夕方の部活終わり

倫華

第1話

 とあるカップルがいる。ハンドボールの勝也と合唱部の沙由。二人は付き合って二ヶ月。学校ではそこそこ有名なカップルだ。二ヶ月の間に何回もケンカして、デートして、二人だけの甘い時間を共有してきた。でも二ヶ月もくると、二人の会話も素っ気なくなり、マンネリ化しつつある。勝也は何とも思っていない様だが、沙由はこのマンネリ化で、ひょっとしたら別れるんじゃないかと心の奥が不安でいっぱいらしい。



 朝から暑い夏の部活は、汗が滝のように流れる。沙由は、一人でタオルで顔の汗を拭きながら音楽室へ向かっていた。

 すると、ハンドボール部の数人が向こう側からやって来た。手を振ろうかな、振らない方がいいかなと迷ってると、勝也と目が合った。少々戸惑ったが、いつものように沙由は手を振った。

 しかし、勝也は何故か無視した。


 昼食のとき、沙由は同じ部活の友達にそのことを相談した。

 また、ノロケかと言われたけど、「今までちゃんと手を振ってくれたの。でも、珍しくて気になってて……。」と沙由は言った。

 友達と居たから気まずかったんじゃない?と、友達に言われて、不安を押し殺して無理やり自分を納得させた。



 その日の夜、沙由は勝也にL●NEを送ってみた。


「手振ったんだけど、気づいてなかった? 」


『ごめん、気づいてなかった』と、勝也は返信した。


 嘘だ。目が合ったのに、気づいてない訳が無い。細かくて小さいことだけど、女の子にとっては、こんなことでもとても神経質になるんです。


「そっか。別にいいよ」


『別にってなに? 』


「特に深い意味はないけど」


『怒ってるだろ』


 怒ってない、と言ったら、嘘ついだろって言われそう。


「怒ってないこともない」


 暫く勝也から返信が来ない。怒ったのかな。


「あーごめん」


 お、成長したな。前なら喧嘩ルートに走ってたのに、自分から止めてる。


「テキトー?(笑)」と冗談で返信した。


『あ? テキトーじゃねぇし』


 あ、ダメだ。喧嘩ルートに乗った。

 勝也は冗談がきかないタイプなのを忘れてた。

 私の返信の内容も悪いと思うけど、冗談がきかない勝也にとっては、嫌味に聞こえるかもしれない。

 送った後、すぐに後悔した。


 結局、ケンカし、仲直りした。お互いにおやすみ、と送信して眠りについた。



 **



 次の日の昼休み。今年はとても暑く、熱中症になりそうだ。勝也は、唯一の日陰スポットである、部室棟の前で昼食を取っていた。

 女子って何で、あんな小さなことをいちいちこだわるんだろう。ケンカした理由だって、小さなことなのに。など、昨日のケンカの原因について考え込んでいる。


 おいどうした〜勝也、と首に腕を巻いた友達に聞いた。

「女子って何であんな細かいこといちいち言うかな」

 ノロケか?あ?この野郎、んなもん俺に分かるわけねぇだろ、と逆にキレられた。質問する相手を間違えたな、これは。


 すると、そこに沙由が来た。昨日のことを反省して、手を振ってみた。沙由はとても嬉しそうに笑い、周りには百合の花が咲いている様に見える。

 かわいいよな、一発ヤってみてぇ、というから、勝也は友達に一発叩いた。



 ***


 また次の日の夕方、勝也が一緒に帰ろうと珍しく誘ってくれたので、沙由は上機嫌である。


 夕日がオレンジ色に染まり、二人だけの世界を綺麗に輝かしている。勝也が口を開く。

「ねぇ……」

「なに?」


「き、今日電話していい?」

 答えはもちろん。

「うん、いいよ」



 その夜、勝也から電話がかかってきた。


「もしもし?」


「うん。俺だけど」


 ぎこちない勝也の応答に少し沙由が笑った。


「ふふ、ぎこちないな。どうしたの?勝也から電話したいって珍しいね」



 暫くの間沈黙があった。



「俺と別れてほしい」



「え……?」



 な、なんで?と、沙由は恐る恐る聞いた。


「ケンカするのに飽きたし、一緒にいて楽しくなかった。というか、もう好きじゃなくなった……それに、部活で精一杯でもう余裕ない」



 そのとき、沙由の堪忍袋の緒が切れた。



「はぁ!? 何なの!? 何様よ! ケンカなら散々したけど、ちゃんと仲直りしたじゃない! いちいち掘り返す気!? それに部活一生懸命やってる奴なんていっぱいいるし、部活で精一杯なら付き合おうなんて言うな!」



 勝也のスマホから、はあはあと息切れする沙由の吐息が聞こえる。



「……ごめん」


 そう言い残して電話が切れた。



 ****



 大会が終わり、もう八月も残りわずかとなった。沙由はまさか日が重なるとは思ってなかった。三年生が引退するが同じだとは。


 今日も勝也と沙由はすれ違った。お互いが存在しない人のように通り過ぎた。その瞬間は、重く、長く、ゆっくりと時が流れるように感じる。目を閉じながら沙由は悟った。もう、あの夕方の部活終わりのような幸せな時間はやって来ないと。

 何故なら、お互いが、復縁がダメなタイプだと知っていたからだ。だから、もうあの時間はやって来ない。

 すると、沙由の頬に一粒の涙が伝う。それを右手で拭い、無理やり涙を止める。


 そして、二人は復縁することも無く、そのまま卒業を迎えた。



 卒業する日にふと思う。

 もう少し綺麗な別れ方をすれば良かった。

 お互いを罵って、ギスギスしたまま終わった初恋は苦い思い出にしかならないし、思い出したくもない。もう、これ以上恋をして傷付きたくない。だから、これだけは言いたい。

 高校生なんてたったの三年しかない。だから、素敵な恋が末永く続きますように、そして、別れるときは、決してお互いを傷つけないようにと願いと反省をした。別れてしまって、辛い思いをしたけど、次はもっと素敵な恋をしたいな、と彼女は心の奥でそう思った。

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夕方の部活終わり 倫華 @Tomo_1025

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