幽霊と少年

「まずは誤解を解いておかねばなりませんな」


 最初に、ターヒルはそう言った。


「誤解?」


 ターヒルを見上げて問うモナに、ターヒルはやや重々しく頷いた。


「そうです、その……東の国がなんとやら、ですよ。どこからそのような話が出たのかはわかりませんが……。とりあえず、スフラブはその王子とやらではありません」

「……じゃあ、なんなの? スフラブは何者なの?」

「その質問に関しては、私も、彼はあなたがたのよき友人ではありませんか、としか答えることができませんが……」

「でも、アジーズが連れて行ったじゃない!」


 モナは背の高いターヒルにくってかかるように言った。


「そう、確かにアジーズが連れて行った……というか、この王宮にあの少年を連れて来たのです。ですがそれは、ある事情があって……」

「事情って、何?」


 モナがじっとターヒルを見つめ、ターヒルは少し迷っていたが、やがて観念したように喋り出した。


「幽霊騒動なのですよ」

「幽霊と、スフラブがなんの関係があるの?」

「それはこういうことなのです」


 一旦言葉を切った後、ターヒルは続けた。


「王都で幽霊の話が出てくる前に、王宮でも幽霊――のようなもの――を見たという報告があったのです。例えば、巨大な鳥が宮殿の上を飛んでいた、とか、誰もいないはずの広間から歌声や笑い声が聞こえてきて、不思議に思って中をのぞいてみると、美しい乙女たちが宴を繰り広げていた、とか。何にせよ他愛もないもので……話題にはなっていましたが、特に取るに足るものだとは思ってなかったのですよ。


 そのうち、王都でも幽霊を見たという話が出てき始め……それらも特に人々を害するようなものではなかったのですが、私たちは興味を持ち――ああ、言い忘れていましたが、私は本当は船乗りじゃなくて王室の騎士なのですよ、この格好を見ればわかるでしょうが――こっそりと調査に赴いたのですよ。


 最初の頃は町での幽霊談も王宮のものと同じで、他愛もないもので、私たちは一種の遊び気分だったのですが、その内事件が起こり――」


 ここでターヒルは少し間を置いて顔を上げ、遠くを見るように眉をよせた。


「ある時、王室の方々が、河の近くの離宮に集まっていらしたことがありました。その時、国王陛下の幼い弟君が行方不明になられたのですよ。我々は慌てて捜索に向かい、そして程なくご無事が確認されました。近くの漁師が弟君をお助けしたのですよ。その漁師が言うには、弟君は何やらぼんやりと河の中へ入っていこうとしていたと……。弟君が話されるには、河は見えなかった、と。ただ一面の花畑が広がっていて、誰かに呼ばれているような気がして、ただその方に行きたかったのだ、と。


 この事件と幽霊騒動が、何かつながりがあるのだろうか、と私たちは思い始めました。そこで陛下は占星術師や魔術師などを呼び、今回のことを尋ねられたのです。彼らが申しますには、これはとある王子の霊が関わっている、と」

「王子って……」


 やっぱり王子が出てくるじゃない、とモナが思っていると、ターヒルは言った。


「東の国の王子ではありませんよ。我が国の王子なのです。といっても、もうずっと昔の話、ですが。何代も前に、政変があったのです。一人の、14歳になる王族の少年がおり、彼を担ごうとする勢力がありました。しかしその目論見は失敗し、王子は幽閉され、後に処刑されたのです。その王子の霊が、現在王宮や都を騒がしていると、占星術師や魔術師たちは言ったのです。


 それでどうすればよいかということになったのですが、それは、王子が亡くなったときと同じ年頃の少年を探し、その少年を使って、王子の霊を呼び寄せ、そして鎮めるのがよい、と……」

「……それがスフラブなのね」


 低い声で、呟くように、モナは言った。「あなたたちは……その少年を探していたのね」


「そうなのです。同じ年頃の少年、だけならたくさんおりますが、王子の霊を呼び寄せるという大役がある……。あのスフラブという少年は何やら不思議な目にあっていたのでしょう? 私たちが図書館で奇妙な目に会ったとき、謎の少年を見た、と言ったでしょう? ですから、彼が適任なのかと思って……」

「それで、霊を呼び寄せるったって、スフラブには危険はないのかよ」


 アリーが横からいらいらした様子で口を出した。

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