塔の魔女の最終候補生

天崎 剣

 緊張のしすぎで口から心臓が出てしまいそうだとモニカは思っていた。ただでさえ上がり症で引っ込み思案なのに、この日だけは皆の前で魔法を使わなければならない。それが彼女にとってはかなりのプレッシャーだった。

 塔の魔女になる、そのために頑張ってきたのだとモニカは自分に言い聞かせる。

 緊張などしなくても良いはずなのに、どうしてもドキドキが止まらない。それはきっと、自分の目の前に居るローラも同じ。けれど、試合を始める前からローラの方がどうしも優位に見えてしまう。彼女は自信家で美しい。場に映える金髪に、白い肌。この日も柔らかい日差しのような色のローブを纏い、明るく健康的なイメージを初っ端から試験官たちに見せつけていた。

 街の中央に高くそびえる白い塔。その天辺に住み世界の全てを見渡す魔女は礎。“表”と“裏”、二つあると言われる世界のうち、“裏”と呼ばれるこの世界、“レグルノーラ”の絶対権力者。絶大な力を持つ魔女が現れれば代替わりする仕来りだ。今の魔女ディアナは未だ若く美しいが、それでも前倒しで候補を探すのは、彼女が塔の魔女に選ばれたその手法があまりにも強引だったからだという。

 世界中から素質のある少女達が中央に集められ、日々鍛錬に努めた。下はまだ読み書きができるようになったばかりの子から、上は結婚適齢期真っ盛りまで、幅広い年齢層の少女達が訓練所に通い、或いは共に生活し、高みを目指す。

 塔の魔女の候補生として修行を積み、数々のライバルたちを蹴落としてやっと手にした最終試験だった。

 これほどまでに普段より分厚い雲が空を覆っていなければ気分も晴れていただろうか。いや、生まれてこの方お日様などというものを見たことがない、気のせいだとモニカは首を横に振る。

 ローラとは正反対に上から下まで見事なまでに真っ黒だったが、これはこれでモニカなりの精一杯の盛装だった。黒いフリル、黒いレース。彼女は“表世界”で見た奇抜な格好に憧れていた。それを周囲がどう思うかは別として、彼女は気合いを入れるとき、必ずと言っていいほどにこの格好を選んだ

 石畳の上に引かれた白い線。この中を出れば失格。周囲に影響が及ばぬよう結界も張るという。観客は協会の上層部と鑑定士たち。そして、最終戦に進むことのできなかった魔女の卵が十数名。

「ガチガチね、モニカ」ローラはモニカを完全に見下していた。

 モニカは何も言わず、両手で杖を握りしめる。

「始めますよ。開始の合図から終了の合図の間に降参する場合は手を上げて意思表示を。お互い、命に関わるような魔法は使わないこと」

 協会の係員が二人の間に立ち、ルールの確認。 

「始め!」

 役員の女性が白線から出て手を挙げたのを確認すると、早速ローラが最初の魔法を唱え始めた。彼女の細い杖の先に、紫色の魔法陣。性格を表すような花の装飾が美しい魔法陣。――“敵の速さを奪え”

 至極単純な魔法ほど、術者の力量が加算される。魔法陣と同じ紫色の光がモニカを取り囲むと、途端に動きが鈍くなる。

 モニカは慌てて自身に速度回復の魔法をかけようとするが、ローラの方が格段素早かった。

「ゴメンねモニカ! 悪いけど私が勝たせて貰うわよ!」

 今度は深緑色の魔法陣、石畳の隙間から何本もの蔦が這い出して伸び、モニカに向かっていく。

「そうはいきません!」

 モニカは咄嗟に杖をかざした。魔法陣なしで落雷、蔦をどんどん焼き払っていく。

「チッ……! じゃ、こういうのはどう?」

 バッとローラが左手を掲げると、そこには炎の鳥が一羽。羽を広げればモニカの身長と同じくらいの幅がありそうな大きな鳥が、モニカめがけて火の粉を散らし、突っ込んでくる。

 咄嗟にシールド魔法、モニカの真ん前に現れた透明な盾が上手く攻撃を躱すも、飛んだ火の粉が肌に当たり、モニカは思わず顔を歪めた。

 グルッと空を一回りし、また火の鳥が突っ込んでくる。

 守ってばかりではダメ、攻撃をすることが最大の防御となると何度も教官に言い聞かされたことを思い出し、モニカは意を決する。本当は苦手なのだ。塔の魔女にはなりたいと心から思うが、それは民を守りたいからであって戦うためじゃない。そう思っているからこそ攻撃魔法の訓練に踏ん切りが付かず、いつもギリギリ合格ラインで通してきた。

――“水の精よ、炎を食い止めよ”

 青色の魔法陣を出現させたモニカは、力の限り魔法を注ぎ込んだ。半人半魚の美しい水の精をかたどった水の固まりが火の鳥の前に立ちはだかった。火の鳥は構わず水の精の身体めがけて急降下、水の精が広げた両手から猛烈なシャワーをお見舞いすると、火の鳥は慌てふためきパッと姿を消す。

「召喚魔法が使えるって聞いてなかったけど」

 ローラが悔しそうに舌打ちすると、

「言いませんよ。手の内を全て見せてどうするんですか」

 モニカも負けじと言い放った。

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