負けるわけにはいかなかった。未だ若いローラとは違い、二十歳を優に過ぎたモニカにとって、これは最後の戦いだったのだから。勝負に負ければ失格となってしまう。もう二度と、塔の魔女になるチャンスを得られないと突きつけられていた。

「負けられないんです。私、絶対に……!」

 ローラは候補生の中でもずば抜けた才能の持ち主。彼女はどうだったのかわからないが、モニカは少なくとも、ローラに嫉妬していた。若いし美しい。才能も力もある。もしかしたら選ばれるのは彼女かもしれないと常に恐怖していた。

 容姿や年齢で採用されるものではないと言いながら、候補生に年齢の線引きをしている協会や幹部たちにも、モニカは不信感を募らせていた。塔の魔女とはそういうものだろうか。皆を守るために尽力する、それには確かに力が必要だが、それだけなのだろうかと。

「負けられない? 可笑しいわね。普段は静かなモニカがそんな激しい言葉。どうなさったの?」

 十は年下のローラは、モニカより頭一つ分低い位置からアゴを突き上げ、クルクルと余裕たっぷりに杖を回している。

 この勝負に勝った方が最終候補生となる。まだ年端のいかない彼女には荷が重すぎやしないかなどと、モニカは老婆心ながら考える。世界の全てを任せるには、彼女は未だ幼稚だ。全てを捨てなければ塔の魔女になることができないという話を聞いたときがある。それは違うと否定する人も居たが、今の魔女ディアナは独り身で親族も居ないと聞く。するとやはり、ローラには不向きではないかと、モニカは相手が自分の敵であるのに心配してしまう。

 五つの時から候補生として親元を離れて過ごしていた彼女には、本当の意味での家族は居ない。親と最後に会ったのは十歳の頃で、そのときでさえ互いに他人行儀だった。ローラのように今でも家族とともに暮らしているのとはわけが違う。

 モニカにとって塔の魔女になることが全てで、それ以上でもそれ以下でもない。塔の魔女になるために生まれ、育てられてきたのだと何度も言い聞かせられてきた。だのに、臆病な性格が邪魔をして実力を発揮できないことに苛立ち、挫折し、何度も最終候補生への切符を逃してきた。

 最後の二人に選ばれたとき、モニカは教官に耳打ちされたのだ。これが最後、ダメだったらもう諦めなさいと。素質がなかったと諦めて、訓練所から出るのだと。

「ローラは何故塔の魔女に?」

 息を切らしながらモニカが問う。ローラは馬鹿ねと鼻で笑い、

「それをあなたに話したところで、私を最終候補生にしてくれるの?」

 眉間にシワを寄せて、明らかな敵意を見せてきた。

「ごめんなさい。ちょっと聞いてみたかっただけ」

 同じ質問を自分にされたらどうだろうという疑問がモニカに湧いた。きっと笑われる。世界を守りたいだなんて言ったところで彼女は信じない。それどころか、そんなザックリした気持ちで向かうなら、私に権利を寄越せと言ってくるはずだ。

 私にはそれしか生き方がわからないからと、そう言えば良いのだろうか。何を求めて生きているのかわからないけれど、私自身が生きてきたのは塔の魔女になるためだからと言えば納得するのだろうか。しかし、それすらもローラに笑われそうで、モニカはグッと言葉を呑み込んだ。

 人にはそれぞれ事情がある。聞いたところで彼女の言う通り、権利を渡すなんて絶対に嫌だとモニカは思う。

「ただ、私よりもあなたの方が塔の魔女に相応しいのかどうか。判断材料になればと」

 モニカは言いながら魔法陣を展開した。幾何学模様の美しいそれは、責任感の強さを覗わせる。

――“凍てつく波動よ、渦となり敵を呑み込め”

 再び青く光る魔法陣。全ての文字が刻み終わると、全てを凍らせる寒風が音を立てて吹き荒れ、ローラを襲った。彼女は慌ててローブの端を掴み、身体を縮めた。身体にはたちまち霜が付き、髪の毛は凍り、睫毛まで白くなる。口元を隠したローラが「水の魔法ばかり」と揶揄すると、モニカは「では次」と、吹雪の魔法が切れる前に新たなる魔法陣を描き始めた。

 紫色の光。ドッと大きく地面が揺れ、石畳の下から土柱が何本も迫り出してくる。

「ヒィッ!」とローラは奇声を上げ、必死に土柱から逃げようとするが、冷たい風に晒され、かじかんだ身体が言うことを聞かないらしい。何度もよろけ、転びそうになりながら必死に避けている。

 一人の試験官がモニカを制止しようと歩を進めるが、未だ早いと別の試験官がそれを止める。「大丈夫、未だ正気です」とモニカは試験官らに笑顔を見せ、「これが最後です」と杖を高く掲げた。

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