ウチのモップはフリティラリアにて最強やー!
大地を穿って作られた下向きのトンネルは、進めば進むほど現実離れした闇が濃度を増していき、探索者達を包み込んでいった。
希望となるのは、天井からぶら下がる電灯のみ。
この明かりが途絶えてしまった暁には、際限のない恐怖が少女達を襲うことになるだろう。
明かりがないことだけではなく、地中特有の湿っぽい肌寒さも、ここがある種の異空間であることを色濃く認識させる。
聴覚が唯一捉えることができる、反響する二つの足音。それが、突然止んだ。
「何、ここ……?」
葉月達を下へと導く段が終わった時、彼女らの目に真っ白な空間が飛び込んできた。
タイルのような反射をする石で構成された綺麗な直方体。建物の性質上、壁は分厚いガラスで作られている。
まるで水槽にでも閉じ込められたように思えてくる葉月だったが、そんな感想は半ばで忘却されてしまう。
壁の向こうに、飼い主ではないもの──むしろ、飼育された人間がせっせと身体を動かしている姿を目撃してしまったからだ。
「人間が作ってるのは──人間か?」
これは、親が子を出産しているという意味ではない。
もっと無機質で作業的な……置き換えるならば、機械に機械を作らせているような、珍妙な光景だった。
「ううん。きっと違うよ」
創造しているのも、誕生を待ち望んでいるものも、どちらも人であって人ではない。
「この子達は機巧人なんだ」
めふぃすと、りりすを含め、見た目だけでは人類も機巧人も区別が付かない。
髪質、肌質、体温──機巧人の全てが、人として有り得る範疇に収められているためだ。
きっと、ここで労働をしている彼女達にも同様の技術が用いられているのだろう。
だが、葉月には決定的な違いが見えていた。
無心で、プログラム通りにパーツを組み上げていく──そこに会話はなく、表情はなく、人の形をしただけの機械と形容するに相応しい硬く冷たい存在。
人として、最もなくてはならない部分──感情が欠落していることを、見落とすはずがなかったのだ。
彼女らが、まだ目新しい機巧人であるとの説明を受けたマジェンタは、壁が曇るほど接近してまじまじとその行動を見つめた。
「うーん、やっぱり凄い技術やなぁ。悪魔の名前をした子らと会った時も思ったけど、ウチにはとても別の種族とは思えんわ。もしかしたら、機巧人って名乗ってるだけの人間なんちゃうか?」
ここ数日で、機巧人の内部に迫るほど密接な体験をしてきた葉月には、マジェンタの推測が誤っているということをすぐに察することができた。
彼女らは、紛れもなく機械の身体と作られた感情を与えられた機巧の人なのだ。
「見ていても何も分からないし、何も変わらない。だから、とりあえず先に進もう」
「せやな。自分で考えるより、他の機巧人に教えてもらった方が手っ取り早いし」
葉月の提案に賛同の色を見せたマジェンタは、どこまでも続く悪趣味なトンネルをどんどん進んでいった。
二人が歩き始めてから三分が経過した頃、不意に壁が取っ払われて、だだっ広い部屋が彼女達を迎え入れた。
この空間には何も置かれておらず、葉月もマジェンタも、掘削の意図や目的がてんで理解できなかった。
「闘技場ごっこができそうな広さやなぁ」
「そんなごっこ遊びがあるの……?」
葉月は、聞き慣れない遊戯はこれほどの土地がなければ遊ぶことすらできないのかと、壁の役割を果たしている岩肌をざっと見回す。
「あれ?」
そんな葉月の視界内に、人一人がギリギリ通れそうな細い横穴が入り込んできた。
穴の内部には人の手が加わっており、そこにできるはずの闇が取り払われている。
どうやら、ふたりの冒険はまだ終わらないらしい。
「きっと、めふぃすと達はあの奥にいったんだよ!」
「ちょ、おいおい!」
