アウロラ様も酷い神様だなぁ

 葬儀が終了し、“ファーストレイ”に赴いた一行は、三日前に起きた異変について知っていることを語り合っていた。

 特筆すべき事項は、やはりヴァンパイアによる襲撃事件と連続通り魔殺人事件の二つだろう。

 前者の犯人はウォーカーで確定しているが、後者はまだ断定できる状況にない。だが、その日に脱獄したリヒトによる犯行だろうという線が濃厚であると、騎士の間でもっぱら噂になっていた。

「『鎌鼬の辻斬り』が革命派のアジトに戻ってしまっていたら、俺達にはどうすることもできねぇ」

 下町に構えられた革命派の居には、彼らを指揮する頭領を含む百人規模の人間がいる。

 その内の誰もが騎士と同等の力量を有していると推測されており、制圧を試みれば甚大な被害が生じることだろう。

 加えて、今はヴァンパイアが王都を闊歩し始めている。その防衛に使える騎士は、一人でも多く残しておきたいというのがニコラの本音だった。

 お手上げ状態の面々の中に、ただ一人勝利へのビジョンを想像している人物がいた。

「私に、考えがあるんだけれど……」

 葉月は、策を皆に告げて了承を貰った後、準備をしてくると言って一人外の世界へと飛び出していった。


 その日の夜、とある民家の二階から天使を崇める声がした。

 灯りが点いた一室から漏れ出す光は、天空に咲いた星が如く夜を食らい、己の存在を主張している。

 また、それに引けを取らない勢いで、自己の影を力説をする者が一人。

「ああ、オブリエル様! 私はあなたを愛しています! 羨望しています!」

 葉月は、近所迷惑も甚だしい声量でオブリエルへの信仰を言葉にした。

 誤解してもらいたくないのだが、本来のオブリエル信者はウサギのように大人しい集団だ。信仰のために、夜中でも構わず騒ぎ立てる無法者ではない。

 なので、彼らの目から見ても葉月の行動は狂気に満ちていた。

 しかしながら、こんなものでも釣れてしまう人物はいる。

「……俺を、犬か何かと勘違いしているのではないか、葉月よ?」

 葉月の想定通り、『鎌鼬の辻斬り』は民家のある通りへとのこのこやってきていた。

 葉月は熱狂的な演説をやめ、開けておいた窓から身を乗り出して下方を見下ろした。

「きてくれたんですね、リヒトさん」

 そう言って、葉月はバトル漫画の主人公のように、勢いよく窓から飛び降りた。

 着地した彼女は、足首に手をやって骨の状態を確認する。

「ギリギリ折れなかったっぽいね……」

「不安を感じるのならば、きちんと扉から出てくればよかろう……」

 葉月はニッと笑って、間髪入れずにリヒトの右腕を切断した。

「んなっ……!?」

 数多の人間を殺めてきた殺人鬼であろうと、影の中から取り出された武器を握った素人に対処することはできない。

 隙がない二段構えの不意打ちによって片腕を失ったリヒト。彼は、見た目以上に窮地に立たされていた。

 悲しいかな、葉月を警戒していたリヒトは、あらかじめ得物を右手で握っておくという準備をしていた。そのせいで、却って自分の首を絞めることになってしまったのだ。

 刃物を失った鎌鼬など、ただの爽やかな風に過ぎない。

 葉月は、臆さずリヒトの背後に回って、横にした手で彼の首を叩いた。

「お役目お疲れ様です」

 意識を失ったリヒトが負傷をしないよう、もう片方の手でその身体を支えてあげる葉月。

 『鎌鼬の辻斬り』が骨なしになったことを確認し、ゆっくりと地面に寝かし付ける。

「医療班の方!」

 戦闘終了の合図と化した葉月の呼び声を受け、物陰で待機していた衛生兵の騎士が、ニコラらと並んでリヒトのところまで駆けてきた。

 衛生兵は、動揺と困惑を同時に表現しているような顔で葉月の方を一瞬見て、彼女と視線が交わる前に医療行為に移った。

 葉月は、疑念の目を向けられていたことを察知していた。その上で、あえて気付かないふりをした。

「ふぅ……」

 小さく息を吐いた葉月は、リヒトの腕を拾った。続けて手のひらを開き、また閉じてから、それを衛生兵の手元まで運んでいった。

 その瞬間、ニコラはすっかり堅くなった口を開いて、気になった点を幾つか問い質すことにした。

「葉月ちゃんよぉ、どうして『鎌鼬の辻斬り』がここを通るって分かったんだ?」

 葉月は、手当されるリヒトをじっと見つめたまま回答する。

「勘ですよ。運とも言います」

「そりゃあ大したもんだ。俺としては、もう少し筋の通った返答を期待していたんだがな」

「それを私に求めるのは筋違いというものですよ」

「一筋縄ではいかない……か。何、まるで打ち合わせでもしていたかのような流れだったもんで、ちょっと気になっただけさ。忘れてくれ」

「こちらこそ。奇跡なんて、案外そんなものですよ」

 二人が言葉のドッジボールをしている間にも、せっせと手を動かし続けていた衛生兵が、応急処置の完遂を告げる。

「ご苦労さん。んじゃ、続きは医療機関で頼むわ」

 ニコラは衛生兵の髪を撫で回した後、リヒトを抱きかかえて兵舎の方に身体を回転させた。それから、何かを思い出して再度開口と声帯の振動をさせるよう脳から指令を送った。

「もう一つだけいいか、葉月ちゃん?」

「……何でしょう?」

 存外鋭いニコラに少々警戒心を持ちながらも、葉月はいつもの調子で彼の提案を許可した。

「あの戦闘能力は何だ?」

「ああ、そのことですか」

 至極冷静かつ、究極の沈着さで葉月は安堵の言葉を漏らす。

 それから、ゆっくりとブレザーのボタンを外し、ニコラに振り返るよう促して、胸部が不可思議な形状で盛り上がったワイシャツを見せびらかした。

「あの力は、神の特権によるものです。発動条件は致命傷を負うこと」

「……アウロラ様も酷い神様だなぁ」

「ええ、本当に」

 葉月は、アウロラを見上げるように空を仰いだ。

 山の方から伸びてくる厚く幅の広い雲は、アウロラの意思表示だったのだろうか。

 或いは、不吉の予兆なのかもしれない。

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