1.さやの るり
数年後。
「瑠璃。いるか」
瑠璃は蛇口をひねり水を止める。鼻に近づけ、匂いが残っているのか確かめた。
友達から片方の靴をもらう。まるで新品のように汚れが取れていた。
「またやられたのか」
「あんたには関係ない。それで?」
「緒方家の息子が村に着くらしい」
彼女は友達に礼をし、男性の背中を感謝混じりに叩く。
「おっけ。門の前に行こう」
彼女の村は楕円上に広く、周りは溝が掘られ有刺鉄線を敷いている。外に出るには一つだけ掛かった橋しかない。2人はその村の入口に歩み出す。
「謙也のことは残念だったな。インターネットでも使えたらいいんだけど」
「今のご時世、インターネットは無理だよ」
「テレビでも謙也のことは取り上げられてはいるが」
「もういいって。クヨクヨするの好きじゃないから」
「煮えきらないことを言う。君はもう少し他人を知った方がいい」
門のスピーカーから客人の報告が入る。その音で、瑠璃は身を引き締めたと同時に門は開かれた。
橋の向こうにある男が立っている。その男性は大きな門を通り抜けた。
彼の後ろで扉が閉まる。緒方と呼ばれる男子は幼さを残していた。
「ようこそ来てくれました。緒方黎さん」
ユキオは門番用の銃を片手に腹を開ける。少年は頷くだけで目も合わさない。
「遠い中ご苦労さまです」
「レーダー機はどこに」
「小屋に壊れたものを集めてます」
「私が案内する」
少年の赤い瞳は瑠璃に移動する。髪色が不自然に白く明るい。コートを着込み手袋をしている。
「俺の名前は緒方黎(おがた れい)です。不朽の国から来ました」
彼女は自己紹介する。緒方、その言葉を自身の中で反芻させた。
「初めまして、私は佐屋野瑠璃(さやの るり)。気軽に瑠璃で構わないからね。その方が親しみ湧くから」
彼女が彼の手を握ろうとした。
「ん?」すると、誰でもない女子の声がする。
村の子供は緒方に寄り付いていない。
「なにか聞こえない?」
「すみません。この娘、ときどき良く分からないことを抜かすんです」
「君、バカにしすぎじゃない?」
「とかく機械は」
緒方は語尾を強く放つ。すると、女の声は止んだ。
「あ、うん。そうだね、付いてきて」
「それでは、また後で」
門から離れて村の中心にくい込んでいく。彼は物言わず付いてくるから雛鳥みたいだった。瑠璃は気まずい沈黙を打ち破る。
「ねえ、黎。自分の村はどうだったの?」
「れ、れい?」
下の名前で呼んじゃダメなのかと目を合わせて問う。緒方は明らかに不快を示し緒方と呼んでほしいと言い放った。
「あのさ。緒方黎って名前。まさか、あの緒方?」
落胆をにじませた哀れみに満ちていた。そのまま彼は噛むようように口を動かす。
「アンタ友達いないだろ」
緒方は憮然とした態度で機嫌を悪くする。彼女は嫌われても成し遂げなければならない事があった。
「ねえ、相談があるんだけど聞いてくれない?」
大股で進む姿に彼女は食らいつく。やがて見えた小屋に緒方は手をかけた。
「ねえ、黎。私を不朽の国に連れていってくれない?」
「断る」
彼は力任せに扉を閉める。心からの拒絶で、動きを止めるに値した。
「謙也……。私を見てて」
彼女はポケットから長方形に包まれた布を取り出す。手に紐をぶら下げて扉を開けた。
小屋の中は電気がついていない。彼は機械の表面を触っている。
彼は外の光から反応した。
「俺は不朽の国に入れない」
「え、不朽の国から来たんじゃないの!」
「空中都市から来た。あそこも不朽の国の一部だ」
その言葉は寂しげでもあり、安堵したようにも取れる。
「不朽の国で不死になりたいのか」
「不朽の国って何でもできるんだよね?」
「……やろうと思えば」
彼女は扉を閉めた。暗闇の中で布からある物を取り出す。それは青い線が走っている鉄板のようなものだった。鉄板はカードのように片手サイズで隠れている。
「なぜ、それをあんたが持ってる」
「好きな人からもらった。そして、好きな人は不朽の国で待ってる」
「それがあれば、不朽の国に入れるから、それで行けばいいじゃないか」
「それじゃ達成できない」
その鉄板は不朽の国へ入場する許可書だ。住人や不朽の国にいる人は配布され入国できるようになっていた。
「どういうことだ?」
「承認型をくれた謙也は私と心中した。不朽の国にいるのは、私との心中を知らない謙也」
彼女は小屋のなかで倫理を超える。
「彼を二人にする」
「何?」
「不死身の謙也と、私と心中してくれた謙也で、二分する。実際、私は同じ人が二人いる光景を見た。テレビで」
彼女は口が勝手に動いていた。自分の心が憑き物落ちたように軽い。そこに打算はなくて、誰でもいいから聞いて欲しかったことだった。
「不朽の国の謙也は昔と全然違う。それが嫌だから、協力してほしい」
彼女の入国届は謙也の贈与による物だから、誰でも入れる仕組みになっていた。その鉄板で彼女は入国し緒方を誘う。
「……少し面白いものを見てもらおう」
「面白い?」
彼は青白い光が詰められた瓶を出した。蓋を開封し光を空に登らせる。
