第四話 いままでの外交がいろいろとおかしいうえに、佐久郡が燻りはじめた。
■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館
甲斐から駿河(静岡県)、信濃国諏訪郡(長野県)、相模国津久井郡(神奈川県)に至るメジャーな三ルートについては、把握したのだけれど、もう一本のマイナールートが、少々きな臭くなっているんだ。
順を追って把握しないとな。
まず、爺筆頭スルガ(板垣駿河守信方)の長い長い話のなかでとりあえず良いニュースがあった。へなちょこ爺三人衆などと、呼んでしまった板垣駿河、甘利
そして悪いニュースだ。戦では大活躍の爺三人衆も政治や内政をみればビゼンとヒョーブは微妙らしい。いや、もっと正しく言えば、殆どの将が政治や内政面が怪しいことが判明した。となると、アニキとおれが頑張らなければいけないということになるな。ずっしり肩が重くなった気がするけれど、気を取り直そう。
ほんの一月ちょっと前に、親父は外征を行なった。場所は信濃国
甲斐から信濃小県へ向かおうとすると、韮崎から山をぐんぐん登っていく道を通ることになる。平成でいえば国道一四一号線や小海線が近いルートになる。
途中の甲斐と信濃の国境付近は、清里や野辺山といった標高が一四〇〇メートル近い場所もあって、平成では高原野菜なども作っているけれど、冬は、雪もそこそこ降るし、気温も恐ろしくなるほど寒くなる。
峠越えしたルートを、距離にして約四〇キロ進んで、標高は七〇〇メートルほど下っていくと、佐久盆地という平地がある。平成では、北陸新幹線で軽井沢駅の次の佐久平駅があるね。
一度、早千代ことさっちと、佐久平の『ディ○ニーストア』に行ったな。片道で四時間ほども掛かった覚えがある。さっちとはもう会えないのかな。久しぶりに思い出したよ。どうしているのかな。
余談はおいておこう。
甲府からかなり遠い佐久盆地の佐久郡であるが、山がちな甲斐から比較的近い平地だから、親父信虎は何度も出兵していて、北信濃の村上義清と激しく争っていた。ようやく昨年あたりに親父が村上義清を押し切って佐久郡をほぼ掌握している。掌握したとは、佐久郡の国人衆を味方につけたということだね。
親父が戦った村上義清は信玄公に、二度大勝している戦巧者である。山梨県人からしてみれば、『存在しなかった事にしたい人物』だな。
まあ、普段のへなちょこアニキを見ていると、義清以外にもコロコロ負けそうではあるけれどね。
ともあれ、戦巧者の義清を破る親父や、爺三人衆を筆頭とした武田家臣団は戦にはかなり強いことがわかるだろう。
ところが、忙しいことに、先月親父は、激しくやりあった信玄キラー村上義清と和睦・同盟をしたうえで、武田・村上、そして既に同盟関係の諏訪の連合軍で、佐久郡の先にある小県郡の、国人衆の滋野一族と呼ばれる、
ちょっと聞いたことある名前が出てきたな。真田さん、あの真田弾正さんだろうか。
ボロ負けした滋野一族は関東管領である
関東管領というのは、室町幕府の関東と東北を管轄する出先機関のナンバーツーの名門だが、この時期は関東ナンバーワンの関東公方家が混乱するなどで、実質的に関東トップといえるほどの権威を持っている。
我が武田家も、山内上杉家とは実は既に同盟関係なので戦も当然終了になる。この辺りがへなちょこ外交なところで、戦には勝ったものの、降服してきた小県の矢沢頼綱が領有していた矢沢郷(長野県上田市)という小さな所領しか得ることができなかった。
矢沢さん……ちょっと聞き覚えあるぞ。矢沢頼綱さんのお兄さんはもしや真田弾正さんでは?
うむ。急いで確認してみよう。
そもそも、戦っていた敵が、同盟している山内上杉家に泣きつくこと自体が問題だと思うのだが、今度は山内上杉家が小県を追われた海野氏に協力して佐久郡を攻めるという情報が入ってきた。
いろいろとおかしいだろう。海野氏が攻めるとしたら、奪われた小県郡を奪い返すのが普通だろ? 位置的には、上野から小県の途中に佐久郡があるとはいえ、同盟相手が攻めてくるのだから、手切れなりの通知はないのかよ。へなちょこ外交の責任者出てこい、と怒鳴りたくなってくるね。
わかった。任せてられない。おれと、アニキで外交も把握しなければいけないな。と、いらいらとした気分のおれのところに、ニュースがひとつ。
「兄晴信の正室三条の方、ご懐妊との由」
いえね。四歳上ですし子どもは多い方がいいのはわかりますけど、さっちとはいい雰囲気ながらも一線を越えられなかったおれに、さっちを思い出したタイミングで、この報せは過酷な仕打ちではないでしょうか。
ともあれ、佐久郡については、主要な将を至急招集して、軍議で対応策を決定しなくてはいけないな。
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