つまり、異世界転生者ですの

 そもそもの話、何故人々は革命派と保守派という二つの勢力に分断されてしまったのか。

 その答えは、信仰する対象の違いにある。

 人類は初め、人間の創造をしたアウロラを神として崇めた。

 それは、フリティラリアの住民さえも例外ではない。

 そんな彼らが、とある戦争を発端にしてオブリエルという天使に鞍替えした。

 トライアングル・ウォーと名付けられた、三つの種族による全面戦争だ。

 巨人族、ヴァンパイア族の猛攻は、とても人間族の手に負える範疇になかった。

 戦線は押され、遂には安全圏と謳われていたはずのフリティラリアの目前にまで切迫していった。

 王都の陥落は、即ち人類の完全敗北を意味する。

 そんな背水の陣となった人間族の救世主となったのが、オブリエルだった。

 彼女は、人間族の勝利のために戦っていただけだった。

 しかしながら、きっとフリティラリアの民の目には、オブリエルがこのように映っていたことだろう。

 オブリエルは、命懸けで王都を守ってくれた勇敢なる英雄である、と。

 見事戦争を生き抜いた多数のフリティラリアの住民は、すぐさまアウロラの信仰を捨て、オブリエルを崇拝するようになった。

 そう。かつては、フリティラリアの側が革命派だったのだ。

 当然、今まで信仰してきた神を蔑ろにすることができない人々もいた。

 自分もかつては信じていた神なので、大多数のフリティラリアの住民は、それもまたよしと宗教多元主義を認めた。

 だが、宗教というものは恐ろしく、一部の人間は所謂過激派と呼ばれる存在となってしまった。

 相手がアウロラ信者であると分かるや否や、差別し、迫害し、中には殺害してしまう者もいた。

 フリティラリアの外へと追いやられたアウロラ信者は、決して引き下がらず、諦めず、才能ある者は技を鍛え、志を持った者は周辺諸国の騎士団に入団し、抵抗する力を身に付けた。

