8. 星の都

向かった先は

 カイスがまたもどこからか連れて来た驢馬に乗って、三人は王宮へ向かうこととなった。北上し運河を越え、そして西へと向かうと、そこに王の住まう円城があるのだ。


 驢馬の背に揺られながら、モナは無口であった。アリーも無口であった。カイスはもともと無口であった。一体何故王宮に向かうことになったのか、モナもわからず、もちろんアリーもわかっていなかった。


 城の門が見えてきた。先を行くカイスは驢馬の歩みを止めず、モナはどうするのだろう、と思った。カイスの様子では城の中に入るようであるが、果たして入ることなどできるのだろうか。モナも円城の内部には足を踏み入れたことはなかった。


 ところがモナが驚いたことに、カイスは堂々と城の中に入って行ったのだった。門番たちは何も言わない。カイスを見ると黙って門を開けたのだった。モナは大いに驚き、隣を見ると、やはりアリーも驚きの表情をしていた。


 円城内には、国王陛下はもちろんのこと、王族たち、そして将軍や高級官僚といった人々が住まう。円周に沿って将軍や官僚たちの屋敷が並び、また官公庁などもある。それらを越えると広い空間に出る。そこにあるのは王族たちの屋敷だ。そして円の中心には――華麗な丸屋根を備えた、王の宮殿が鎮座しているのだ。


 カイスはその宮殿を目指しているようだった。まっすぐに円の中心へと向かっていく。円の中心、王都の中心、そしてこの国の中心へと。そこには、広くこの国を統べる王者が存在している。いまやだいぶ日は傾き、青かった空も次第に夜の気配を濃くしつつあった。青に夕日の朱色や黄昏の紫が混じり、どこかしら不安な色をした空の下に、その丸屋根がくっきりと映えていた。


 宮殿にたどり着くと、一行は驢馬から降り、そして内部に入っていった。




――――




 ここまで静かだった一行は、宮殿内に入ってもやはり静かだった。子どもら二人は先を行くカイスの後を黙ってついていく。豪奢な王宮の装飾に、モナは圧倒される気持ちだった。また途方もなく広い。黙ってただカイスの後をついていかねば、迷い子になってしまいそうな気がする。


 いくつもの廊下を通り、カイスは一つの部屋に入っていった。そこには一人の人物がいて、モナはその人物を見て思わず声をあげてしまった。


「ターヒル!」


 ターヒルはぎょっとして三人を見ていた。ターヒルは――ターヒルであったが、モナが今まで見たこともないターヒルであった。簡単な、下町の住人の服ではなく、複雑でそれなりにお金をかけた、王宮の騎士の格好をしていたのだった。


 騎士の身なりをしたターヒルは驚きの表情のままに言った。


「一体どうしてここにあなたたちが……。――カイス!」


 子どもたちの傍に立ついたって冷静な男に、ターヒルは幾分きつめの声を投げた。


「おまえ、何故この子らをここに連れて来たんだ」

「それよりも!」


 モナが割って入った。「ねえどうしてターヒルがここにいるの? なんでそんな格好をしているの? あなたって一体……」

「私は脅されたのですよ」


 モナを無視して、カイスがわざとらしい悲しみの表情を浮かべて言った。


「河岸の家におりましたら、子どもらがやってきて、やれスフラブはどうした、アジーズが連れて行ったのはわかってるぞ、正直に言わないとひどい目に合わすぞ、と私を捕まえて縛り上げて、刃物を振り回しましたので……」

「嘘をつけ」


 カイスに向かってターヒルがぴしゃりと言い、そしてあらためて二人の子どもたちをまじまじと見た。


「……川岸の家に行ったのですか? そして、アジーズがスフラブを連れて行ったというのは……」

「ええ、私は見たのよ」


 モナは答え、そして、今日の出来事を話した。それだけでなく、今までに思っていたこと考えていたこと、スフラブが東の国の王子ではないかということ、それらを語った。話は前後したり脱線したり迷子になったりし、時折、アリーが補足をするのだった。


 一通り聞いたターヒルはそしてカイスを見た。困惑し、助けを求めているようなまなざしだった。カイスは静かに言った。


「いつまでもこの子らを蚊帳の外に置いておくわけにはいかないでしょう。もうこうなったら、全て話してはいかがですか」


 カイスの言葉にターヒルは小さくため息をついた。そして語り始めた。

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