま歩いて壁をさする。


「私は謙也なら裏切られていいかな」

「……瑠璃ならそれしか言わないよな」


 卑怯なことをしたと呟いた。瑠璃は何をいえばいいのか口ごもる。


「何かあったんでしょ」


 彼女は緒方家の事件を思い出す。なのに言葉が出なくて捻り出すしかなかった。

 緒方家がズファレに潰されている。世間ではズファレを英雄視する人が多く緒方家は滅んで当然と風潮があった。


「ミツヒデは承認型を隠し持っていた」


 彼は鞄から承認型を取り出した。彼女は布を直視して動かなくなる。


「瑠璃の持ってる者は別の人の承認型で、その別の人にしか使えない特注の品だ」

「取り返したの」

「友情と引換に取り返した。ヒカルのはダミーだ」


 ヒカルは扉から出てきた。

 彼は承認型の交換を見て忍びなく報告をやめる。


「瑠璃、僕は協会の一部から取り替えろと言われてしまって」

「失敗は誰にでもあるよ!」

「じゃー、3人で向かうか」


 緒方はヒカルを連れて明の身体を捕獲。瑠璃は謙也のコピーを自分の心臓から製造させる。その計画の裏で明は、緒方に生きてほしいと切実に願う。

 彼女は解決策を頭で模索する。旅は全てを解決させたくて始動した。それが早急に夜襲として不朽の国に侵入する。


「ここから歩いてすぐだ」


 三人はキューブから立ち去った。ヒカルは一度も振り返らずに付いていく。

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