第一六話 ほうとうを広めよう。
■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館
領民たちに施す麦を買うためのカネを絶賛集金中だ。まずは、アニキが了承してしまった武田八幡神社の宝物殿の修理のキャンセル。次に黒川金山の金山衆頭領の田辺新左に官途名を売りつけるプランは効果的だろう。
さらに次の一手を考えるのだが、なかなか出てこない。考え込まないで少し気分を変えてみようか。
八幡神社の修理代のキャンセルについては、もうホントにごめんなさいと謝ってカタをつけてきたので、商人坂田源右衛門さんを呼び出してみる。
「やあ。源右衛門。息災であるか?」
「はいっ!おかげさまで」
よかった。怯えは消えているようだ。
源右衛門には、まずは小麦の追加注文だ。当初は、秋に
小麦は、九月、一〇月に
稲刈りが終わった後の田んぼに播いて来春の田植え前に刈り取るパターンもあるらしい。これは思い出したぞ。『二毛作』というやつだな。
小麦の収穫は
もちろん、田んぼでなく畑でも小麦は育てられる。この場合は小麦の収穫後に大豆や蕎麦を栽培することも可能だ。
ただ、小麦を大量に栽培するとなると、少々問題がある。米と違って小麦はうどんに加工しようとしているから、小麦粉にしなければならない。
ところが、小麦粉にするための
何かを片付けたと思うと別のことが問題になってきて、ゲームセンターのもぐら叩きのようだ。挽き臼があまり普及していないから、小麦栽培も一般的でなかった面もあるかもしれないな。
商人源右衛門さんの話によれば、まだ、醤油は残念ながら売っていないそうだ。
確か、豆味噌を製造する際にできる味噌たまりが平成世界のたまり醤油のようなものだ、と書いてあった気がするな。だが、緊急災害時の炊き出しのようなものだから、贅沢言っていられないね。
となると、味噌うどんだろうか。ダシ用の鰹節も贅沢品だろうな。
そんなこんなうどんの食べ方を、源右衛門さんに情報を教えてもらいながら、考えているときに、同席していた駒井高白斎坊主爺ちゃんが教えてくれた。
鍋で、適当な野菜と、適当に捕獲した雉や
小麦は全く栽培されていないわけでなく、水の得にくい場所で栽培はしているみたい。小麦粉に加工するにはつき臼を使っているらしい。つき臼といえば、餅つきのときにつかう臼のことだな。
どう考えても、粉にする効率が悪過ぎるだろう。きっと一家に一台挽き臼などはぜいたく品なんだろうね。
蕎麦を食べるにしても、効率的な製粉は必要だな。水車を利用した製粉ができるのだろうか。
駒井さんの教えてくれた煮込み料理は、よくよく考えたら、カボチャの入っていないほうとうみたいなものだな。ほうとうは山梨県の郷土料理で、カボチャなどの野菜や肉とざっくり切った平たい麺を味噌味で煮込んだ料理だ。
ほうとうの語源は諸説あって、信玄公が武田家伝来の宝刀で麺を切ったから、などというものがあるけれど、これは絶対にありえないことは断言できるな。へなちょこアニキがそんなことやるわけがない。
ほうとうは信玄公が陣中食に利用したため広まったなどと聞いたことがあるな。
では、アニキの功績として味噌味のほうとうをここから広めよう。すいとん状だと食味が悪いからやはり平打ち麺だな。確か、うどんと違って、塩を入れずに水と小麦粉で麺を打つはずだ。
ダシが使えないのが、少々寂しいものがあるけれど、雉や鶉の骨付き肉を入れれば、トリガラでいいスープになるかもしれないぞ。
うん。ほうとうがちょっと楽しみになったな。
『ライチョウほうとう』などはネーミングから背徳感が満載で腰が引けてしまうぞ。
源右衛門さんには、もうひとつオーダーしたものがある。
おれは、暇さえあれば、モミアゲヒョーブと心の中で呼びはじめた、
とはいっても、実戦ではアニキの副将として本陣に控えていることが求められる。本陣で副将が槍を常時持っているのも不自然だ。ただ、何かあったときに武器がほしい。上杉謙信が本陣に強襲してきたなどという話もあるからな。
そのように考えたときに、思いついたのが金棒だ。刀は相手が鎧を着用していれば効果を激減されてしまうし、折れてしまう可能性もある。鎧を着用している相手に対しては、切断系よりも殴打系武器が効果的だろう。さすがにモーニングスターやメイスのような頭部がある武器はイマイチだな。ならば、単純にある程度の重さを備えた片手で振り回せる長さ一.七メートルぐらいの四角い金棒がいいかな。刀を受けたらへし折るのが可能だろう。
刃物でもないし、凶悪な形状の頭部が付いている殴打武器でもないから、普段持ち歩いていても自然だよね。『指揮棒』と名付けようかな。これは特急仕上げでオーダーしておこう。
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