星の都

 モナは声もなくそれを見つめた。黒い影はみるみる大きくなっていき、室内の三人を包み込むかのように見えた。――が、何かが動いた。カイスだった。彼は素早く動き、影のほうへ向かって行った。口の中で何やら唱え、影に何かしらの攻撃を加えたようだった。と、間もなく、影は震え、次第に小さくなり、元の天井へと戻っていき……そして呆気なく消えてしまった。


「カイス!」


 アリーが叫び、モナもはっとして、我に返った。アリーが驚きと笑顔で、カイスの元へ向かっていた。


「おまえ、すごいな! 何おまえ、魔法使いかなんかなのか!?」

「はあ、まあそのようですね」


 アリーの興奮と対照的に、カイスは落ち着いて答えた。そして大真面目な表情をして付け加えた。「どうやら私は、他の人たちより優れているようなのですよ」


 アリーが笑って、つられてモナも笑った。緊張が解けて、多少は平常心が戻ってきたようだった。しかしまだ、スフラブが――と思ったとき、窓を見たアリーが声を上げた。


「見ろよ! 外にあったあの変なのが消えてくぜ」


 三人は急いで窓辺によった。小さな窓から、身を寄せ合って三人は上空を見た。向かいの塔の窓に取り付いていた影はなるほど確かに消えようとしていた。不思議なことに、消える瞬間に光を放つのだった。さらに夕闇を濃くした空に、影は、煌きながら溶けるように少しずつ消えようとしていた。


 三人は黙ってその光景を眺めていた。危機が去ったんだわ、とモナは思った。モナには魔法やなんだのといったことはよくわからなかった。でもスフラブは無事なんだわ、と、その時モナははっきりと思った。


「――なんで、図書館だったんだろうな」


 唐突にアリーが口を開いた。モナが聞いた。


「どういうこと?」

「いや、幽霊のよく出る場所だよ。なんで図書館だったんだろう」

「それは、その処刑された王子が、本が好きな方だったからでしょう」


 アリーの疑問にカイスが答えた。カイスは続けて、

「周囲のものに利用されただけで、本人はいたって大人しい、野心のない方だったと聞いております。大人しく、内気で、本が好きで、よく王宮内の図書室にいらっしゃったと……」

「そうなの……。じゃあ、あの廃墟はなんだったの?」


 次はモナの疑問だった。これにはアリーが答えた。


「幽霊は廃墟に出るのがお約束だろ」

「じゃなくて、元々は誰のものだったのかしら、あのお屋敷……」


「かの王子がいた時代の、役人のものだったようですよ」カイスは言った。「その役人亡き後は、他の人が住んでいたのですが、屋敷内で何やら奇妙なものが出るという話で出て行き、次に入った人も同じようなことを言い、結局無人になってしまい……。けれどもずっと放置しているのはどうかということで、取り壊しの話が出ていたのです。――王子の幽霊が騒ぎを起したのは、この辺りがきっかけなのかもしれません」


「その役人は、王子と何か関係があったのか?」


 アリーが聞いた。モナは窓の外を見ていた。今や影はだいぶ少なくなっていた。空は段々と夜になりつつあった。小さく光る星が見えた。あの星はなんて名前の星かしら、とモナは思った。


 そんなモナの傍で、カイスが質問に答えていた。


「王子が幽閉の憂き目にお会いになっていたとき、王子を憐れに思い、その役人がこっそりと本を差し入れていたのです。王子は幼いときより本がお好きで、本の世界に慰めを求められておりました。内気なぶん、周りに翻弄されてしまったぶん、本の世界が心の拠り所となったのでしょう、それはおそらく――」


 影は消える瞬間にわずかに強く煌くのであり、それが美しい、とモナは思った。今や影はほんの小さな塊が一つ、頼りなげにあるだけとなっていた。弱々しく、可憐ともいえるようにはかなげに、その影は揺れると、透き通るような光を放った。その光景に、カイスの声がかぶさってきた。


「――おそらく、その、最期の日までね」

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