2-1 遊園地跡
獣道に灰色の車が走行する。枝に切りつけられ窓が擦れていた。空は暗く染まっている。
緒方は運転席でサイドミラーを確認する。
「えー、明ちゃんすごいね」
「へへ。私はデカルトだからね!」
「可愛いね明ちゃん!」
「ふははもっと褒めて!」
「……」
明と瑠璃は既に仲良くなっていた。明は身体が透けて背景が見えている。
「明はなんでもやれるの?」
車の中は狭いが、明に対しては丁度いい大きさだった。座ったまま天井を触れない。
「機械の中に入れること。そして、武器も作ることだけ」
機械の修理はそのように行われていた。彼女はもう一つの秘密に切り込みを入れる。
「あ、接続って何」
「黎が村でやったことよね。アレは黎みたいな人しかできないんだ」
明の身体が青白く透けている。そのために背景の森が鮮明にうつっていた。その光景が幻想的で距離感を狂わせる。
「私も黎みたいに『接続?』 できるの」
「できないよ。だからこそ、黎は特殊なんだ」
「何が違うの」
彼女はいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。
「それは愛の力かな!」
「明、うるさい」
運転席は抗議を挙げたから、明は口を尖らせる。
彼女は言葉を濁されて苦い食べ物を噛んだような顔をした。
「瑠璃、もう少しで到着するから用意してくれないか」
「不浄に見つからなかったね」
「明が出てこないルートを選んだからな」
荷物が落ちないように瑠璃は持ち物にしがみついてる。
彼女は垣間見る緒方の少年のような笑みを記憶した。そんな顔もできるのか、冗談を言える人なんだ。彼女に蓄積されていく。
「あっ」
「忘れ物?」
「私のこと瑠璃って呼んだ!」
『ほんとだよ!』
なだらかな坂を登って普通の道へ出る。緒方は車を停止して扉を開けた。後ろのふたりも同じように出ていく。
「今から向かう街は少し変わってるから驚くと思う」
「ねえ聞いてる?」
「忘れろ」
今から三人が向かうのはキューブ街。変わった名前だと思ったが口に出さなかった。
「ほら、見えてきた。この村だ」
門を潜ったら異質な空間が広がっていた。空に赤い線路を作り、緑の乗り物がその上に放置されている。丸い部屋が丸いものに取り付けられ緩やかな回転をしていた。人が入れるサイズのコップが、一つの棒を中心に配置されている。
「これはテーマパーク? と呼ばれる施設を改造され、街にしたところだ」
「テーマパーク」
「ジェットコースターや観覧車とか存在する。最も、乗ったら死ぬが」
「分かんない」
「不浄が上陸する前の建物だ。それも仕方ないな」
キューブは瑠璃の村と違い、人々が行き来していた。何食わぬ顔で地上を左右見る人々。緒方は鞄から地図を取り出す。
「でも、なんか。鉄サビが多いね」
「メンテする人がいないからな。今から同郷に会う」
「同郷?」
緒方黎と同じ場所で生まれた人間で、襲撃から逃れキューブで暮らしているらしい。瑠璃は彼のことを何も知らないことに至った。
「着いた」
そこは商店だった。缶詰の果物が格安の値段で販売されている。二人の脇を子供がすり抜けていく。
瑠璃は缶詰を手に取り裏を見た。意味もなしに頷く。
「お腹すきました?」
「わっ!」眼鏡の男が彼女の横に出現した。
「ええ?! 何で驚いた?」
「お前が突然現れたから驚いてんだ」
「ああ。俺のせいならいいや」
瑠璃に彼を紹介する。眼鏡を掛け無精髭を生やした男性だ。
「彼は緒方ミツヒデ。俺と同じ母さんから生まれた子供のひとりだ」
「はじめまして。女性の名前は……」
「女性って言うな、女性だけど。彼女は沙弥だ」
瑠璃は緒方のアイコンタクトを受け取る。差し伸べられた手を握った。
「僕はミツヒデです。女性の沙弥さん」
「は、はい」
「コイツは馬鹿だけど許してあげてくれ」
ミツヒデは村の一角で商いをしている。基本的に保存食や機械の探知機を販売していた。下の棚は保存食がところ狭しと置かれている。
保存食より上の棚に機械を探知する探知機が販売されていた。それは瑠璃の村で緒方が修理したものと酷似している。
「月の民の試練はどんな状況だ」
「不浄の駆逐は順調。後、エス系結晶はズファレに流れてるらしいよ」
二人は断りも入れず建物の中に入る。瑠璃は躊躇うが、そそくさと付いていく。
「おーい。もう家に帰ってこいー!」
「お子さんですか?」
瑠璃の脇を二人の小さな子供が駆けていく。この季節に暖かい服装をしていた。
「かわいい!」
「ええ、あの子らイタズラっ子で手が焼けるんですよ」
「謙也は子供が嫌いだったなー」
子供は両靴を玄関で飛ばしながら脱いだ。ミツヒデは子供に下品だと叱っている。
「ミツヒデさん、遊んでも?」
「良いですよ」
緒方は二人のやりとりで無口になる。鞄を肩から降ろし片手で持つ。手袋は外さないままに靴を脱いて揃えた。
「風呂を沸かしてるので貯まったら先に入ってください」
「わかりました」
二人は2階に上がっていく。瑠璃は子供たちに目を輝かせて飛びついた。
「姉ちゃんと遊ぼ!」
