アジーズの家へ

 サハルが声をかけたが、二人はここでサハルにあれこれと説明してる暇はなかった。とりあえず、すぐにでもアジーズの家に行きたいと、二人とも思っていたのだった。


「詳しいことは後で話すわ! ともかく、いろいろありがとう!」

「本当に、助かりましたよ、サハルさま!」


 モナが、続けてアリーが言い、二人がばたばたと部屋から出て行った。残されたサハルは狐につままれたような顔をして、それを見送るのだった。




――――




 モナの屋敷からアジーズの家まではそれなりに距離がある。二人はできる限り急ぎ、河岸の小さな家へと向かった。午後も遅い時間、夕暮れ間近の込み合う道を通り抜け、人々の間をすり抜け、目的地へ向かってせっせと足を動かしたのだった。とはいえ、急いではいたが、モナは一応町娘の格好に着替えていた。まずはいったん着替えをするために自室に戻り、アリーとは屋敷の裏門で待ち合わせた。そして出てきたモナにアリーは言った。


「おれ、幽霊に会えないのを悔しく思ってたけどさ、でもやっぱり幽霊とはあんまりお近づきになりたくないよ」

「私だってよ」


 考えてみればもう3度も、奇妙な、恐ろしい目に会ったのだった。


 スフラブがアジーズ(と思しき人物)と消えたことによって、うっかり幽霊のことを忘れてしまいそうになっていたが、しかしこの一連の幽霊騒動はなんなのだろうともちろん大いに気になるのだった。スフラブが王子かもしれないということと何か関係があるのか……しかし関係があるとしてもそれがどういうものなのか全くわからないし……。モナはごちゃごちゃと考えそうになって、慌ててそれらの考えを振り払った。今はともかくアジーズの元へ行かなければならない。そうして二人はともかく話をやめて、黙然と道を急いだのだった。


 やっとのことでアジーズの家までたどり着いた。息を切らしながら扉を叩くと、カイスが出てきた。


「あなたたちですか。残念ですが、アジーズさまは出かけてらっしゃいます」

「どこへ行ったのよ!」


 無表情のカイスにモナが噛み付くように言った。


「アジーズがうちへ来たの! そしてスフラブと一緒にどこかへ行ってしまったのよ! ねえ、どこへ行ったの!?」

「そうだよ! なんかモナが言うには変な事情があるっぽいけど、でもこれはモナが勝手に言ってることだからどこまで真に受けていいのかわからないけど……」

「勝手に言ってること、じゃないわよ!」


 今度はモナはアリーに向かって言った。


「そんな適当な想像とかじゃなくて、私は私なりに考えて……」

「何の話なのですか」


 カイスが冷静に話の腰を折った。モナはまたカイスに向き直り、言った。


「えっと……何から話していいか……。東の国で王位をめぐってもめてるらしいでしょう?」

「はあ、そのような話は聞いたことはありますが……」

「それで、死んだ王子が実は生きていて、それがスフラブかもしれない、ってこと……。で、それをアジーズが探してて、スフラブを連れて行って……」

「おまえは説明が下手だなあ」


 と、隣でアリーが突っ込んだ。モナはきっと振り返り、

「だって、私だって、混乱してるんだもん! 何をどう言っていいやらわかんないし!」

「混乱しているのは私もですよ」


 静かな声でカイスが言った。その声音、その表情はたいそう落ち着いていて、「混乱」というものからはほど遠いように見えた。


 カイスは少し首をひねった。そして言った。


「まあともかく……。あなたがたは何か大いに勘違いされているようですね」

「勘違いって! どういうこと!?」

「勘違いは勘違いですよ」

「じゃあやっぱり、スフラブは王子じゃないんだな!」


 アリーがカイスに言った。そして続けてモナも言った。


「でもアジーズがスフラブと一緒にどこかへ行ったんでしょ!? ねえ、どこに行ったの!?」

「それは……。まあ、では、あなたたちも一緒にそこへ行きますか」

「そこって……どこなの?」


 モナはおずおずと聞いた。カイスの口ぶりではあまり遠いところではなさそうだが、この何を考えているかよくわからない人物のことなので、その辺はわからない。


 モナの問いにカイスはモナを見つめると、何気ない口調で言った。


「王宮ですよ」

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