2-3 友達の作り方
「瑠璃はよく眠る奴だな」
入ってきたのは緒方だった。彼の横は明が彷徨いている。
「ここはミツヒデの家だ。あんたは帰宅してすぐ眠った」
外は既に日が沈んでいる。
胸の内から、煙みたいな赤色の気持ちが溢れて、口元がゆるんだ。
「凄いなー。こんな夜なのに騒いでいいんだ」
「瑠璃、体調が良いなら外に出ないか」
彼女は目をこする。男は彼女の返答を待っていた。
瑠璃は緒方の素を知れた気がして鼻息が荒くなる。布団から降りた彼女は枕元の鞄を腕に通す。靴を履いて階段を降りた。
「ねえ、私お腹すいた」
「そういうと思って飯を食べにいく。その前にミツヒデに話してくる」
彼は階段を降りた左側はミツヒデがテレビを見ていた。彼に話をする間、彼女は明を探す。明を呼び緒方のことを聞いてみる。
「ねえ、黎って何だかんだ優しいよね」
「ふっふっ。気付いたね」
明は愉快そうに肩を揺らす。その笑顔は何かを隠していた。
「明の、デカルトの遺体なんて探さなくていいよ」
「え?」
「あ、信頼してないって訳じゃないから誤解しないで」
男ふたりの会話は終わらない。何か口論してるようにも見えるが声は届いてこなかった。
「ただ、そんなことに黎が縛られてるところ見たくない」
「そんな悲しいこと」
「どちらにしろ私はズファレに殺されるから」
瑠璃は唾を飲み込んだ。自分より身長の低い彼女の笑顔が別の意味に思えた。
「私は、私のことで手一杯なんです。それでも、良いなら私は頑張ろうと思います。謙也が蘇るなら」
「謙也さんのどこが好きだったの?」
どこが好きなのか。村で聞かれた言葉を再度耳にする。その重みに瑠璃は胸に手を当てた。そうすれば痛みが止まると勘違いしたからだ。
「……瑠璃?」
「好きなところは、好きなところは。好きな、ところ」
彼は教室で一緒にいてくれた。相談にも乗ってくれて、彼の将来を応援していたこともある。帰宅すると身体を求める謙也。瑠璃はそれが男だと誤認した。皆がやっている正しいことだから、私も同じように習おう。そう間違っていた。
「さ、さあね」
精一杯笑うことが反撃であり譲渡だった。明は半透明に纏わる衣類の裾を伸ばす。
「あー、お腹すいたなー!」
「ご飯食べられるの?」
「うん。緒方の接続を使えば栄養取れるよ」
「美味しいもの食べないとね」
「ステーキ食べたい!」
「悪い。遅れたな」
彼は紙を握りしめ扉に急ぐ。瑠璃は部屋から視線を感じた。ミツヒデが軽く手を振る。彼女は頷いて外に出た。もっと、愛想よく返事すればよかったと後悔しながら。
「今から向かう店は肉料理だ」
「ステーキ!」
「明、外は危険だから気をつけろ」
「あはは」
瑠璃は二人の背中を見て思う。車から逃げる時に緒方が笑ったことや、明が先程話したこととうの出来事だ。この二人には言い表せない試練がある。彼女は埋まらぬ溝を見た気がした。
「これ渡しておく」
ポケットから取り出したのは何かのスイッチだった。手のひらに収まるほど小さいものだ。
「安野に嵌めたやつだ。横にある銀のボタンを横にスライドしないと発動しない。硬いから気をつけて」
彼は隣に立ってどうしたものかと首を傾げる。彼女は慌てて聞いてなかったと謝った。
「明日の夕方にレティクレに乗る」
「明日なんだ」
「用事があるからな」
道を歩いていたら行き止まりに着いたような、その虚しさが彼から漂う。
二人は店に入って食事をとる。メニュー表から食事を選んで注文した。瑠璃は財布を取り出して金属を弾く。
「お金は払わないでいい」
「黎くん。なにか張り切ってる?」
「いや、言い方きっつ……」
緒方は手渡された飲み物を口に含んでいた。グラスの中は黄色で泡立っている。
「黎くん、まさかお酒飲んでるの?」
「そんなことより、安野にした説明はどうだった」
緒方は耳を赤くして浴びるように飲む。彼女は配られた炭酸を口に入れ困惑を示す。
「だからって私は止まらないかな」
「俺は瑠璃をバカにしてた」
「え?」
「本当は説明すべきだった。でも、俺は目的を叶えたかったんだ」
店は人が多く繁盛している。彼の皿は店員から下げられた。
「黎のことを教えて」
▼
緒方黎はデザイン不良だと両親から捨てられる。途方に暮れ明日を生きることさえ不透明だった。
「そんな中、緒方優(おがた ゆう)という俺の母さんが拾ってくれたんだ」
緒方家は孤児を素材に非人道的な実験を繰り返している。実験達成はカセットと呼ばれる人間を作り出すこと。
「実験は辛かったけど、僕に初めて居場所ができた。飯も食べれて寝るところに困らない。何よりひとりじゃなかった」
ズファレは内情を世間に流した。
世間は緒方家に激怒し反感が募っていく。即刻潰すべしとズファレは進言した。そのズファレの元に武力が集まっていく。
「そして襲撃を受けた。ズファレがどこから情報を手にしたのか分からないけど」
ズファレの襲撃は成功して、子供は解放される。緒方家の技術力はズファレが内密に盗んだ。
「緒方家はカセット制作を月の民から頼まれていた。その在り方は周りからして、救いに見えたのだろう。緒方優を崇拝する人間もいた」
