謎の男たち
暗い玄関を抜けると、光が、二人の目に飛び込んできた。中庭に出たのだった。
中庭は朽ちていた。中央の泉には全く水が無く、ひび割れた底を無残に晒していた。木々や草花も枯れ、地面は乾いていた。壁の装飾が剥がれ落ち、地面に転がっていた。そのような光景が日の光の中に浮かび上がっていた。光は強く、辺りは静かで、周りの埃や塵がその静けさと明るさの中で舞っているのが見えるようであった。
とはいえ中庭は広く、屋敷も大きく、往時はなかなかに立派なものであったろうと見当がついた。モナとスフラブはしばらくの間黙ってあちこちを眺め回した。幽霊が……どこかにいるかしら、とモナは思ったが、しかしこのような昼日中には出てこないのではなかろうか、とも思われた。
同じようなことを隣でスフラブも言うのだった。
「ねえ、モナ様。幽霊は夜にならないと出てこないんじゃないでしょうか。だからもう……帰りましょうよ……」
「何を言ってるのよ。このお屋敷のことはしばしばあなたも話題に出してたじゃない。幽霊なんて出てこなくても……なかなか興味深いわ。ちょっと探索してみましょうよ」
「ええ……」
力弱く、抗議の声を上げたが、モナには届かなかった。
モナはスフラブの声を無視して、あちこちを歩き回った。一体、過去にはどういう人がここに住んでいたのだろう……とモナは思ったが、しかし、手がかりになりそうなものはなかった。とりあえず、裕福であったろうことはわかるのだが。
ふと、モナは足を止めた。何か違和感めいたものが、目の端に飛び込んできたからだった。立ち止まり、その気になったほうをよくよく見た。それは壁の一隅であった。そこだけ妙に黒いのだ。影じゃないわ、とモナ思った。あんなところに影ができるわけがない。
じっと見ていると、その黒いものはむくむくと大きくなっていった。モナは悲鳴を上げそうになったが声が出なかった。そして、何も言えず、何も動けないモナの前でその黒いものは形を取り始めた。それは人の形……というよりも狒々のような姿をしており、背中には翼がついていた。
「モナ様!」
背後から声が聞こえた。そして足音も聞こえた。モナははっとした。声の主はもちろん、スフラブであり、勇敢にも彼は走ってモナの元にやってきたのだ。しかし、モナの隣まで来たところで足がすくんでしまった。そこですっかり止まってしまったのだった。
しかしモナのほうとしてはこの出来事が、恐怖心を和らげることとなった。モナは隣に立ち尽くすスフラブを見た。スフラブは目を大きく開き、恐ろしさで表情が固まっていた。モナはそのようなスフラブを見て、心を決めた。私が守るって言ったじゃない! いざとなったら私がスフラブを守ってあげる、って!
謎の生き物は顔を上げ、二人を見据え、ゆっくりと近づこうとしていた。モナは力を振り絞って、一歩前進した。スフラブを背中にかばうように、魔物と対峙する。と、そこに、一陣の風が巻き起こった。
風かと思われたが、それは、一人の人間であった。それも大きな人間であった。二人の背後からたちまち現れたかと思うと、手にした剣を魔物に叩き付けた。しかし魔物には実体がなかったのか、剣は空を切り、そして、黒い魔物は光の中に溶けるように消えていった。
モナは呆気に取られて、その人物の背中を見つめた。その人物は振り返った。まだ若い、20代後半くらいかと思えるような男で、いかめしい顔をしていた。長身で筋骨逞しく、戦士のような身体つきをしていたが、その服装は下町の、どこにでもいる若い男のものだった。男はしげしげと二人を見た。
「こら、そこの子ども。何故このような場所にいるのだ」
何故と言われても……。モナはどう返事をすればよいかわからず、黙っていた。隣で、スフラブも黙っていた。この突然現れた人物の迫力に圧倒されているようだった。
「そもそもどこから入ったのだ。表は鍵がかかっていただろう? ……いや……」
そこで男は言葉を切って、スフラブをじっと見た。何かに気づいたかのような表情をしていた。そうして口を開いた。「ところでおまえはいくつなのだ?」
モナの頭の中で、唐突に最近姉から聞いた話が思い出された。年齢を聞く謎の男! そして、その背後には行方知れずの王子を探す人々がいる(かもしれない)という話が……。ではこの男が、そうなのだろうか。
スフラブもその話を思い出したかのように、はっとした顔を見せた。そして、自分をまじまじと見つめてくる男に気圧されながらも、おずおずと口を開いた。と、その時、建物の中から人の足音と声が聞こえてきた。
「どうしたんだ、ターヒル。誰かいたのか?」
二人の人間が中庭に姿を現した。それは青年と少年だった。声の主は青年のほうであり、青年は謎の男と同じくらいの年頃で、男ほど大きくはなく、秀麗な整った顔立ちをしていた。もう片方の少年は……。少年の顔を見たモナは驚き、知らず声を出していた。
「アリー!」
「モナじゃないか。なんでこんなところにいるんだ?」
青年とともにやってきたのは、アリーであった。不思議そうな顔をして、明るい中庭に少し瞬きしながら、モナとスフラブと謎の男を見ていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます