2-4 なり損ないの子供
その後、彼は2人から離れた。話したいことを伝えられ気を良くしてる。
ヒカルは自宅に帰ったら妹の様子を伺った。扉の向こうでマコは寝息を立て目を瞑ってる。戸をそっと占めたら、購入したレーションを貯蓄の水と共に喉へ押す。
彼は床のカーペットを剥いだ。そこに現れた下に続く長方形の扉を持ち上げた。開かれた扉の中へ進む。彼は肩を触りながら仕事現場に到着する。パソコンを起動してコートを着込む。機械は静粛な地下室で起動するためうねりを挙げた。
「安野おはよう」
「今日は計画通りかの企業を襲うけど」
「それよりミサイル区域を周知させるべきだ」
彼はパソコンから仲間と繋がる。呼ばれたことを無視して不朽の国の情報をかき集めた。その過程で、昼に緒方から告げられたことを思い出す。
もし、ズファレの提案を受け入れても、今同じ部屋にいる彼女を生かすことは出来ない。あるのは彼女の情報を持った別の女性となる。
彼は顔を振って頬を叩く。独善的な考えを頭から追い出した。
「マコにちゃんと話さないと」
彼はズファレについて情報を得る。彼はマスコミの取材のために本州にいるということになっていた。今の時代に飛行機に乗るのは的になるようなものだ。彼は帰国するに時間を有する。
『安野、守備よく進んでるのか』
情報屋のひとりが話しかけてきた。彼は通話のマイクを近づける。
『はい。緒方は騙されています』
複数人が安堵するような声を漏らす。安野は気にもかけず不朽の国について全てを調べあげて、簡単に纏めていた。
『安野、緒方たちの意識を君に向けられていればいいのだ』
「我々の目的は承認型の奪取ですよね」
『そうだ。俺達の目的を見失わないように』
「俺達ではなく、俺達の一部では?」
『口答えするのか?』
周りからは情報屋に上下関係はないと誤解されている。もともと情報屋は縛られない立場にあったが、今は年功序列で決まっていた。
安野は電話越しの上司に嫌味を告げる。
『不朽の国に行ける片道切符は、強固な切り札となる。我々はそれがあれば情報を格段に収集できるのだ。家を提供してやってるのに立場を弁えろ』
「すみません」
電話越しの彼らは安野ヒカルとマコの真意を知らない。二人の境遇は本物で、それを利用しようとしている。
『しかし、ミツヒデは何をしているのだ』
「彼は緒方を匿っています」
彼は緒方家が滅ぼされてから組合に協力していた。
ミツヒデは緒方の足止め、鉄板をすり替えてから情報屋の指定された倉庫に送るというもの。未だ鉄板は倉庫に送られていない。
『ズファレに承認型を悟られぬなよ。あくまで私たちが手にするのだ』
「わかってます」
ヒカルは通話を断ち切る。集めた情報を統合して紙にまとめた。プリンターの印刷する音が響く。
その彼に近づく女性がいた。
「兄ちゃん、緒方さんとあの打ち合わせ?」
「マコか」彼は椅子から降りて彼女に向き合う。顔は一層不健康だった。「そうだ。もう少しで緒方さんの思惑通りに物事が運ぶ」
「結局何を話していたの?」
マコは部屋の蓋を閉める。中に入って明かりをつけた。そして、彼の用意したクッションに腰掛ける。
「寒くないか?」
「大丈夫だよ」
「それで、緒方と話したことについて聞きたいんだっけ」
「そう。瑠璃さんが寝ちゃったあと」
「簡単だ。協力する相手を変えたんだよ」
彼は手首につけられたものをなぞる。腕を振り回して確かめた。
「大丈夫なの?」
「協会も一枚岩じゃない。あのグループは気に入らなかったし」
それならと彼女は両手を組んで口に当てる。咳が1回だけ出た。
「それなら、いつまで騙すの?」
「明日、いや今日の昼だな。それまで寝ていよう」
彼はハシゴを妹に登らせた。最後尾の彼は蓋をして代わり映えのない風景に戻る。
「最近動けるよね、体調は平気?」
「なんか最近は動ける」
「そっか。無理するなよ」
ヒカルは自室で腕輪を触る。扉を閉め自分の布団に潜り込む。
「あ、マコに話してない……」
彼は明日話そうとまぶたを閉じる。
▼
"それ"に、名前はなかった。最初の記憶は、知らない女子と手を繋ぎ、汚い格好で街を歩いていたことだけだ。
汚れた白い服と、血だらけの足を引き摺った。朦朧と歩くことが世界に強要されている気がしていた。
「ねえ、二人とも。行くところがないのかな?」
それより二倍も大きい人間が話しかけてきた。彼は風景と同化した大人達と同じ服装をしている。二人のそれは自分に言われたとわかるまで時間を有した。
「なら、僕の研究所に来るといい。食べ物もあるよ。おいで」
それは肯定も、否定も、しない。話しかけてきた男性の後ろをついていくさながらゾンビだった。男はなにか単語を発して、汚い二人に何かを聞く。
そのとき、それ達は自分の名前がないことを知った。そして、自分が子供であり歳を重ねれば大人になるということも理解する。
男が連れてきたのは真四角の白い建物だ。断面がない横スライドの扉を抜ける。中は血なまぐさい匂いが充満していた。男は研究施設だと初めて伝える。