「いいよー」
瑠璃に子供たちは宝物を逐一見せてくる。宝物である所以を博士みたいに話す。
「あ、瑠璃姉ちゃん待ってて」
子供は廊下に出て走り去る。彼女が待っていると、リビングの外から風呂大丈夫だよと声が届いた。彼女は腰を上げて鞄を持っていく。子供がシャンプーの使い方を指示する。緒方に断りを入れ彼女は先に風呂に入った。
「やっぱ身体汗臭い……」
瑠璃の両親は物心つく前から他界しているから、謙也以外と遊ぶのは初めてだった。
「あ、ダメだ。早く行かないといけないのに」
彼女は髪に水滴を垂らす。風呂場から上がりタオルを手繰り拭いていく。服を身につけたら、あることに気がついた。
「あれ? あれ」
ポケットやカバンの中を漁る。顔を地面にくっつけて目線を入れた。
「瑠璃、何があった」
緒方は偶然にも風呂場の横を通りがかる。風呂場を覗きこみ、反射で顔を反対にした。彼は見てはいけないものを見た顔をしている。
「承認型が、ない」
彼女のポケットから玩具のブロックが出てきた。
体の水滴を払い服を纏って駆け出す。
瑠璃は髪を濡らしたままでリビングに走る。子供は瑠璃の狼狽えに2人で笑いあった。
「私の持ち物変えたよね」
彼女は真に迫り肩をつかむ。見開いた目から冗談を排除した。
「ご、ごめんなさい」
持ち物から子供が手を離す。彼女は腕を引っ張った。
「え?」
「これ私のじゃないよね」
瑠璃は布を取り外し鉄板を露出させる。子供は頭を降って涙目になった。
「意地悪してごめんなさい」
「私のものを返してよ。これは違うものだよね」
「お姉ちゃん。怖いよ」
瑠璃は子供の小さな腕を強く掴んだ。目を逸らしたら顔で動かす。
「返して?」
「どうしました?」
ミツヒデが彼女に問いかけた。しかし、眼中になく聞き入れない。
リビングに足音が大きくなる。瑠璃の横に現れ目線をあわした。
「おい、まず話を聞け」
「肩身をとられた」
「……とりあえず、手を離してやれ」
居間のテレビが付いている。番組は不朽の国を特集とした特番だった。ズファレが質問に回答している。司会のジョークにも器用に対応していた。
「瑠璃、もうやめろ」
緒方は一段と声低く警告した。
仕方なく彼女は手を引っ込める。自分の爪を手の内にくい込ませた。激情が心内で渦巻いて八つ当たりしたくなっている。彼女は激しく荒れ狂う感情を飲み込もうと深呼吸した。
「……」
「それ、貸してもらえないか」
彼女は承認型をむき出しのまま手渡した。瑠璃は緒方が明と接続し髪が青くなっていることを今知る。
明で強化された彼は鉄板の裏返す。
「誰にでも失敗はある。だから、そんな顔するな」
「子供はずっと家にいたけど」
ミツヒデはふたりとの密談時に承認型を持っていると理解していた。その驚きも不自然じゃない。
緒方は目を瞑り小さく呟いた。空気が震え、見えない青い線が彼を中心になびいていく。
「何かいる。近くの路地で俺たちを見てるな」
「捕まえよう」
「ミツヒデ、荷物を頼む」
ミツヒデにアイコンタクトを送っていた。緒方は外に出ると姿を消す。
「え、あれ?」
「おーい!」緒方は豆粒ほどの大きさになっていた。村の時と段違いで動きが早い。
彼女は付いて行くのに精一杯だった。
「は、はやい……」
彼は路地裏の影が届かぬ場所に入る。そして、鞄から双眼鏡を取って覗いた。ゴミ袋が地面に放たれており、緒方の足と当たり転がっていく。
「ちょっと動くな」
掌から何かを投げる。瑠璃の前で風を切り、金属の擦れる音が響く。
「くくく、漆黒の翼を見破るとは何たる監察眼。我敬服いたす」
「なんだその喋り方」
鞄を瑠璃に持たせてまた取り出す。懐中電灯で相手を照らした。
「……子供?」
外見はミツヒデの子供と同じだった。二人よりも幼く変な言動も頷ける。
「同志緒方よ。我が情報屋の幹部に耳を傾けるなら、この鉄板を返却不要する」
「その変な喋り方やめてくれないか。ナイフ当たったのか?」
「当たってない」
少年は投げられた刃物を指で弄び告げた。片手には鉄板が握られている。
「お前は誰だ?」
「蜘蛛協会所属のフリーライターさ」
「蜘蛛協会?」
そのフリーライターは二人に条件をつけた。その返答によって承認型を返すようだ。鉄板の盗みが本目的ではなかった。
「我からの質問はひとつ、ズファレは何者で、彼を信頼出来るのか」
彼の痛い口調が収まった。緒方は接続を解いて髪を撫でる。自分の鞄を背負い提案した。
「フリーライターさん。場所を変えないか」
「近くに俺のアジトがある。付いてきて」
フリーライターの子供は鉄板を緒方に投げつける。彼は受け取ると背中を追った。
緒方は片手で地図を広げた。彼らは右下を歩いている。入ったのは左からだ。
「レティクレ座に乗れるの?」
「手配はしたけど、今夜は不浄が活発らしくて出てない」
フリーライターを名乗る少年は二人を顧みない。彼にとって、アジトに誘うことは既に成功したものになっていた。
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