1-2 少女は外を見渡す

瑠璃は目を開ける。眼下に自分が教室にひとりでいた。これは夢だと自覚する。

彼女は自分のノートに猫の落書きをしていた。


「瑠璃、何やってんだよ」

「あ、謙也……」


 勉強室の隣に彼は座る。鞄から授業の道具を取り出していた。


「可愛い猫だな」


 謙也は隣の村に住んでいる年上の男性だった。


「ねえ、謙也」


 彼女は夢の中で自分の過去を回顧してると気づく。結果を知りつつ、自分の失態を見守った。


「今も警官を目指してる?」


 謙也は何かを考えているのか遠くを見つめてる。その姿を見ている瑠璃は何時間も見ていられた。しかし、真っ直ぐな目に瑠璃の姿はない。


「当たり前だろ。そのために勉強して、この村を出るんだ」


 近くの村の中で、学校は瑠璃の村にしかない。謙也は夢を叶えるため瑠璃の村で暮らしていた。


「まさかお前は応援してないなんていうんじゃないんだろうな。このクラスで瑠璃の味方なのは、俺だけなんだけど」

「ごめんなさい謙也。私、応援してる」


 その時期が今の瑠璃を蝕み、月日流れる。

 謙也と瑠璃は男女の押し問答を続け背丈を伸ばしていく。


 謙也は警察の試験に合格して村を出ることになった。元々の村は隣だけど結局一度も帰らないままだ。

 あの日は、季節外れに蒸し暑くて、涼めるところを探し回った。


「月一で帰ってくるから」


 掠れ声が村の生活音に紛れた。彼女は確かめるように手を掴んだ。人目を気にせずそのままで夜に帰る。彼の試験合格後は、初めて手を繋いだ日だった。その淡い思い出が、瑠璃を縛ることになる。


「瑠璃、帰ったよ」

「ねえ、そんなことより謙也の両親が」

「瑠璃の癖に口出しするなよ。上司が捜索してるから俺は関係ねえ」


 事象がカレンダーをめくるみたいに展開される。

 ある日、彼の村が襲撃を受けて村は焼け野原になった。

 襲撃者は月の民の声を盲信的に信じる過激派の一味らしい。


「誰かが探してるから。俺は新人だから何も出来ねえんだって」


 右下を見ながら彼女に言い訳するのが彼の癖になってしまう。瑠璃はその顔が見たくなくて話しかけるのを躊躇っていた。月に1回だけ帰ってきてからこんなもんかと思う行為を済ませ朝飯を一緒にとる。それだけの毎日が繰り返されていき、これを生きているといえるのか瑠璃は不安だった。それでも、瑠璃は幸せだと思う瞬間があったときもある。

 二人の日常はいつも続いていくわけ無かった。謙也は瑠璃に進言する。


「両親の居所が見つかった」

「うん」

「しばらく帰ってこれない」

「良かった」

「え、何が?」


 白い布団の中で二人は足をぶらつかせた。瑠璃の首が動くとシーツが引っ張られ謙也の髪が移動する。


「やっと向き合うんだなって」

「死ね」

「ごめんね」


 その時間に瑠璃は謙也が弟のように小さく見えた。そして、次の月から彼の言葉通り帰ってこなくなる。

 約束が破られた瑠璃は冷え性になった。夏場になっても布団にくるまる生活が続く。彼が帰ってくるのは三ヶ月たってからだった。


「謙也!」

「瑠璃ちゃん、ただいま」


 違うと彼女は悟る。

 彼は人並みの爽やかな笑顔を向けない。仮面をかぶることはあっても、それが個性となる人じゃなかった。

 謙也の帰宅に周りは集まる。彼は大人になったと言われてしまう。その集団の中で、彼女だけが違和感があった。

 夜、瑠璃の家へ彼が来た。半信半疑で彼の横を歩く。その時、彼がいう。


「俺と死んでくれるか」


 勉強会で見たあの顔があった。

 瑠璃は赤子を抱き抱えるように手を包む。


「いいよ」


 二人は無断で村の外へ抜け出した。外は遮るものは何もなく平原が続く。そして、影が二人を補足し銃弾を放つ。謙也は即死で、彼女は臓器損傷で移植する。彼女は生き残った罪悪感に駆られ、死のうと思い立ったが謙也から手紙が届く。そこには鉄板が入っていた。


