月光と海のフィクション
鍍金 紫陽花(めっき あじさい)
0.月に狼煙が届くのか
電車は彼の体を揺らした。
男は人の死をテーマにした雑誌の特集をめくる。
―――死後は宗教に沿った死の居場所がある。
死の居場所は人間が作り出せる場所ではない。しかし、ある国が特例で認められてから、死は影を潜め永遠に生を作り続ける国がある。
その国の名は、不朽の国。
「……これといった収穫はナシか」
男が雑誌を丸めていると、ある少年が話しかける。
「兄さんは何で不朽の国に行くの?」
白い髪に赤い瞳というアルビノの外見に、男はデザイナーベイビーかと納得し少年に答える。
「帰ってこない両親を連れ戻しに行くだけ、かな」
「あれ、そのバッチって」
「ああ、警察だ。……君も行くのか?」
「僕は緒方黎って名前がある」
警官は雑誌を子供に渡した。雑誌の表紙には裸体の女性が寝転んでる。
「悪い、私の名前はけんやだ」
「謙也は不死になりたいの?」
「んー、なれるならなりたい」
「僕は今が続けばいいや。この電車は友達と遊びに行くんだ」
彼は腕時計に目を通し、そろそろかと呟いた。
「また会おう」
「けんやさん、またね」
電車の速度が弱まる。
そこに黒髪の少年が車両を変えてきた。
「うつるも来たんだ」
「勝手にどっか行くなよ。お母さんに言いつけるからね」
黒髪の少年は緒方の横で座る。汗を拭いてから、水筒を口につけていた。
「さて、行きますか」
謙也は電車から降りる。
駅から出ると満月が登っていた。
「今日は満月か」
駅の周りは不浄から守るためバリケードとデコイが配置されていた。一番兵の高い道を選び進むと、目的の扉が開いている。
「謙也さん。お待ちしていました」
扉の先で金髪の男性が待っていた。謙也は早歩きで敷地内に進む。
「私がズファレ。この国の管理人です」
「初めまして楠木謙也です。今回は有難うございます」
「不朽の国へようこそ。歩きながら説明しましょう」
謙也は粘り気のある唾を飲み込んだ。扉の先は過去の資料に乗ってあるようなかつてのビルが立ち並んでいる。彼の故郷は田園で、ココと違った景色だった。
「エス系結晶の発生から数年。人間を守るために作られた試験的な国です。ここは幸福をモットーとしてます」
謙也は幸せそうな人々を横切る。張り付いたような笑顔が印象的だった。
「この国は住めば不死になると掲げてますけど」
「信じられませんか。確かに、不死身なら死体が上がるはずがない。そう思うでしょう。こちらへ」
到着したのは代わり映えないビルだった。外観は、広告の剥がされた跡が目立つ。謙也は黄土色の階段を3階まで昇り、ひとつの部屋に通される。そこは椅子とテーブル、そして脇には冷蔵庫と質素な場だった。
「そちらに腰掛けてください」
「……どうも」
椅子のフチを触る。そして、深々と座り珈琲を受け取った。
ビルの下は子供が遠足してるのか笑い声が届く。
「人はどうして自分が自分だと、確証が持てるのでしょうか」
ズファレも同じ飲み物を用意して口に含む。その行動を見てから謙也も同じようにした。
「たどり着いた結論も、冷たい死の前には、何も残らない。だから、自分が死ぬまでに何を残せるのか考えました」
ズファレは足を組んで、背もたれに体重を預ける。
「模範ですけど、肉体の連鎖性を生み出したんですよ。それを不死と呼んでます。個体の蘇生が早いという訳では無いのですよ」
「模範?」
「緒方家の模範です」
ズファレの前髪が揺れる。金髪がサラリと横に流れた。
彼らの個室に誰かが入ってる。
男性は扉を閉め、二人を気にせず扉の前で立ち尽くす。
「私の手のひらを見てください」
次の瞬間、ズファレの左手に拳銃が握られていた。躊躇もなく男性を狙っている。
謙也が止める暇なく硝煙の匂いが立ち込めた。
「おい!」
「見てきていいですよ」
男性は罠から逃げる兎のように走った。
謙也は相手の傷口を観察する。脳天に直撃して即死だ。
それは職業柄間違いなかった。
「そうだ。少し待っていてください」
なにか思いついたように腰を上げる。片手に拳銃を持ったまま窓を開けた。
彼は下に銃口を突きつける。外では子供の声がしている。
「何をして……」
悲鳴は上がらなかった。無機質な発砲が生き物を絶命させる。謙也は頭を抱えて塞ぎ込む。
「そろそろ現れますよ」
そして、彼らの個室に誰かが入ってきた。謙也は入ってきた相手に口が空いてしまう。
「驚きました?」
自分の死体をブルーシートで包む男性がいた。彼は無表情で淡々と作業している。
「警官の貴方は死体をよく見てた。だからこそ、本当に死んだのか分かるでしょう」
「……」
子供の笑い声がまた聞こえてくる。
「肉体の連鎖性。つまり、同じ個体が殺されても、別の場所から復活するということ。死ぬ瞬間の記憶は覚えていないけど、生きている。少なくとも最後に記録した日までは覚えてる」
常識が口をついて出る。そこは警官の意見ではなく、人としての叫びだった。
「生命への冒涜だ」
ズファレは明らかな興奮を見せ拳銃を窓から捨てる。
「荒んだ世の中、私は私だと証明するには様々な場所で出された結果がある。私はプライドの高さが個性だと考えているのだ。そして、この方法が一番計画遂行に近い」
「馬鹿げている……」