 こうして、力を付けた革命派はしばしば王都内での叛逆を企てるようになった。

 このような歴史が、今の王都とその城下町の息苦しい関係を築き上げてしまったのだ。


 太陽から隠れて早一時間。

 正気を取り戻した葉月はマジェンタの策に興味を抱いて、意識を失っていた間の情報を入手した。

 マジェンタが、自身の有する神の特権について語らなかったことは言うまでもない。

 粗方語り終えたマジェンタは、都合の悪い質問をされる前に話題を他のところへと移行することに決めた。

「しっかし、広い洞窟やなぁ。誰が掘ったんやろ」

 辺りを見回し、時には手を触れながら首を傾げるマジェンタ。

 回答を求められた葉月も正解は分からなかったが、ある程度の予測は立てていたため、口を閉ざさずに済んだ。

「これも、機巧人がやったんじゃないかな。それこそ、ばあるの攻撃でドーンみたいな?」

「いや、流石にそれは物理法則を無視し過ぎやろ……」

 ここらの地盤はかなり硬度が高いため、一部はばあるの手を借りて作られているかもしれない。

 どうでもいいことに意識を傾けている二人の前に、金属製の扉が姿を現す。

「ここにきて扉かぁ……そろそろゴールかもしれんな」

「この先にめふぃすと達が……」

 焦ってはいないが、僅かに歩幅を大きくして葉月が歩みを進める。

 マジェンタよりも先に扉の前に辿り着いたため、葉月がドアノブに手をやり、重い金属の塊を力一杯自分の方へと引いた。

 大きさが合っていないのか、はたまた立て付けが悪いのか。扉は、鏡のような見た目に反して動きがぎこちなかった。

 ベルなどなくとも来客が分かるほど盛大な地面を擦る音に、向こう側にいた三人が一斉に反応する。

 最初に口を開いたのは、泥だらけになっためふぃすとだった。

「葉月さんっ!?」

「っ……! やっぱり、あのピンク頭は信用してはいけない類いのものでしたわね……!」

 よりによって、その人間を連れてくるとは──口にこそしなかったものの、りりすは葉月来訪による状況の悪化を確信していた。

 その元凶である白衣の男性が、葉月達に好奇の目を向けながら楽しそうに口を開く。

「おやおや、これは珍しい来客ですね。まさか、現地人が私の領域に踏み入ってくるとは」

 差別的なニュアンスを感じる『現地人』という単語に、『私の領域』という高貴ぶった言葉。

 彼という人となりは、たった一文で語れるほど明白なものだった。

 白銀の髪に糸目、齢は二十後半に差し掛かったところの見た目をした男性は、めふぃすと達の横を通り抜け、葉月の全身を舐め回すように上から下へと何度も何度も繰り返し目を這わせた。

