二人の家来
一国の王子が、身分を隠してひっそりと暮している……そして、王位継承の争いに巻き込まれようとしている……まるで物語のようだ、とモナは心ときめかせながら思った。
「まあそんなわけで」モナの高揚に乗らず、サハルは静かに言った。「ともかく、町には変わった人、恐ろしい人もいるのよ。だから気をつけなさいね、と私はさっきから言いたいわけで」
「うん。わかってる」
口ではそう言うものの、顔は明らかに姉の言葉を真剣に受け止めてはいなかった。サハルはまたもため息をついた。このはねっかえり娘に言うことを聞かせるのは困難なことだ、と思うのだった。
――――
姉と別れて、モナは階下の回廊を歩いていた。今、姉から聞いた話が大いに気になっていた。サハルとしては牽制のためにした話ではあるが、逆効果なことになっていたのだった。
「モナ」
あれこれ考えているとふいに、名前を呼ばれた。はっとして声のほうを見ると、中庭から一人の少年が現れた。年のころはモナと同じくらい。細身の身体に、大きな目と大きな口を持っていた。目が生き生きと輝いて口は今にも冗談を言いそうで、全体にすばしっこさと明るさがあって、どことなく小猿か何かを思わせるような少年だった。
「アリー。どうしたの」
「奥様のところへお使いだよ」
アリーと呼ばれた少年は、モナの友人の一人であった。彼もまたスフラブと同じく孤児で、彼のほうは、町の仕立て屋に拾われたのだった。その仕立て屋はモナの家に出入りしており、あるとき、幼いアリーを連れてきた。モナやスフラブと同年齢ということで仲良くなり、三人幼い頃から、ころころと一緒に育ったのだった。
ある時、まだ10歳にもならぬ三人が一緒に遊んでいる光景を見て、モナの伯母が言った。
「あなたたちは仲が良くて、見てて微笑ましいわね。モナ、よい友達ができてよかったわね」
「友達じゃないわ」
伯母の言葉にモナはきっぱりと言った。そして胸をそらして、
「友達じゃなくて、家来よ。えっと……家来その1」こう言ってスフラブを指して、続けてアリーを指し、「家来その2」。
「家来その1」と言われたスフラブは、戸惑った表情をして黙っていたが、一方「家来その2」のほうは大いに腹を立てていた。「おれは家来じゃない。家来じゃないからな!」アリーは憤然とそう言ったが、モナはどこ吹く風であった。
といった具合の三人組であり、14歳になった今も、三人仲良くやっているのであった。アリーは親の手伝いのためにちょくちょくとモナの家に出入りし、時にはアラウィーヤ先生の授業に参加したりもするのだった。
「なんだか難しい顔をしてたけど」
アリーがモナに言った。
「いろいろと考えてることがあって」
「悩み事?」
「というわけではないけど……」
そこでふと、モナは都の幽霊話を思い出した。ここ最近、二人の間でもよく話題になっているのであった。モナがアリーを見た。
「ね、幽霊騒動のことなんだけど。何か新しい情報とか入ってない?」
「新しい情報ねえ……」
下町暮らしで、あちこち自由に飛び回っているアリーのほうが、モナよりもいろんな情報を知っているのであった。アリーはしばらく何やら考えていた。その瞳が光っていた。どこか興奮し、けれどもそれを押し隠しているような光で、ははあ、こいつは何か隠し事をしているな、とモナは思った。
「……いや、特にはないな」
アリーは少しの沈黙の後、そう言った。嘘だわ、と直感的にモナは思った。
「そんなことはないでしょ。ね、何かあったんでしょ。私にも教えてよ」
「何もないよ」
そうアリーは言うが、信じられないモナだった。不審げな表情なモナを見て、アリーはさっと話題を変えた。
「ここであんまりのんびりしてはいられないよ。家に帰んなきゃ。じゃあまたな、モナ」
すばやく身を翻して、アリーは去っていくのだった。呼び止めようとしたが遅かった。軽い足取りで退場していくアリーを、モナはいささか忌々しい気持ちで見送った。従順な家来その1に対して、家来その2はどうも生意気でいけない。
あれは確かに何か隠し事をしているわ、とモナは思った。家来のくせに、このモナ様に秘密を持つなんて図々しい。そっちがその気なら、こっちだって考えがあるわ。と、一人残され、モナは思うのだった。
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