疑惑
「それなら俺だって同じ年で……」アリーはそう言って、はたと何かに気づいた顔をした。そして得意そうにモナを見ると言った。
「スフラブに可能性があるなら、おれにもあるってことだろ? だって、おれだって、親はわからないんだし」
「え、ええ……」
モナに向かって胸をはるアリーに対して、モナは複雑な気持ちで呟いた。アリーを見る。しかし、そこにいるのは、幼い頃からずっと知っている仕立て屋の息子であって……どうにも、異国の王子様とは思えないのだった。けれどもこういう王子もいるのだろうか。そもそも自分には王子の知り合いなどいないし、王子がどういう存在かと聞かれてもよくわからない……。考えてるうちに、モナの頭がぐちゃぐちゃしてきた。
「……えっと……混乱させないで。スフラブのことだけでも頭がいっぱいなのに……」
「まあおれもそんなに本気で言ってるわけじゃないけど。つまり、そのくらいおまえの話が突拍子もない、ってことで」
「うん……」
確かにそう言われればそうなのかもしれない。モナは目を落とした。そしてぽつりと続けた。
「でもほんとだったらどうするの? ほんとに王子だったら? スフラブは自分の国に帰ってしまうのかしら」
「まあ、帰りたいかもなあ」
「――遠くに行ってしまうのね」
モナとしてはそれは考えてみたこともないことだった。スフラブは物心ついたときから側にいて、それが当然であった。それがいなくなるとは……。容易に会うこともできないはるか遠くに行ってしまうとは……。にわかには、どういうことなのか、飲み込めないことだった。
しかも、もしモナの考えていることが当たっているなら、スフラブを連れて行くのは、ターヒルなのだ。ターヒルのことを思い出して、また少し頬が熱くなった。好き……なのかもしれない。けれども、モナからスフラブを奪っていくのはターヒルなのだ。このことをどう考えてよいかわからず、モナはただ、難しい顔をした。
隣にいるアリーがふと、柔らかな口調で言った。
「でも、ほんとの親がわかれば……スフラブも嬉しいだろうな」
「うん……そうね」
それはそうだろう、とモナも思うのだった。そして本当の家族の元に帰ることができれば。それはよいことなのではないか? しかし、姉から聞いた話だと、政争に巻き込まれるわけであり、そこは心配でもあった。
モナは目を上げ、河を見た。水面近くを飛んでいく鳥が見え、そして河の流れが見えた。大河は流れ、水は見ているそばから下流へと去っていった。こんなふうに、スフラブも去っていく日が来るのかもしれない、とモナは思った。自分から離れて、ずっとずっと遠くに、何でもない顔をして。
――――
モナとアリーはその後、アジーズの家に寄ることにした。玄関の戸を叩くと、開けてくれたのはカイスだった。やはり口数少なく、どこか謎めいた雰囲気があった。青みがかかった不思議な目の色もまた、彼の独特の雰囲気に一役買っていた。
カイスは台所へと行き、モナとアリーは居間へと向かった。居間の戸口で二人は足を止めた。室内には先客がおり、真剣な顔をして、何事か話し合っていたからだった。
それはターヒルとアジーズの親父さんであった。ターヒルがためらいがちな口調で、親父さんに言っていた。
「……しかし……本当にあの少年なのでしょうか」
「どうもそうらしいよ。私も詳しいことはわからないが、彼らの話によると」
「けれど、危険ではありませんか」
「そうだな、確かにあの少年には危険があるのかもしれないが……」
親父さんもここで複雑な顔した。逡巡の表情があり、しかし、それを振り払うかのようにきっぱりと言った。
「けれども仕方ないのだ。こうするよりない。これより他にないのだ。それに彼らだって……」
話は続いていたが、モナとアリーはそれより先を聞くことができなかった。背後に唐突に人の気配を感じたからだ。
二人はほぼ同時に振り返った。そこにいたのはアジーズだった。アジーズは穏やかに微笑んで、二人を見ていた。
「どうしたんだ? こんなところで」
アジーズは微笑んではいたが、目は笑っていなかった。その黒い美しい瞳を見て、モナは思った。この人はその気になれば、とても恐ろしくなれるんじゃないかしら。
先に口を開いたのはアリーだった。アリーはなんでもないふうをしてアジーズに無邪気に話しかけた。
「アジーズのところに遊びに来たんだよ。おれたちちょうど暇で」
「そうか。じゃあとりあえず、中に入ろうか」
アジーズに促されて、アリーとモナは室内に入った。話をしていた二人は客がやってきたのを見て、それをやめ、客たちを明るく迎えた。モナは先ほどの会話が大いに気になっており、また、アジーズの表情にも圧倒されていた。アリーはと見ると、いつも通り振舞っているようには見えた。
でも、アリーもあの二人の会話を聞いたわ。そしてあの会話には、東の国の王子の話とそれがスフラブかもしれないという話と、どこかで通じる部分も……。そこでモナは迷った。ある、のだろうか。あの会話はなんだったのだろう、どう解釈すればよいのだろう、そしてアリーはどう思っているのだろう!
聞いてみたかったが、聞く機会は、とりあえず、今のところはなさそうだった。アジーズに言われるままに腰を下ろし、食べ物や飲み物を持ったカイスがやってきて、場の人々は何事もなかったかのように、当たり障りのない会話を続けるのだった。
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