『君を待っている』


 瑠璃は風の噂で、月の民の声を盲信的に信じる過激派の一味が、不朽の国によって滅ぼされたと聞く。


 その一族の名は緒方家と呼んだ。



 彼女は身体を起こす。頬が微かに濡れていた。

 瑠璃は心臓を両手で当てる。彼の臓器が脈打って彼女を生かしていた。


「あの、ここは?」

「お、起きたんだね。ここは避難所だよ」


 あの後の瑠璃は避難先の廃墟に押し込まれ身を潜めている。 すると、瑠璃を含め住人達に足跡が近づいてきた。ユキオが現状を報告する。


「すべて不浄を駆逐しました」


 彼は続ける。機械は村に被害をもたらしたが、緒方と雇われの兵隊が破壊する。


「なぜこうなった!」住人の中で誰かが叫ぶ。子供を抱えた男性が怒鳴っていた。


「今から原因究明にはかります」


 その後、瑠璃の村へ戻ることになった。皆は列になり穴道を通り村へ戻る。軍人崩れの男が最後尾を確認する。


「ユキオ、緒方さんはどこにいるの」

「彼は村遠くの建物に入れられている」


 彼の道しるべ通り進む。煙が上がり、近くに疲弊した兵士が屯している。歩き続けると建物が見えた。それは、怪しい人間を一時的に拘束する建物だ。

 部屋の空洞が目立つけど、一つだけ鍵が掛けられていた。そこに緒方がいる。


「何でここにいるの」

「俺もそう思っていた」


 鞄を剥奪されていた。ベージュのコートを布団にして被せてる。彼のブーツが重なった。


「明は?」

「呼んだ?」


 彼女の隣に半透明の彼女がいた。明は瑠璃に青春じみた笑みを浮かべる。


「大丈夫なの?」

「私は平気だよ、ありがとね。でも黎は災難だったね」

「見知らぬ人を警戒することは間違いじゃない」


 彼は寝返りを打って女子ふたりを見なくなった。背骨を鳴らして大きく嘆息する。


「私が外に出るよう努めようか?」

「自力で出られる」

「私を外に連れていくのはダメ?」

「その話はあとにしてくれ」


 瑠璃の袖を触れようとしても透けている。彼女は急所だと見抜き追求することにした。


「私を計画につれていって」

「気をおかしくするな」

「奪えたよね。私、あの後、衝撃で気絶してたんでしょ」


 彼はわざとらしい咳払いする。


「アンタの御託は聞き飽きた」


 彼はコートに袖を通す。気だるそうに立ち上がって首を鳴らした。片足ずつぶらつかせると左手を明に差し出す。


「俺の運命は決められている。明さえ生きていればそれでいい」


 明は牢屋をすぎて彼の腕に着地する。彼の身体は青く光出した。


「俺は正義の味方じゃない」

「私のことが嫌いなの?」

「……近いうちに俺はズファレに殺される。その日までに明を生かすだけだ」


 瑠璃は納得した。両手を拍手するように合わせる。


「だったら、尚更私に協力してよ」

「普通は、そう言われて引くものじゃないか?」

「とにかく出してあげるね」


 彼女は片手にあるものを握っていた。それは鈍器で、彼の窓ガラスに強く指す。


緒方が様子を見て叫ぶ。「バカ、よせ!」


 一発で割れたから彼女は手をかける。背中に力を寄せてこじ開けた。両手は血が垂れてガラスが刺さってる。


「おい! 何をしている!」兵士は当然のように飛んできたので、緒方は反射で押し倒し拘束する。手首に細いロープを握って、巻いた。


「何を考えている!」

「今の脱獄は私が手引きしたことだよね」


 ふたりは駆け足で離れる。目的地は入口で建物を豆粒みたいに小さくしていく。


「明の身体奪還作戦! 報酬は私の彼氏を作ること!」

「……彼氏はどうやって作るんだ。材料がない」

「ある!」


 彼女は胸を撫でる。真夏にラムネを飲んだ時のように表情は爽やかだった。


「私の心臓を突き刺して! この心臓は彼氏の臓器だから!」

「でも、あんたと行くなんて……」


  不朽の国にいる謙也を殺して作り替えることも出来ると提案した。そこで、瑠璃は彼に追求する。彼女にしか分からない言葉だった。


「一歩踏み出すのは怖いけど今しかないんだよ。私のために死のうよ! すべての責任は私のせいにすればいい!」


「は、ハハハ。お前は馬鹿か!」彼はから笑う。


 二人の前に兵士が立ちふさがる。彼が銃を構えるよりも先に、緒方は地面を滑って足を払った。


「わかった。お前の自殺に付き合ってやるよ」

「ありがとう!」

「だから、俺が死ぬ時も見ろよ」

「いいよ。私に任せて」


 瑠璃はポケットの上から承認版を触る。落とさないように愛おしくて物を確認した。


「瑠璃!」


 彼女に声がかかる。

 振り返ろうとしたら視界が暗転した。瑠璃は焦り顔に被さるものを降ろす。投げたのは村で唯一の友人だった。


「ミキ聞いて。私は外に出るよ」

「瑠璃のこと心配してる人だっているよ」

「瑠璃、立ち止まるな」

「でも、私のことをバカにしてた人もいるよね」


 友人は少し呆れたのか片眉だけ動かす。顔も見たくないと下を見た。


「もういい、好きにしなよ。瑠璃の事だから私より遠いところ行くなんて分かってたけどね」

「ありがとう」


 二人はついに到着する。入口にはユキオが開閉した。


「……早く行け」

「ありがとう!」


 二人は橋を進む。背後で扉がしまっていく。彼らが橋を渡り終えたら、橋は村の方に吸い込まれ畳まれる。


「確認する」


 彼は内ポケットから紙を取り出した。そして、鞄から盤を抜き出す。盤に紙を乗せて字を書く。


「明の体を奪取する。そして、お前の心臓或いは謙也から、お前の好きな謙也を作る。これでいいな」

「この鉄板、私のじゃないけど大丈夫なの?」

「その鉄板は誰でも使えるけど、あんたが使うべきだ」

「そう、そうなんだ」


 今度は地図を取り出し彼は次の行き先を指で指し示す。その方角は村から右に歩けば5時間で付くような場所だった。


「不朽の国を夜襲する。それについて来れるか」

「私ならできる。それまでよろしくね」


 彼は不朽の国の到着まで護衛を任された。武器を手にし普段のように歩いていく。


「いつも徒歩なの?」

「今から見せる」


 彼は平原を歩く。すると、見慣れない車が放置されていた。躊躇なく彼は明を操り車を動かす。


「これに乗って一気に到着させる」

「黎の物?」

「そのへんで拾って直した」

「……免許あるの?」

「早く乗れよ」


 彼女は彼を疑いながら乗り込む。隣には瓶にいたはずの明が騒ぎながら外を俯瞰した。

 瑠璃は車両の窓から景色を堪能する。

 彼女の旅が始まった。

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