4. 図書館の怪

もしかして王子様?

 回廊には穏やかな風が吹いていた。そこは静かに落ち着いた空間であった。人々はあまり足音を立てずに歩き、そして小さく優しい声で喋っていた。そこは、都の図書館の一つであった。


 この国には王立のものを始め、いくつかの図書館があり、それが誇りでもあった。図書館には様々な本が集められた。王立の図書館では異国から集めた本を、翻訳していく仕事が行われていた。こうして、この国は、古今東西の多様な知識に触れようとしていたのだった。


 モナとスフラブ、それからアラウィーヤが今日、ここに来ていた。モナたっての望みであった。図書館に行きたい、と言い出したモナを、アラウィーヤは驚きの表情で見つめ、そして喜んだ。今までこの娘からこのようなことを聞いたことがないからだった。本よりも、外で遊ぶほうが好きなお転婆娘で……アラウィーヤは喜び、そして、モナの望みを聞き入れたのだった。


 アラウィーヤは知らなかったが、モナは本に興味があって、図書館行きを希望したわけではなかった。その背後には幽霊騒動があって――幽霊が出る場所の一つに、図書館があげられていたから行きたかっただけなのだった。


 アリーの謎の知人たちの出現で、うっかり印象が薄くなってしまっていたが、確かにあの廃墟で、モナとスフラブは、何やら摩訶不思議なものを見たのだ。そこで、モナの幽霊騒動への熱はまた高まり、この謎をぜひとも突き止めねばならん、という気持ちになったのだった。


 それにしても……。やはり、あの時新たに出会った面々はやはりどうしても気になるのだった。廃墟から帰った翌日、アラウィーヤ先生を待つ間、モナとスフラブは昨日の出来事について話し合った。そして話題がターヒルやアジーズのことになったのだった。


「あの人たちの話は、ほんと、面白かったですね」


 そう笑顔でスフラブが言った。スフラブはすっかり、彼らによい印象を抱いていた。


「でも……。ちょっとあやしいじゃない?」

「そうですか?」

「だってあの人……。年齢聞いたじゃない」

「ああ」


 スフラブが思い出したようだった。けれどもすぐに笑って、

「単にいくつか気になっただけでしょう?」

「あなたに向かって聞いたのよ。私のことはほとんど無視してた。……ね、あの話を思い出すじゃない」

「ああ、東の国の……」

「そうよ」


 モナは身体ごとスフラブのほうを向き、力を込めて言った。


「王子を探してる面々のことよ。ねえ、スフラブ、あなたはみなしごで、つまり……」


 これは昨日の夜、はたと気づき、それ以降つくづくと考えていたことだった。言いよどんだモナを見て、スフラブが怪訝な顔をしていた。モナは少し迷った後、はっきりと言った。


「つまりあなたは今のところはっきりと出自がわかってないわけだから……ねえ、ひょっとしたらあなたが東の国の王子様ってことがあるじゃないの!」

「僕がですか?」


 スフラブの顔に驚きが広がり、そして、たちまち笑い出した。


「僕が王子ですか? モナ様も変なことを考えますねえ!」


 スフラブは大いに笑い、モナの言葉をちっとも真に受けてないようだった。スフラブは笑いながら言った。


「実は僕も、年齢を聞かれたときにどきりとしたんですよ。でもあの人たちは別に変わったところはないし……。どう見ても、ほんとに漁師で船乗りな人たちじゃないですか」

「そうかなあ……」


 モナとしてはどうも釈然としないのだった。さらに何か返したかったが、そこにアラウィーヤが入ってきて、話はそこまでとなった。


 スフラブは呑気すぎるわ、とモナは、真面目に授業を受けている隣の少年をそっと見た。スフラブは少女めいた可憐な横顔を見せ、その姿はおっとりと品よくもあり、なるほど王子といえば王子らしくも見えた。……もし本当に、スフラブが王子様だったら……。モナは想像して少しめまいがする思いがした。スフラブは家来で、物心ついた頃から常にそばにいる従順な家来で、王子だなんて全くとんでもないことだと思うのだった。

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