「お前、あんまり葉月をまじまじと見つめんなや!」

 彼の胸中に下心があったかどうかは定かではないが、知人が異性に凝視されることは気持ちのいいものではない。

 マジェンタは、葉月の盾となるように両手を広げながら二人の間へ割って入った。

 するとどうだろう。男性は、新たな獲物が飛び込んできたと言わんばかりにマジェンタを視線でなぞり始めたではないか。

「うんうん、実に美しい曲線だ」

 男性は顎に手を当て、満足げに頷いてみせる。

「ツァーフ博士、いい加減になさいっ!」

 めふぃすとの手を借りて高さを得たミニりりすが、ツァーフの頬に鋭い蹴りを入れた。

「ぐはっ……! 見えた。見えたぞ! りりす、君は代用機にも下着を穿かせているんだね!」

「はぁ!?」

 ツァーフは頬を手で擦りながら、卑俗な言葉を吐き出した。

 そんな予想外の反応に、りりすはミニりりすを紅潮させ、棚引くスカートを押さえ付けるよう命じた。

「こいつ、やっぱりゲス男やん! ウチが始末したるわ!」

 冷静さを欠き、モップを振り上げたマジェンタを、葉月が制止する。

「ま、待ってよマジェンタ! 私達は、戦うためにここにきたわけじゃないでしょ? ね?」

 マジェンタは大層渋い顔で口元をモゴモゴさせたが、葉月がそう言うならとモップを構える手を下ろした。

 葉月は胸を撫で下ろし、ホッと息を吐く。

 そして、ツァーフの方を振り返って口を開く。

「あの、用が済んだらめふぃすと達を連れて帰ってもいいでしょうか?」

 葉月の発言に、ツァーフは満面の笑みで答える。

「いいとも! そうであれば話は早い。さっさと要件を済ませてしまおう」

 そそくさと初期位置に帰ったツァーフは、細い目でめふぃすとの瞳を真っ直ぐに見つめて問い掛ける。

「君は、本当にセレーヌと連絡が取れるのかい?」

 めふぃすとはこくりと頷き、芯の通った声でこう述べる。

「取れますっ!」

「ふむ……」

 ツァーフは賢い頭を効率的に回転させ、導き出した最適な解を音にして発する。

「今すぐここでやってみたまえ」

「はいっ!」

 そう言って、めふぃすとは胸の前で指を組み、息を吐きながら瞼を閉じた。

 痺れや空気の波紋などは、少なくとも人間には一切感じ取れない。

 それだけでなく、電話のような呼び出し音すら流れてこなかった。

 それでも、めふぃすとには確かな感触があった。

「──繋がりましたっ!」

 何やら堅苦しい挨拶をし始めるめふぃすとだが、ツァーフやりりすを含む彼女以外の生命体には、目の前の機巧人が独り言を言い出したようにしか映らなかった。

「ツァーフ博士、何かお伝えしたいことはありませんかっ?」

 ツァーフは、悩むことすらせずに唇と舌を駆使して言葉を紡ぎ出した。

「一つ確認させてほしい。これは、セレーヌしか知り得ない二人だけの秘密だ」

 これにめふぃすとが答えられた暁には、正式にめふぃすとがセレーヌと接続できていると認めよう──ツァーフは、いつになく真剣な声色でそう告げた。

「機巧人開発の真の目的は?」

 めふぃすとは、ツァーフの言葉をセレーヌへと橋渡しするために、同じ言葉を繰り返し述べた。

 また、同様のことをして、今度は向こう側からこちら側への情報伝達を行った。

「愚かな人類を滅亡させ、賢者たる機巧人で世直しをする──とのことですっ」

 内容に反した明るい声で話すめふぃすと。

 それを聞いて、ツァーフは前のめりになりながら何度も横隔膜を震わせた。

 そうかと思えば、我慢できなくなったのか、今度は頭部と臀部が接触してしまうほど背中を反らして高らかに笑い声を上げた。

 その顔は、声は、変態であり知的な彼のものとは思えない、滑稽で無様な様相をしていた。

「はーっはっはっは!! 聞こえているか、セレーヌよ! こちらには今、そちらの百倍──そう、二百の機巧人が存在する! 私は、大量生産を成し遂げたのだ! 私は帰るぞ、セレーヌ! 死を超越した私が、生を支配しに返り咲くぞ!!」

 彼の本心は、女神を含めてセレーヌ以外誰も知らない。

 そして知らぬ者は皆、口を揃えてこう言うのだ。

『機巧人は人類の希望だ』と。

「な、何を言っとるんやこの兄ちゃん……!?」

「機巧人で世直し……? それって、この世界を滅ぼすってこと──?」

 理解の及んでいない葉月とマジェンタのために、多くを知ったりりすが訂正と解説を始める。

「滅ぼすのはここではありませんわ。ツァーフ博士は、二度目の人生を歩んでいる──つまり、異世界転生者ですの」

 異世界転生者──つまり、神の寵愛を受けた人間。

 神は、決して一人を愛さない。即ち、この世界に異世界転生者が複数人存在していても、何らおかしくはないのだ。

 葉月は、特別でも唯一でもなかった。

 天使であるオブリエルだけでなく、ただの人間のマジェンタがその存在を存じ上げているほどにはありふれた存在だった。

 葉月は、明かされた事実に驚愕した。

 しかしながら、そんな感情は一瞬のうちに消滅してしまう。

 そんなことよりも断然重要で、恐ろしいことが裏に隠されていたのだから。

(ツァーフ博士も、神の特権を授かっている……!)

 神の特権は寵愛の証。ツァーフが本当に異世界転生者であるならば、きっと彼もそれを与えられているはず。

 自分が貰った規格外の能力を参考にし、葉月は間違っても敵対するような発言をしないよう慎重に立ち振る舞うことにした。

 喉を鳴らし、葉月が唾を飲み込んだ時、りりすは話の続きを語り出した。

「そして、博士は元の世界へと帰るための機械──パラレル・ゲートという門をずっと作り続けていたんですの」

 ちらりとミニりりすがツァーフの更に奥にある扉の方を振り返った。

「元の世界に帰るって……そんなことがほんまに可能なんか? どう考えても自然法則に反してるやん!」

 死は終焉。一度享受してしまえば、二度と手放すことはできない呪いだ。

 それが再生したとあれば、たちまち世界はエラーを起こし、機能を失ってしまうだろう。

 つまり、死からの帰還は不可能なものであり、許されざる罪であるはずなのだ。

 それが、自然というもののはずなのだ。

「──神ならばどうでしょう?」

 りりすの発言は、葉月達にこれ以上の開口を許さない魔法の言葉だった。

「神の叡智──女神アウロラは、人類初の人類製造者に、更なる知恵を与えたんデスワ」

 クスクスというりりすの笑い声が、葉月の耳に木霊した。

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