2. 都を騒がすもの

都を騒がすもの

 授業を終えたモナは姉のところへ向かい、ちょうど自室へ入ろうとしたところでその姉を捕まえた。モナの姉は、サハルと言った。3つ上の17歳であり、現在は町の学校に通っていた。本が好きな娘であり、家庭教師だけでなく、外の学校で学ばせるのもよいだろうと、親が判断したのであった。サハルはちょうどその学校から帰って来たところであった。


「ねえ、幽霊騒動の話なんだけど」


 姉を捕まえて、たちまちモナが言った。サハルは少しうんざりとした表情を見せた。

「またその話なの?」


 サハルは、あまり美しいとはいえぬ顔立ちをしていたが、背が高く、妙に堂々としたところのある娘であった。むやみに笑いはせず愛想も良くなかったが、だからといって決して人に不親切なわけでもなかった。モナはこの、我が道を行く性質の姉が、好きであった。


「その話よ! 私は今日、使用人の人たちからあれこれ情報を仕入れてきたのよ……。目撃情報が多いのは二箇所。市場近くにある廃墟と、それから図書館と……なんで図書館なのかな。廃墟はまだわかるけど。勉強好きな幽霊なのかな。まあそれはともかく。ね、そっちもなんか聞いてない? 学校で噂になってない!?」

「なってないわよ」


 あっさりとサハルは言った。モナは解せない、という顔をして、

「そうなの? 都ではあちこちで話題になってると思ってたんだけど」

「一部ではそうでしょうけど、私の周りではそうじゃない。……というより、話題になってたとしても話したくないの」

「えー、どうして!?」


 モナはサハルにまとわりついた。


「だって、話したらまたあなた、こっそり家を抜け出して調査だかなんだかに出かけちゃうし、その時に、私が余計なことを言ったから、ってなるのは嫌なの」

「ええ……。そんなことはない……ないわよ……」


 モナの言葉はいささか気弱く、説得力に欠けていた。そのため、サハルの心を動かすというわけには行かなかった。


 都を騒がす幽霊騒動というのは、以下のようなことであった。魔物めいた幽霊めいた、何か正体の分からぬあやかしが、最近都を闊歩している、という噂が人々の間に出回っているのだ。実際にそのような得体の知れぬ存在に出会ったと、そう語る人も幾人か出ていた。例えば、黄昏時、道を歩いていると突然煙のようなものが立ち込め、家の向こうから大男がにょっきり現れただとか、部屋の隅に見知らぬ女がうずくまっており、ぎょっとしてるとたちまち消えたとか、そのようなことを、モナは使用人たちを通してここ数日聞き(彼らのうちに実際に幽霊に出会ったものはいなかったが)、大いに興味津々の状態となっているのであった。


 どうせなら、自分もその幽霊というものを一目見てみたい……とモナは思っているのであり、その姉は、妹のそのような願望ももちろんお見通しなのであった。モナは昔からお転婆で、こっそりと家を抜け出して都をあちこち歩き回るのが好きだった。当然、真面目な教師のアラウィーヤなどはそれによい顔をしない。


「あなたももう、いい年なんだし……。そろそろ大人しくしたら。――と言っても無駄でしょうけど」


 サハルが妹を見ていささかため息混じりに言った。さすがのモナもややしょげた。


「無駄って……」

「ううん、無駄というか……。まあ、自由闊達なのはあなたのよさでもあるから。でもね、気をつけたほうがいいこともあるのよ」

「お供もなしで外を歩くこと?」

「そうね。最近は変な噂もあるし……」

「変な噂って!?」


 たちまちモナが飛びついてきた。サハルはしまった、という顔をしたがもう遅かった。


「ねえ、何? 幽霊騒動とは別物!? それとも関係あるの!?」


 目を輝かして聞いてくるモナを上手くあしらいきれず、サハルは目を逸らしながら答えた。


「ええと……。そうね……。14歳は危険だ、ってことよ」

「何それ?」


 意表をつかれたモナに、サハルが考え考え続けた。


「あ、でもあなたは別ね。危険なのは男の子ほうだから」

「……一体何の話なの?」

「年齢を聞く人がいるんですって」


 姉の話は時折、要領を得なくなるのだった。混乱しているモナに、サハルは言った。


「つまりね、男の子を捕まえて、おまえはいくつか、って聞く謎の男がいるんですって。それで14歳、って答えたらとても興味を示すらしいの」

「ええ……」


 なんなんだそれは、とモナは思った。「どういうことなんだろう……。よっぽどその……その年頃の男の子が好きなのかな……」

「ではなくてね。いえ、目的はいまだによくわかってないのだけど、一つ、説はあって」

「なになに?」


 またもモナは食いついてきた。サハルは小さくため息をついた。仕方がない、ここまできたら全部話そうか、という面持ちだった。


「あくまでこれは一つの説であって、決して確定的なことではないんだけど」と、サハルは前置きして続けた。


「東方のある一つの国の王様が、そろそろお亡くなりになりそうで、その後継者でもめているようなの。あの国には幾人かの王子がいらっしてね、そのほかにも14年前、お后の一人が男の子をお産みになってるの。けれどもその男の子は生まれて間もなく亡くなってしまい……。でもね、亡くなってなぞいない、と主張する人のいるのね。男の子はなんらかの事情があって、国外に脱し、そこで密かに育てられていると……」


「ああ、その男の子を、王子を探しているのね!」


 モナが声をあげた。サハルが頷く。


「そう。その子が私たちの国にいるのではないか、という話があるそうなのね。でもこれは本当、一部の人が言っているだけのただの憶測だから……。本当にそうなのかは……」

「でもなんだか面白いじゃない!?」

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