金髪は月明かりで眩しく光る。その煌めきは謙也にとって心を締め付けるものだった。
「不朽の国は理想の世界です。不浄に殺されても復活できる。これが分からんとは本当に欲深い人間どもですか?」
彼は謙也の足元まで接近した。死んだはずの男は自分の死体を背負い扉を出た。謙也は不思議と力が入らなくなって、地面に顔をぶつける。
「けんやー。おま、ここでなにしてる」「あれ、ズファレさんじゃないの」
謙也は目を丸くする。扉から入ってきたのは自身の探していた両親だった。
消息を絶った両親が不朽の国で滞在していると耳にしたから、彼は助けるつもりで会いに来たのだ。
「両親は君が心配だったのに、村が襲撃を受けても捜査は消極的だった。君の母親は襲撃で半身麻痺だったことも知らないだろ?」
「もういいんですって。会えたんだから」
「謙也さんの職業って警察ですよね」
言い返せない警官は正義の側がボロボロと落ちていく。ただ黒いだけの謙也は襟をズファレに掴まれる。足を引きずられビルを出た。ビルを出る際、両親の顔が床に落ちる。
ビルの中はガスが充満していた。
下に行くと、先ほどの子どもが死体の横で手を振る。
血だらけの身体は拳銃と共にほかの大人が処理しようとしていた。
花壇で単色の花が綺麗に咲いている。
謙也の連行に人々は手を合わせる。不朽の国で死ぬことは新しい自分と出会うこと。生まれ変わることを讃え合うと合唱が始まる。同調されると人は悪い気がしない。ありがとう。今から死ぬからありがとう。
謙也は自身の発言を誇らしく感じた。
「横にあるのは不朽の国におけるエネルギー変換の一つで、エス系結晶を取り込んだ生命の末路です」
謙也は目を動かす。気がつくと人間を混ぜたような機械が一人の男を見ている。
目の一つが謙也を見たら、その瞼で潰れる目があった。
「しかし、この生物は地に救う罪です。地下の方が大きいですかね」
赤黒い空間を抜けたら、白い空間があった。それは、無機質な白を閉じ込めたような場所だ。
その真ん中に磔のベットがあった。ズファレは片手でベットに載せる。手足を拘束して、彼は金髪の前髪を横に払う。彼の身体から青い光が漏れていた。
「今から貴方はコピーされ、廃棄されます」
ズファレの目に警官は写ってない。その姿に謙也は戦慄した。
「その前に、あることを聞こうかな」
ズファレは注射器を手に忍ばせる。謙也は打たれた。しばらくして、酩酊したようになる。世の中のピントが外れて滲んでしまった。
「明は何処にいる?」
「……」
「デカルトの明だ。彼女がいれば不死身システムは完成する」
「……あ」
口が勝手に動いた。
ズファレは満足したように手を掲げる。
「それじゃ、謙也さんのコピー取りますね」
ベットの拘束具が引っ張られた。チェーンが成人男性の馬鹿力に耐えている。
「殺す」
「謙也さんには無理です」
「殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね死ね」
「あはは」
空間の天井が開いた。真っ白な顕微鏡じみた機械が、謙也に近付ける。
彼は叫んだ。その向けられた先端に恐怖する。人間の尊厳を剥奪されそうになっていて、怯えで謙也の震えが止まらない。
「俺は、こんなところで死ぬつもりなんかないのに。本当はもっとやりたいことだってあるのに!」
「すぐ終わりますよ」
謙也は人生を思い返す。こんなところで死ぬつもりじゃなかったと悲観していた。その最中、彼は自身の故郷を思い出す。
彼の故郷は何も無い田舎だった。人の悪口と新しいことに唾を吐く繰り返しで鬱々しい塊だ。
「るり、るり」
その村にいた女性を呼ぶ。死と直面し正直な心と向き合った。今ごろ美しくなっているだろうと思いを馳せているうちに、彼の身体は落下する。
「瑠璃に会いたい……」
オリジナルの彼は意識をなくす。
▼
「やあ謙也くん。調子はどう?」
「おお、ズファレか。リスポーン地点まで来たのか。悪いな」
「いいって。友達だろ?」
支配者に気楽な挨拶をする。
謙也はベットから起き上がり自身の透明なケースを開けた。蜂の巣みたいな部屋から出て外の空気を吸った。
「ズファレ、ここに連れてきてくれて有難う。俺は生きがいを感じるよ」
「警官の時より?」
「当たり前だ」
謙也の瞳は曇りなく行き先を目指している。苦しくなったら死んで、同じ国で復活した。音信不通になっていた親と再開し、憂鬱な村もない。
「るりも来たらいいのに」
不朽の国の入口付近に謙也は到着する。国の一部分を切り取った空中都市に足をかけた。既にズファレは到着していて挨拶は済ませたかと話しかけた。謙也はそれに頷いた。明と呼ばれる少女のいる場所を指さす。
「じゃ、一先ず偵察に行きますか」
「それにしても空中都市を作り上げるなんて」
「すごいだろ」
空中都市はうねりをあげて浮上する。砂埃を落としながら雲の下へ行こうとした。
謙也はガードレールで風を感じている。すると、横に呆然としたズファレを見つけた。首をかしげて話しかける。
「急にどうしたんだ?」
「いや、月があったんだ」
その表情は切なそうで、謙也はたちいれない領域を見た。彼はいつか助けになればいいと考えている。
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