その直後、光自体に手足が生えた。形が人に近くなり、地面に質量持っておりてくる。
「明さんの登場だ!」
「おはよう、明」
光が形を持ち人間になる。といっても背景をすかした青い亡霊みたいだった。
彼女はその姿よりも、驚かされたことがある。緒方の表情筋は緩み幸せそうに手を伸ばしていたことだ。
明と呼ばれる少女は身体が透明だった。その彼女は緒方に着地する。彼の足の間に挟まり、瑠璃に気づく。
「黎、この子は友達?」
「この村の子供だよ」
「へー! よろしくね」
「彼女は佐屋野瑠璃さんだ。君の仕事が見たいんだって」
明は俊敏に立ち上がる。見た目は小学4年生そのもので身長は高かった。肩や膝が骨張っている。
「いい心がけですね。瑠璃さんに見せましょ!」
彼女は緒方の左腕に乗る。全体重を左腕に乗せてから、溶けた。透明だった彼女は跡形もなくなり静粛を残す。
「機械を直す」
緒方の身体は青白く光り出す。髪は青くなる。アルビノが姿を変貌させ、機械に向き合う。機械は触られたからか、青く帯びて同じ光の強さになった。
「中はどうだ」
機械から声がした。「黎、やっぱ買い直した方がいいよ。これ」
明は緒方の身体に吸い込まれた。次は機械に光が伝達し、中で明の声がする。半透明の少女は緒方の身体に変化を残した。
「……どういうこと?」
「明はデカルトだ」
「デカルト?」
「月の民が作った人造人間だ」
「黎」
「わかってる。言いすぎた」
機械は何かつまりを出すような歯切れのいい音を出す。すると、青白い光は蛇口を切るように止まる。彼の身体は光をこぼしてアルビノの白になった。頭を抑えて瑠璃の方向に体を向ける。
彼女は口を閉じて彼の姿を見ていた。
「俺にはある計画がある」
瑠璃は沈黙し傾聴した。彼はあることを呟く。
「明の身体を取り戻すということだ」
彼女の身体は不朽の国のズファレに奪って国に保管されている。彼は国に入ることが条件だった。2人とも不朽の国に目的がある。
「明はデカルトだから身体を壊せない。彼女の身体は不朽の国に保管されている」
「わかった。協力する」
「……」
彼は面食らった。そして、諦めたように肩を落とす。
「アンタは考えなかったのか」
「なにを?」
「俺がアンタの承認型を奪うということだ」
小屋は風が強く当たり揺れていた。瑠璃は視界に明を捉える。彼女は瑠璃の願いを露知らず緒方の脇に立つ。
「私の好きな人を蘇らせたい。私の知る形で蘇らせたいの!」
「そう思うなら目を泳がすな。聞き手は本心なのか決めかねる」
瑠璃は困惑する。緒方は今しがた敵に染まり追い込まれてしまった。
唾を飲み込み背中に扉を当てる。
「……不朽の国に行こうと思えば行けたと思う」
「そうだな。協力者は他にもいるはずだ」
「だけど、行動しなかった。やっぱり、好きな人を好きな形で蘇らせるのは怖い。出来るかもわからないものに生命掛けられないかもしれない。でも、でも私は寝る時にそのことばかり考えてしまうわけ」
彼女は自分の心臓に手を当てた。鼓動が早く冷や汗が流れてる。相手の度量を図るように前へ出た。
「私を走らせるなら何でもいい。村で燻って死にたくない。だって、君が来たから。緒方に叶えてほしいんだ」
明は緒方に助言した。それはとても優しい声で、瑠璃が再度に聞きたいと思えるほどだ。
「瑠璃さん、大丈夫だって。このひねくれ男、あなたを連れていくつもりだから」
「お、おい!」
その時、村に轟音が鳴り響く。神経を逆なでする耳障りな騒音だった。
「不浄か?」
「そうだと思う」
「……外に出る」
二人は急いで外に出る。小屋を開けると空は暗がり太陽が山の先へ帰っていた。
「あんたの承認版は俺が盗み出す。それまで手から離すなよ」
「黎。意地悪いっちゃダメだよ」
「明、わかったから口を挟むな」
彼の身体が再び青く光った。髪の毛の色が青になっていく。
「黎は私たちの運命に巻き込みたくないんだと思う。私は本意なの分かるよ。でも、黎が決めるまで待ってあげて」
彼は屈伸した。次には空を泳ぎ手で空を切っている。
瑠璃は、ひたすら警報の先へ走った。両手を振り回し足を宙に浮かせる。緒方にたどり着けなかった。どうしても、埋まらない溝がある。
「私は、私は!」
爆発音がした。縮こまって彼女は身を屈める。その次、何かが建物にぶつかった。
身を震わせ彼女が目を開ける。機械を踏みつぶす緒方がいた。彼は冷ややかな目つきで排除していく。
彼は圧倒的な力を持っていた。彼の髪は稲妻のように地を駆ける。地面は荒れて土埃が舞っていく。ただ一つを壊している。
「おい瑠璃! 早く逃げろ!」
「待って、まだ……!」
彼女は軍人崩れに連れていかれる。男性の力に負けて彼から離れた。瞳だけは抵抗するように捉えている。
彼女は彼から遠ざかっていく。視界は微睡み緒方を二人に錯覚し暗闇が訪れる。彼女は心労で意識がなくなってしまった。
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