モナの憂鬱
その日の夕暮れ、迷った末、モナはやはりスフラブに尋ねることにした。一体、今日、何をしにターヒルはやってきたのかということを。モナの質問に、スフラブはぎょっとしたような顔をした。けれども慌ててそれを打ち消そうともした。
「え、えっと……ええ、特に大した用事ではなかったんですよ……」
スフラブは自信なさげに言った。スフラブとターヒルは、嘘をつくのが苦手なところが似てるわ、とモナは思った。
「あなたたち、最近仲良いんですってね」
モナは言った。スフラブが少し戸惑って答えた。
「え、まあ、うん、そうなんです……」
「最近ちょくちょく一人で家を抜け出しているじゃない。ターヒルのところへ行ってるの?」
「ええ、まあ……。あ、でもなんで私も連れて行かないのかと言われても、お嬢様はほら、もうお屋敷をこっそり抜け出すのは控えたほうがいいかと……」
「連れて行けって言ってるんじゃないわよ」
「はあ……」
ついつっけどんな態度になってしまい、スフラブが多少しょげた。モナは悪かったと思い謝ったが、これ以上特に会話を続けたいとは思わなかった。
夜になり、モナはサハルとともに、サハルの自室にいた。本好きな姉は本を読んでおり、その妹はその近くに座って、飼い猫と遊んでいた。複雑な茶色の毛をした、耳と目が大きな、しなやかな体つきの猫だった。モナは鮮やかな色の紐で猫をじゃらしていた。とはいえ心はここにあらずで、揺れる紐に飛び掛る猫をぼんやりと見ていた。
スフラブに嫌な態度をとってしまったことが、心を落ち込ませていた。けれども……どうしてスフラブは嘘をついているのだろう。ターヒルもだ。ターヒル……。その顔が頭に蘇ってきて、モナの心を落ち着かなくさせた。また助けてもらった。これで助けてもらうのは3度目だ。そしてまた、くっついてしまった。モナは顔が赤くなり、慌てて咄嗟に猫を捕まえた。そしてぎゅっと自分の胸に抱きしめた。動悸を鎮めるかのように。猫は暴れ、モナの腕から抜け出すと、走り去ってしまった。モナはその様子をただ眺めていた。特に追いかける気持ちもなかった。
ターヒル……。彼は一体何者なのだろう。本当にただの船乗り? もしも私の予想が当たっていれば、もしも本当にスフラブが王子なら、その王子を探しているターヒルは何者なのだろう。
「ねえ、お姉さま。恋をしたことがある?」
唐突にモナは姉に聞いた。サハルは本から目を上げると少し考え、そして口を開いた。
「恋愛物語なら、本で読んだことがあるわよ」
そういうことではなくて……と、モナは思ったが、訂正するのはやめておいた。考えてみれば、自分も恋愛などしたことがないのだ。ターヒルのことは気になるが、これが恋かどうかはわからない。そしてもしも自分の予想が当たるのならば、ターヒルはスフラブを連れて遠くへ行ってしまう……。
モナはそれ以上考えるのをやめた。そして別のことを考えることにした。ふと姉の言葉が蘇ってきた。「恋愛物語」か。そう、私だって、恋のお話ならいくつか読んだことがあるわ。例えば……例えば、恋する二人がそっと故郷を出て、船で都に向かうとか……。
つい、小舟に乗って河を行く、自分とターヒルを想像してしまった。モナはたちまちそれを追い払った。わけもなく、何故だかため息が出てしまった。静かな夜であった。サハルは読書に戻り、猫はいなくなり、モナはぼんやり取り残されており……全てのものがひっそりと、それぞれの場所に収まって休んでいるかのような穏やかな、静かな夜であった。
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