2-2 情報管理蜘蛛協会
「蜘蛛協会ってなんだっけ」
緒方は彼女に説明する。
蜘蛛協会は、情報を管理あるいは流出する名無しの集団だ。企業の機密情報を拡散したり虚偽のニュースを正すといった行動をとっている。
「蜘蛛協会は20歳以下の人間で構成されているようで、彼もその1人だろう」
その道は腐臭が漂い暗く狭かった。横倒しの空き瓶が茶色の液体を垂らしている。
「我のアジトで話そう」
「君に親はいないのか」
「いない。緒方は?」
「同じようなものかな」
瑠璃は靴でガムを踏んでしまう。顔をしかめてから壁に擦る。二人にプレハブ小屋が見えてきた。扉の先は階段が下に続く。
「俺達の家はこの下」
子供は先行して下っていく。瑠璃は最後尾で子供を警戒した。横付けの電球は、元気がないのか明滅する。
「ここが俺達の家。さて、何から聞きたい?」
「……黎、この落書きは協会に関係あるの?」
「これは彼の趣味だ」
「これは召喚陣だ!」
部屋は明るい光で満ちていた。床は召喚陣の描かれたカーペットが敷かれている。壁には黒いカーテンがかかり、落書きみたいな悪魔が笑っていた。テーブルの上は蝋燭と分厚い本が置かれている。
「俺の家に驚愕してる。みんなそうだった。クククッ、罪深い……」
「君の名前は?」
片手を空にあげてマントを翻す。中指と薬指をしまっていた。
「我の名は安野(あんの)である。ああ、少し待ってくれないか」
彼はカーテンの一つに指をかける。手を離し布は、もう片方に寄せられた。
カーテンの向こうは質素な部屋がある。
安野はドアノブを回して赤みある茶色のベニヤ板をひく。その先に一人の女子がいた。
緒方は躊躇なく安野の次に入る。
「明。容態を見てくれない」
彼の肌は青くなり、明を安野の妹に飛ばす。シシャはベットの周りを回転して結論を出す。ひどく落胆した声色だった。
「残念だけど。この娘は私から見ても余命幾ばくない、かな」
「ありがとう」
彼は解除して情報屋に向き直る。彼は鞄を置いて膝を曲げた。それに続いて情報屋も座る。瑠璃は慌てて中に入り扉を閉めた。
「どうやって盗んだ?」
「緒方式でも察知できなかったのか。盗賊冥利に尽きる」
安野の妹の部屋は壊滅的センスに潰されていない。そこは、同じであって欲しかったと瑠璃は勝手な落胆をする。
「俺達はまだ君を信じられないんだが」
「それは失敬。必要な手順であるな」
彼は部屋を出入りした。手に持っていたのは大きな紙で、二人の前で広げる。
「不朽の国の見取り図……。しかも、これは今年のやつか?」
「これで信じたかな」
「俺達の追尾を巻いてくれるなら良いだろう」
安野の妹が咳き込んだ。彼は飛び起きて上半身を起こす。背中を優しく撫でていた。
「ご、ごほっ。ごめんね兄ちゃん」
「遠慮するなよ」
安野の妹は瞳を二人に向ける。瞳は黒く、目の下に大きな隈があり、頬に線があった。
「ごめんね。うちの兄ちゃん、センスないから部屋びっくりしたでしょ」
「え、そんなことねえだろ!」
「そんなことあるよ。いつも言ってるし」
安野の妹は背筋を正す。幼い女子に瑠璃と緒方は顎を引く。
「私の名前は安野マコです。兄ちゃんは安野ヒカルって言います」
「俺の名前は緒方黎です。隣は仲間の瑠璃です」
部屋に電球が吊るされている。それが左右に揺れていた。
「瑠璃の承認型は前から気になっていた。俺達がリークした情報を安安と公開しない」
少女は金魚のように口を開閉した。思わず身を乗り出し、何でという質問が咥内でさ迷う。
「村には入らなかったのか」
「入れてくれねえ」
ヒカルは瑠璃へ人差し指を出した。妹が人を指さすなと兄の左手を力づくで下ろし、二の腕を引っ掻く。
「つまり、瑠璃は前から狙われていたけど、村長に守られていた」
呼吸が止まったような気がした。耳鳴りがして足元を見る。彼女は自身の胸、その奥にある心臓を想像するした。その心臓は、脈打って、彼女を生かしている。彼女の心臓は正常に動いて間違いはない。けど、胸の痛みが抜けなかった。
「何か、申し訳なくなってきた」
彼女はその重みに思わず呻く。村の人は瑠璃の悪口を漏らしていたが、村長は味方してくれていた。
彼女は見知らぬ誰かの暑苦しい建物の中で、一つの形を理解する。
「後悔は出来るときにしておいた方がいい」
安野は仕切り直すように手を叩いた。視線を彼は浴びる。
「俺の妹は見ての通り病気でな」
彼の隣でマコが申し訳なさそうに目を伏せる。痰が絡んだのか湿っぽい咳をした。
「大人が言うには相応の設備がないと治せない」
彼はベットの上に置かれたリモコンを手にする。ボタンを押すと緒方の横から男性の声が響く。そこには、ズファレが司会に冗談を飛ばして笑いを誘っている場面だった。
「そんな時、俺達はズファレから誘いがあった」
瑠璃を除いてテレビの人物に気を取られる。テレビの中で金髪の男性は足を組んでいた。
「君の妹を治す気はないかって」
その場で腕を組み何か考え込んでいる。緒方は首を引いて眼差しをマコに向けた。