国は子供を救おうとしても、デカルトや人間じゃない彼らを周りは疎んだ。殆どの人間は緒方家の機械なしで生きていられない。
緒方家の技術力は、不朽の国と成り代わった。
「誰も正しく擦れ違った。緒方優は死んで、俺はズファレに生かされている」
ズファレは緒方黎を接続の実験に宛てがう。デカルトとカセットの相応力を試したのだ。その接続が正常に稼働すれば緒方黎はズファレに殺され、明はエネルギーになり個性は消失する。
「だから、ズファレに奪われた明の遺体を取り戻したい」
「取り戻してどうするの?」
「明は俺と同じ境遇だと思う。苦しむのは俺だけでいい」
緒方は何も聞き入れないと飲み物に喉を通す。食事処は人の会話で賑わっていた。
「黎は、どうしたいの?」
「前はあった。でも、忘れてしまった」
彼は自分に言い訳してるように思えた。明を盾に自分のことを隠している。
「それに、緒方優は生きている。俺の目の前でズファレに刺されたけど」
彼の母は不死の研究をしていた。人の一生では到達できない夢だから、自身のバックアップを機械に委託してるらしい。未だ姿を表さないだけだと主張していた。
彼は頷きだけ返して手を動かしている。
▼
食事を終えた二人はミツヒデの家に着く。
「あれ。安野くん?」
「我と同行を懇願する!」
安野はこの村を案内するからと二人の前に現れた。彼は認めたので瑠璃は肯定する。
「今日は寒いね」
「暖かいものでも食べよう」
「え、急にスイッチ切り替わるの怖いよ」
「ううん……」
彼女たちは村で一番高い建物に登る。
彼女はふと彼の腕輪を目にする。昨日、緒方が装着した探知機付きの機械だった。
「その腕輪は気にならないの」
「信頼されるならお安い御用だよ」
ヒカルは触れば壊れそうなものを必死に守ってる。
「マコの事なんだけど」
「あの娘、いい人だったよね」
「それは仮初の姿よ。真はゴミを散らかすぐうたら怪獣だ」
「礼儀正しそうだけど、そんな一面もあるんだ」
高台の手すりに指をつける。彼は紛れもなく兄貴だった。
「ズファレの願いは断ろうと思う」
「どうして?」
瑠璃は自分が否定された気になって声を荒らげた。ヒカルは距離をとる。
「俺の知ってるマコが治るわけじゃない」
「ヒカルは間違ってると思うの」
「でも、それはエゴなんじゃないかって思うところもある」
「どういうこと?」
高台は風の通り道だった。瑠璃の髪を風が撫で、後ろ髪が荒れる。
「マコは本当にそう思ってないんじゃないかって。俺が聞いたから同調したんじゃないかって」
「どちらにしろ死ぬんだよね」
それは彼の怒り方だった。相手の手首を掴んで眼球が押し出そうなほど相手を見やる。「なんてことを言うんだ!」
対して掴まれた彼女は平穏を装っている。心がどこかに落としてきたみたいに冷たい目つきだった。
「ちゃんとマコちゃんの口から話を聞かないとダメだよ」
安野は思い出して力を弱める。彼女が旅の目的としているもの。それは、好きな状態の恋人を作ることだった。
「死んだら会話もできないから」
「沙弥……」
「私の名前は瑠璃だから、瑠璃って呼んで」
彼女は彼を年相応の子どもとして写る。スキンシップは我慢した。
「なんか、これ、友達みたいな会話だ」
思い返されるひとりの日々。村は冬のように冷たくて、このままなのかともがいていた。彼女は吐き気を情報屋に見せないようにする。
「俺、情報屋をやってるから友達いないんだ。妹だけが気兼ねなく話せて」
彼の独り言に耳を傾ける。決して話を聞こうとしたわけじゃなく、自分の思考に落ちたからだ。
「だから、会話というものをしていなかった。俺は妹を傾聴してくれるから付き合わせてたんだ。俺、やっぱ妹のところに戻るよ」
「羨ましいね」
「え?」
彼女は思考の海が這い上がる。辺りは高台で正面に情報屋がいた。
「何でもない」
「それにしても、アレかな。これって友達ってやつになるのだろうか」
彼の純粋な気持ちに彼女は直面する。友達の定義を探した。
「友達、いたことないから分かんない」
「ねえだったら……、その」
安野は頭を抱えながら階段を降りている。彼女は冷めた気持ちで話を待つ。
「俺たちって友達になのかな」
彼は怯える子供そのもので、出す答えは予め決められているようなものだった。
「そうだね。私たちは仲間だよ」
緒方――いや、中にいる明が返事する。その言葉に彼は恥ずかしそうに目をそらす。瑠璃の耳元で話しかける。
「ああいう輩は騙しやすいから、友達と言っておいた方がいい」
「黎」
明が彼のカバンから顔を出した。彼を殴ろうとして拳が透けていく。
瑠璃は人の二面性で分からなくなった。
「それはそれとして、瑠璃は嫌だった?」
「嫌じゃないけど……」
「私たちは友達だよ。だって、もう話をしたじゃない」
明は存在が眩しかった。価値観や前向きな思考はシシャだからで片付かない。
「明ちゃんは、凄いな」
二人は眩しくて、瑠璃は何をしてきたのか分からなくなってきた。自分は恥ずかしい理由で立っている錯覚がする。
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