6. モナの憂鬱
中庭で
モナは木の上から、じっと回廊を見ていた。そこを行くのは確かにターヒルであった。モナは混乱し、その姿を見つめていた。ここは自分の屋敷であって……なんでこんなところにターヒルがいるんだろう!
事の次第は次のようであった。ある日、モナが自宅の回廊を歩いていると、向こうよりターヒルが現れたのだった。ターヒルはこちらに気づいていないようだった。モナはぎょっとし、どうしていいかわからぬままに、とりあえず、何故か、隠れなければ、と思った。図書館の一件以来、どうもターヒルを目の前にするとぎくしゃくしてしまうのだ。しかも今回は、全く予想外のところで出会ってしまったのである。
隠れなければと思ったが、何故ターヒルがここにいるのか、これからどこへ行こうとしているのかも気になった。ちょっと様子を見ていたい、と思い、そして中庭の木に登ることとなったのだった。枝の上から、じっとモナは下を見た。ターヒルは近づいており、すぐ目の前の回廊を通りそうになっていた。
「ターヒル」
つい思わず声をかけてしまった。一体、どこから声がしたのだろうと、ターヒルが辺りをきょろきょろ見回していた。モナはさらに呼びかけた。
「ここよ、庭の木の上にいるの」
ターヒルがようやくモナに気づいた。たちまち笑顔になり、こちらにやってきた。影のある回廊から光差す中庭へ、そして木の下まで来るとモナを見上げた。
「どうしてそのような場所にいるのですか?」
ターヒルが聞き、それはこちらの台詞よ、とモナは思った。とりあえず、質問の返事をしておく。
「どうして……って、えっと、ふと木に登りたくなって……」
上手くない答えであった。けれどもどう返せばよいのかわからなかった。ターヒルは笑い、言った。
「楽しそうですね」
「いえ、そうでもないのよ。ほんとは早く降りたいの」
そう言ってモナは降りようとした。が、慌てていたためか上手くいかなかった。均衡を崩し、そのまま地面に落ちそうになった。しかし、ターヒルが素早く動き、気づけばモナはターヒルの身体の上に乗っていた。
落ちそうになったモナを受けとめようとしたのだろうが、ターヒルも一緒にひっくり返ってしまったのだった。モナは慌て、まごつきながら謝った。
「ご、ごめんなさい! 痛くなかった? 怪我は?」
謝りつつ、ターヒルの身体から下りた。ターヒルは笑って、
「いえ、大丈夫ですよ。そちらは怪我はありませんか?」
「私は平気。だって、あなたが下敷きになってくれたし……」
「私が肉厚でよかったですね」
そう言ってターヒルは茶目っ気のある表情を見せた。二人は立ち上がり、そして、今度はモナが尋ねた。
「ねえ、どうしてあなたがこんなところにいるの」
「それは……」
ターヒルが言いよどんだ。目が中空をさまよっている。明らかに何か隠し事をしている風だった。モナはさらに尋ねた。
「スフラブに会いに来たの?」
これは根拠のあることではなかった。けれども図書館の一件からスフラブの様子がおかしくなって以来、アジーズの家で、ターヒルと親父さんの謎の会話を聞いて以来、モナの胸にはある疑惑が大いに渦を巻いているのであった。
モナの言葉にターヒルは明らかにぎょっとしていた。しかしすぐに何事もない様を装い、ぎこちなく微笑んで答えた。
「え、ええ、そうなんですよ。私たちはなんだかすっかり仲良くなりまして……」
「そうなの。よいことね」
モナはさりげなく言った。ターヒルはモナを見ていたが、彼女が特にそのことに何も不審さを感じてないと見たのか、ほっとした表情になった。そしてふと、目を優しくして言った。
「あの少年は、いい少年ですね」
「スフラブのこと? そうね、……そうだわ」
ターヒルの顔は穏やかで、このことに関しては嘘は言ってないことが、モナにはすぐにわかった。この人、わかりやすい人だわ、と思い、そのことが何故か妙に癪に障った。
その後、他愛もない話をいくつかした後、ターヒルは、ではスフラブに会うから、と去っていった。モナはその姿を見送った。見送りつつ思った。ターヒルが何の用事でスフラブに会いに来たのか、後でスフラブに聞かなくちゃ。でもちゃんと答えてくれるかしら……その答えによっては……。明るい庭で、モナは一人ぽつねんと、複雑な気持ちを抱いていたのだった。
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