「不朽の国は倫理を見ずに好きな研究が盛んだ。その設備なら彼女を治し、不死身になるはずだ」
ズファレの手によって助けられた命はあった。妹よりも思い病気の人がメディアの前で歩き回っていたと言葉に熱を込める。
「だけど、悪い噂も流れてくる」
彼はズファレの悪い情報も取り扱っている。悪い噂だって耳にしていた。だから、身内になると誰でも臆病になる。
「俺は緒方に聞きたかった。ズファレは何なのか。そして、不死は信じられるのか」
それは瑠璃も聞きたかったことだった。不朽の国が目的地だから、ズファレを知っておいて損はない。
「明。話していいか」
『いいよー』
鞄から少女が蜃気楼のように現れる。安野は目を剥く。
明は二人を交互に見比べた。
「ズファレはデカルトだよ」
「え?」
一番驚いたのは瑠璃だった。素っ頓狂な声を上げ透明の少女を捉えてる。
「デカルトは月の民が作った人造人間で、月の命令で動いていた。私は別ね」
「デカルトってのは、みんな透明なのか?」
「安野くん明って呼んでよ。本当は透明じゃないけど、私は事情があって喪失してる。つまり、デカルトが不朽の国を作り上げたことになるかな」
その発言に疑問が生じる。瑠璃は反射で口を震わせた。
「不朽の国は月の民の命令なの?」
「彼の独断だよ。月の民は私たちに命令しなくて何年か経ってるからね。それに、個別に命令は降りない」
明は至って真剣に答える。車で騒いでいた彼女と大違いだった。
「不死性は俺が話す。明、ありがとう」
明は瑠璃の背中に回った。彼女の鞄に興味があるのか中を覗こうとする。
「例えば一人の人間をAと仮称する。Aは不朽の国でコピーをとりA1を作る。そうしたら、Aは廃棄される。そうしてA1は健康になる」
「……え?」
ヒカルの絶句を無視する。彼の抗弁は止まらない。
「もし、Aに病気や一部分しかない場合は、他人の情報または基準となる肉体をほかの人から取り出し作られていく。それで健康になっている」
つまり、不朽の国で健康になったマコは、病気に苦しんだマコと同一ではない。
その人はマコの情報が取り込まれた別の人になる。
「ズファレはこのメカニズムを正義だと繰り広げている」
ヒカルの横でマコが深刻そうに様子を伺う。
瑠璃は理由なしに口を挟んだ。そうしないと旅の否定になるかもしれなかったから。
「ヒカルさん、私は瑠璃を不朽の国に行って好きな人を蘇らせるよ」
なぜ、どうして、言葉にならない質問が視線で届く。
「謙也は不朽の国に行って、一時的に消息を絶った。不死になってたら今も不朽の国で暮らしているかもしれない」
「なら、別に復活させなくても」
「私の知っている謙也は死んでしまった。だから私は彼をもう一度作る。誰がなんと言おうとそれが私のしたいことだよ」
緒方は右腕の時計を目に入れる。その場から立ちあがり立ち去ると告げた。
「君からは不朽の国の地図と、剣士の動き、ズファレの動向を教えてもらおうかな。後はチケットの手配だ。それと」
彼はポケットから何か装置みたいなものを取り出す。彼の腕を掴み嵌めた。
「これはお前が逃げないように付ける。悪いがこれは保険だ。妹のためなら我慢できるよな」
位置情報を逐一送る装置だった。安野は手のひらを回す。
「大丈夫。事が済んだら外してやるよ」
彼は瑠璃に立ち上がるよう顎で指図する。彼女は立とうとしてよろめく。
「大丈夫か?」
「疲れが溜まってるのかも」
瑠璃は安野に目が止まる。苦悶に満ちた表情だった。瑠璃はまぶたを閉じ身体の力をぬく。
「で、この話はどこから嘘なんだ?」
緒方は不浄を壊すとき見たく二人の子供に敵意を向けていた。彼は階段の近くで、安野は壁際に追い込まれている。
テレビは今しがた消されて、現状を鏡にした。
「協会と二人の関係だけは信じる」
「え、えっと」
「瑠璃、ちょっと外出ない?」
プレハブの長い階段に戻る。明は容姿が幼くとも二人より最年長のように振舞っていた。
「ねえ、明ちゃん。黎の過去って聞いていいのかな」
「今度教えるね」
二人は彼が帰ってくることを待っていた。隣の明に鞄の中を覗かせる。
「なにか気になるものある?」
「この装置は何?」
カバンに指さしたのは、不浄から守る探知機だった。彼女は拾い上げて正面に持ってくる。
「月の民の試練にある不浄から逃げる機械だよ。このレーダーが不浄の位置を教えてくれるんだ」
不浄は月の民が発生させる自立型の機械だ。昔はメンテナンスも施され強固な外観を誇っていた。
「でも、最近の不浄ってボロボロじゃない?」
それは明も感じていたことで肯定する。
「だから、人間は不浄を殲滅できている」
「デカルトは明みたいに協力しないのかな」
「私が特殊なだけだよ。ずっと、緒方の研究を手伝っていたから、その名残で今も居るだけだから」
瑠璃は微睡みの中で目を落とす。彼女の疲労は限界に達しノンレム睡眠に陥った。
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