星の都の子どもたち

原ねずみ

1. 事の始まり

事の始まり

 とある国の都に、さる豪商の邸宅があり、その邸宅の一室で、二人の人間が黙ったまま気まずい時間を過ごしていた。片方は14、5歳ほどの少年で、片方は中年の女性だった。少年は気弱そうに身体を縮めたまま、ちらちらと女性の顔を見ていた。女性は明らかにいらいらしていた。そしてあからさまにため息をついた。いつものこと、いつものことではあるだけど、と彼女は思った。


 女性は立って部屋の戸口を見ており、少年は書見台の前に座っていた。と、そこへ、一人の少女が駆け込んできた。少年と同じくらいの年齢であり、かわいらしい顔と伸びやかな手足を持つ、明るい雰囲気の少女だった。


「遅れてごめんなさい!」


 入ってくるなり、少女が言った。そして、少年の隣に、すとんと座った。少年はほっとして、そしていくぶん咎めるように少女を見た。少年と少女の背格好は同じくらいで、少年は柔和な、中性的な顔立ちをしていた。身体つきにもごつごつしたところはなく、まろやかでおっとりと優しい印象があった。少女は――名前をモナといった――少年を見て言った。


「幽霊騒動の話で、いろいろ面白いことを聞いたのよ、後で話して……」

「おしゃべりはやめなさい!」


 中年の女性――こちらはアラウィーヤという名前だった――は、ぴしゃりと言った。モナは口を閉ざし、すまなそうにアラウィーヤを見た。


「ごめんなさい、先生。つい夢中になってしまって、時間を忘れて……。でもそんなに遅れてないと思うんです、私……」

「遅れてますよ」


 アラウィーヤはけんもほろろだった。「大体、あなたは何故そんなに遅刻が多いのですか。もう少ししっかりして、きちんと身を入れて生活なさい」

「はい、ええ、とってもわかってるんですけど、それは」

「ごちゃごちゃ言わなくて結構」


 アラウィーヤはそうきっぱりと言うと、厳しい表情で続けた。「さ、授業を始めましょう」


 ここはさる豪商の邸宅の一室であり――モナはその豪商の娘で、アラウィーヤはその家庭教師であった。モナの隣に座る少年は、名をスフラブといい、孤児であった。捨てられていた赤ん坊をモナの父親が拾い、引き取って育てたのだった。娘のモナと年も近く、二人はほぼきょうだいのように育てられた。家庭教師が授業をするときも、こうしてモナと一緒にスフラブも参加するのであた。


 よく晴れた穏やかな日だった。アラウィーヤが本を読む声が部屋に響き、真面目なスフラブは熱心にそれを聞いていた。しかしモナは心ここにあらずで――ついさっき、自分が使用人たちから聞いてきた話を思い出していた。気持ちのいい風が吹き、空は青く、お転婆な少女は冒険というものをしてみたくて、うずうずしていたのだった。




――――




 都は河のほとりにあった。それは乾いた大地を走る二本の大河の、そのうちの一つであった。


 その土地は乾燥の土地であった。しかし大河が豊かな恵みをもたらし、人々はこの地で古くから文明を築いていた。一人の王があり、河のほとりに都を築いた。王は都に円城も造った。円城には四つの門があり、門からは道が、遠くの国々まで続いていた。王は円城の真中に住まい、よく整備された駅伝によって、城にいながらにして国中の情報を手中にしていた。国は大きく豊かだった。都もまた大いに栄えていた。


 都には世界のあちこちから様々な品物が集まっていた。香料に香辛料、黄金に絹、象牙に材木に陶磁器にと……。陸路から駱駝の背に揺られ、はたまた海路から船で運ばれ、それらの品々は都に集まったのだった。都には多くの商人たちが住み、市場は常に賑わっていた。


 都には運河が引かれ、路上でも水上でも人々が行き交い、家々の数は増え、やがて対岸にも広がっていた。都に集まったのは品物だけでなく、人間もそうだった。様々な肌の色目の色をした人間が、様々な習慣や言語を持つ人間が、この都には存在していた。モナやスフラブが暮していたのはそのような賑やかで、華やかな、世界に冠たる都であったのだ。

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