第五話 未経験なのに性教育。佐久郡を防衛できない驚愕の理由とは。
■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館
信濃佐久郡(長野県)に関する軍議の前には、アニキと根回しのために話しておかないとな。思うところはいろいろとあるものの、やはり礼儀として子どもができたことをお祝いしなければいけない。
「たろさ、子どもできたんだって? おめでとう」
「うん。綾(三条の方)には苦労をかけるけれど、無事に産まれてほしいよ。前の
などと、ニコニコと嬉しそうなアニキだが、前の方ってなんだろう。
「前の方?」
「ああ、じろさは事故で忘れてしまっているよね。七年前に前の方は難産で亡くなってしまったからね」
おれは、平成からタイムスリップしてきたので、当然タイムスリップ前の武田信繁の記憶はない。ただし、意識がないふり、寝たふり作戦が功を奏したようで、落馬の際の事故で、以前の記憶が失われて、性格もかなり変わってしまった、という都合のいいストーリーによって武田家に受け容れられているわけだ。
今のアニキの奥さんは、京の公家の三条家から嫁にきた綾さんだ。前の
「ああ、そんなこともあったな。前の方っていくつだったかな」
「わしより一つ下だから、一三歳で親子ともども亡くなってしまったな。かわいそうなことをしたよ」
と、へなちょこアニキはきっと前の奥さんを思い出したんだろう。涙を目に浮かべている。当然この時代は数えだから、満一二歳で出産しようとしたのか。いやいや、それはまずいだろう。発育が不十分だと骨盤サイズがどうたらで出産は危険なはずだ。泣いているけれど、アニキのせいでもあるんだぞ。これは捨て置けません。
「たろさ、一三歳は早すぎるんだよ。せめて一五歳ぐらいにならないと出産は危ういぞ。なんで十三歳の女子を抱くんだよ。早すぎるだろうが」
「だって……前の方がわしに抱いてもらうと安心する、とせがむのでな」
へなちょこアニキはとてもモテるので、男女年齢
「女子がせがんでも、今後は女子が一五になるまでは抱いてはならん! 一四までは添い寝だ。わかったか?」
「う、うん……あんな気持ちはもうしたくないからね」
「たろさだけではないぞ、家臣や民にも、女子が一五になるまで抱いてはならぬ、と徹底させるんだぞ。いいな。唐では常識だぞ」
「わかった。周知させよう」
国力は人口に比例するから、無知な早期出産による死亡は防がないといけないよな。唐で常識かどうかしらないけれど、読書好きでインテリなアニキは、『唐では常識』のフレーズで結構、納得してしまうことがわかったから、最近はよく切り札として使っている。
ちなみに、現在のアニキの奥さんの綾(三条の方)さんは、かなりの美人で性格もおっとりとした感じで、アニキとラブラブだ。
新田次郎や井上靖の小説では、信玄の側室の諏訪御寮人をヒロインとしていて三条の方の扱いは悪い。小説をベースとした漫画やドラマでは、不細工に描かれていたり、性格が悪く描かれている場合も多いけれど、全くそんなことはない。仲良くなかったら、子どもはそうそう生まれないはずだな。
非常に非常にアニキがうらやましい。こうなったら、好みの奥さんを探してやる! と決意をしたものの、その前に佐久郡の方針をアニキと固めなくてはいけない。
海野氏は小県の国人衆で、先月に海野平の戦いで大敗して山内上杉家を頼って
リベンジで小県を奪還に来ると思うのが当然のことだ。ところが、佐久郡に攻め込もうとしている。山内上杉家と武田家は同盟をしていて、佐久郡は武田家が実効支配している。全く筋が通らない。
佐久郡に山内上杉家が出兵する時点で、同盟を破棄するということだな。
とりあえず、アニキの意向を訊いてみよう。
「たろさ、佐久郡はどうするつもりだ?」
「佐久には出兵はしないつもりだよ」
アニキは、佐久郡を見捨てる方針だ。それでいいのか? 村上義清と激しく抗争してやっとのことで勝ち取ったからには、当然武田軍にも死者は少なからず出ているだろう。
心情的には佐久を防衛したいよね。
「佐久に出兵しない理由は?」
ここで、例えば外交上の理由で山内上杉家に、佐久郡を譲り渡さなければいけないのなら話は通る。力関係もあるからな。
ところが、ここでアニキは、驚愕のセリフを言い放った。
「じろさ、今年は、不作の見込みだから、米が足りないので、佐久へは出兵できないんだ」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。
侵略戦争の出兵の際に米が足りないならわかる。臨時的な出兵ともいえるからね。
佐久は既に武田領といっていい土地だ。防衛戦も不作で不可能ならば、そもそも分不相応ってことではないのか?
武田家の現状は本当にハードモードだということがわかったよ。少しずつ変えていかないとね。
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