「君たちはカ***になってもらう。月に行きたいからね」
「月……?」
「君たちでも月の民は気になるんだね」
徘徊した街と同時に刻まれてきた言葉だ。およそ月と呼ばれるのは夜になると浮かぶ、美味しそうな黄色のことだと認識していた。
「氷河期に備えた人々は、有能な者だけを月に贈られたんだ。私達も行きたいんだ」
研究者は施設の案内をして、暇つぶしに語りきかせるのだった。今から弄られる人間に同情していない。
「他国との情報遮断やテロリスト支援を試練と称し、地上の人間を試してくるようになった。地下にバケモノさえ居なければ、俺達は苦しくないのに」
二人は握る力を強くする。研究者の男は白衣を身にまとい早足になった。彼らは、一つの感情を思い出す。
「彼らは月の参加条件を満たす人々を探してる。俺たちは目指さねばならないんだ」
研究者は月の民の試練を研究尽くし、ノアの方舟に近いもので同じ立場に成ろうとしていた。そのための踏み台が彼らだ。二人は無垢な脳から恐怖をサルベージする。彼らは自覚してしまい死にたくないと願ってしまった。
「君たちが勝てばみんな救われるから。二人の苦しみが私たちを救うんだ。英雄になれ、辛いだろうが耐えろ」
その後は、彼らにとって地獄そのもの。月の民で動けるよう恐怖の蹂躙をされた。人間であることを否定されている。二人は生きることにしがみつく。
それの片方は妊娠して知らない子供を引き取られる。
ふたりを救済し名を与えたのはかの集団だった。
『速報:某製薬会社の非人道的な実験』
情報屋が彼らの闇を暴いた。電子が二人に光を灯す。実験施設は解体し措置とられる子供たち。二人は消息を絶ち、生き方を決めた。それが、人生で初めての選択になる。
生きる術のないふたりは情報屋になった。誰かを救うつもりではなく、名前を守り続けようと考えていたのだ。
安野ヒカルと安野マコはそうして生きている。しかし、情報屋だけでは腹が膨れなかった。日常的にスリをして街を転々とする。磨いた技術で他社を暴くといった彼らなりの正義を貫いていた。
そして、安野マコは病気に患った。情報によると、彼女の病気を治すには、最新の設備が必要となる。身よりもなく証もない彼らは村の片隅で生活を営む。
▼
彼は目を覚ました。欠伸をして布団から這出る。扉を開けマコの部屋をノックした。
「マコ?」
彼は立てかけた時計に目を移す。普段は起床している時間帯のはずだった。
「開けるけど?」
不審に駆られ扉を開ける。部屋の明かりはつけたまま睡眠していた。
「マコ?」
悪寒が走り早足になる。布団の上から彼女の肩を掴む。
「マコ??」
まさか、もしかして。彼は口頭に言い訳をつけてからゆする力が強くなる。ねえ、おい。汗とともに罪悪感が落ちた。
後悔が身体の中を駆け巡る。あの時、話していれば良かった。また、話したいという欲求。
「ま、待ってくれよ」
"それ"の時は助けてやれなくて申し訳なかった。そのせいで病気に掛かってしまう。
「俺を、俺を」
ヒカルは妹から責められて救われたかった。
「一人にしないでくれ……」
「ッうるさい」
マコは不機嫌に声を尖らせた。ヒカルは安堵した反面、顔が青くなっている。
「マコ、顔色が」
「ねえ、少し休ませて?」
兄は素直に従ってリビングに帰る。扉が閉まりかけ、咳き込む声がした。
「はあ……」
ヒカルの心は剥き出しになって、その姿を誰にも見られたくなかった。呼吸すると胸の柔らかい部分を障り痛みが増す。
「あのー」入口から知った女性の声がする。彼は予め、彼女のために扉を開けていた。「ヒカルー?」
「瑠璃、下にいる」
階段からの振動が軽快に伝わる。瑠璃は衣装を変えて彼の前に現れた。
「マコちゃんが倒れたんだって?」
緒方が用意した後処理の嘘だ。当時のヒカルは理に叶うとは想像もしていなかった。
「本当に、倒れたんだ」
「え、だから倒れたんでしょ」
瑠璃にマコの体調を伝える。病気が悪化したかもしれないから寝かせてると告げた。二人は机を間に席につく。
「緒方に来てと言われたけど。私することあるかな」
彼女は背もたれに後ろ首を乗せてる。長い髪の毛が束ねられていた。
「あ、話した?」
「話せなかった」
「おい!」
瑠璃は心を開いている証拠にヒカルに強く出ていた。彼は昨日との相違に狼狽する。
「もう結果が出てしまった」
「話せなかったのに?」
「やっぱ死んで欲しくないんだ」
彼はブルーライトに逃げて真意を見てこなかった。マコが歩み寄ろうとしたら彼は離れていく。
「俺は一人になりたくない。そんな自分が嫌だ。でも」
「うん」
「死んで欲しくないんだ」
部屋の電球は点滅していた。部屋の壁は二人で落書きした跡だ。床はマコが縫ってくれたもの。彼は何もしてやれていない。彼女にヒカルは生かされている。そこに仮面は必要ない。
「ねえ、瑠璃。少しだけ話し相手になってくれないか」
「良いよ」
水場から常温の飲料を彼女に渡す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます