船乗りの話

 モナとスフラブ、最初は二人から始まった冒険であったが、人数はいつの間にやら5人に増えていた。増えたのは、アリーと謎の大男、それから美しい顔立ちをした青年。


 中庭にアリーと青年が現れた後、とりあえずの自己紹介が始まった。青年の名はアジーズと言い、謎の大男はターヒルと言った。二人は友人で、アジーズは漁師兼船乗りであり、ターヒルもまた船乗りなのだと言った。


 この二人とアリーは最近知り合って仲良くなり、そして、三人とも巷を騒がす幽霊騒動に興味を持っているのであり……かくして今日、この廃墟を訪れたというわけなのだった。


 アリーの隠し事はこれだったのか……! とモナは謎が解けてすっきりしたものの、それと同時に、仲間はずれにされたという気分が沸き起こり、そっとアリーを睨みつけた。アリーのほうはそ知らぬ顔をしていた。


 その後一行は、アジーズの家へと行くことになった。道中、ふと、アリーがモナに尋ねた。「それにしてもどっからあの屋敷に入ったんだい?」


 それは確か、ターヒルにも聞かれたな、とモナは思いながら、答えた。


「表の玄関からよ」

「鍵がかかってたろ? おれたちは裏口から入ったんだけど」

「確かにかかってたけど……。でも扉を押したら開いたのよ」


 子どもたちの会話を聞きながら、大人たちが、アジーズとターヒルが、さっと目を合わせた。


 アジーズの家は川岸にあった。小さく、古びていたが、内部は清潔で居心地がよかった。まず出てきたのは初老の、豊かな髭をした男性だった。アジーズの父親である、ということだった。それから、すっきりとした顔立ちをして、しなやかな体つきの、アジーズやターヒルと同年代の男。これはカイスという名で、この家の家事全般を取り仕切っているということだった。


 カイスは物静かな男で、動作も静かであった。足音を立てずに歩いた。そして、突然現れた年少の客たちに、柘榴の飲み物と甘い揚げ菓子を振舞ったのだった。


 居間でこれらを食べながら、一同は次第に打ち解けていった。いつの間にやら、こちらの、モナやスフラブの身の上まで明かすことになってしまった(どうせ黙っていても、おしゃべりなアリーがぺらぺらと喋ってしまうだろう、とモナは思ったのだった)。アジーズは陽気で、話が上手かった。最初は恐ろしげに思えたターヒルも穏やかに、それらの話に加わった。


 内気で、人と仲良くするのに時間がかかるスフラブは、最初はもじもじしていたが、いつしかこの雰囲気に慣れ、笑顔を見せ、あれこれと喋るようになった。モナもまた楽しかった。アジーズがたくみに話す、漁や航海の話……。その冒険の数々に少年二人はすっかり心を奪われているように見えた。モナもそうであった。……が。しかし心のどこかに、彼らに対する疑念が残っていた。ターヒルはスフラブに年齢を聞いたのだ……。そして姉から聞いた、あの、東方の国の王子の話!


「いいなあ。話を聞いてると、僕も航海に出たくなります」


 アジーズの話にすっかり魅了されて、目を輝かせながらスフラブが言った。船での生活、嵐、謎の島、奇妙な生き物に、変わった風習を持つ人々……。それらは確かに魅力的だった。モナもまた引き込まれて聞いていた。しかし、それと同時に耳をとがらせていた。東の国の話が出てこないかと……。東の国はちらりと話題の中に出てきた。しかし、現在、かの国を揺るがしている政治状況については触れられなかった。そもそも東の国の首都は内陸にあり、アジーズらがそこまで行くことはなかったようだった。


「でも、危険もたくさんなんだぜ?」


 スフラブの言葉に対して、脅かすようにアリーが言った。アジーズが苦笑した。


「そうだな。恐ろしい目にもいろいろあったなあ……。海賊とか」

「海賊!」


 スフラブが目を丸くした。


「けれども、ここにいるターヒルが助けてくれたんだ。ターヒルの剣の腕は見ただろう? この男はとても強いのだよ」


 アジーズの言葉に、隣でターヒルが巨体を縮めるようにして照れていた。


「いえ、強いとは……。ただ人より幾分身体が大きいですから、それに比例して力もあるというだけで……」


 ターヒルは子どもたちに向かって謙遜した。ターヒルは、アジーズやアリーに対するときはそうではないが、モナやスフラブに対しては律儀に敬語を使うのだった。


 強い……まあ確かに強いと思うわ、とモナはターヒルを見て思った。戦士のような身体つきなのだ。そして確かに剣の腕もあるだろう。しかし、そうすると……。一体どこで剣を習ったのだろう?


 散々喋り、お菓子と飲み物でおなかもくちくなり、モナとスフラブは家に帰ることとなった。アジーズがどこからか驢馬を連れてきて、それに乗って帰ることになったのだった。ターヒルが送っていこう、と申し出た。


 すっかりターヒルになついてしまったスフラブは、帰り道、とても楽しそうに彼と話を続けていた。モナはやはり、警戒の気持ちが消えなかった。ターヒルはとても礼儀正しく、二人の子どもを扱っていた。そう、とても礼儀正しかった……。その身は洗練されている、と言ってもよかった。洗練! では……一体どこで、その洗練さを身につけたの? この人は……どこかで貴人の相手でもしていたのではないの?


 モナは仲良く話すターヒルとスフラブを黙って見つめた。いつしか日が斜めに傾きつつあった。道行く人々の間をすり抜けていきながら、驢馬の背に揺られながら、モナはあれやこれやのことを考えていたのだった。

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