先走る葉月の肩を掴み損ねたマジェンタは、決して前をいく背中を見失わないように急いでその後を追った。
葉月がちょうど広い空間の中央に差し掛かった瞬間、高い天井付近に流れる空気が掻き乱される感覚が舞い降りてきた。
乱雑かつ強引に拡張される大気の真ん中──台風の目の役割を担っていたのは、ばあると名付けられた機巧人だった。
大剣を僅かに持ち上げ、ばあるが高速落下を開始する。
発生する空気の抵抗は慈悲もなく斬り裂かれ、ばあるは更なる速度を身に纏っていく。
そして、天界から大砲でも撃たれたかのような爆音と衝撃が、地上に大きく存在感を刻み込んだ。
振動によって、上からポロポロと小石が降ってくる。
ばあるの来訪を直感的に感じ取った葉月は、咄嗟に前方へと飛び込んで回避を試みた。
葉月は、全身が吹き荒ぶ風に煽られ、背中から地面に叩き付けられてしまったものの、命だけは守り抜くことに成功する。
「し、死ぬかと思った……!」
むくりと身体を起こし、反射的に葉月の口が言葉を発する。
彼女の発言は、マジェンタをひどく感心させた。
「……成長したんやな、葉月」
自分にしか聞こえない声で、マジェンタはそう呟いた。
「何者や、お前? 今のウチはちょっとご機嫌やから、あんまり歯向かったりせん方がええで?」
根本まで突き刺さった剣を片手で引き抜いたばあるは、マジェンタの方を振り返りながら問われた内容に即する回答を述べる。
「お前らを始末するよう命を受けた。名をばあると言う」
「……あくまでも攻めてくるつもりなんやな」
マジェンタは、どこからともなくモップを取り出して、その先をばあるの鼻の位置に向けた。
「だったら抵抗するだけや。ウチらは引き下がるわけにはいかんからな!」
マジェンタが、右足を軸にして大地に蹴りを入れる。
そこから左足、右足と動かした時、蒸発するようにばあるが姿を消した。
次の瞬間、マジェンタの上に剣を構えた戦闘機巧が出現する。
ばあるの攻撃は、集中さえしていれば何とか避けられないこともない。
マジェンタはモップを地に付け、その時に発生した力をバネとして前に跳躍した。
直後、轟雷の音と共に少年が落ちてくる──が、少し様子がおかしい。
「何っ!?」
ばあるは、体勢を崩して尻餅を付いた。
彼が、自分の足元に潤滑する液体が広がっていることに気が付いたのはこの時だった。
「ウチのモップはフリティラリアにて最強やー!」
狂乱享楽の笑みを惜しみなく浮かべるマジェンタは、モップの糸の部分から銃弾のようなものを多数発射した。
「仕込み銃!?」
ただの水や洗剤の交ざった水が噴出されるのは、百歩譲ってまだ許せる範疇だ。
だが、そこから弾丸が発砲されるとなると話が変わってくる。
敵も味方も、騎士も民も誰一人として所持すらしていなかった銃が、仕込み銃という形で存在している──これは、葉月に与えられた第二の人生において、根底を覆す大惨事だった。
唯一それらしきものを振りかざした男、あんどらすは、機巧人というイレギュラーな存在のため、時代錯誤の武器を用いていようと不思議ではなかったのだが……マジェンタも扱えるとなると弁解の余地がない。
「飛び道具か……実に不愉快だ」
この場から離れようとしても、接地した部分が滑って言うことを聞かない。ならば、いっそその性質を活用させてもらおう──ばあるは、地面を削りながら抜いた大剣をサーフボードのように靴底に敷いた。
大剣は、抜かれた勢いによってネズミのようなすばしっこさを発揮し、あっという間に粘液のない踏み慣れた土のところまで移動する。
剣が何かに引っ掛かるような感覚を味わうと共に、ばあるは前宙返りをして着地した。
それからすぐに立ち上がって、マジェンタの発砲が間に合わないうちに姿を眩ませることに成功した。
「ちっ、逃げられたか……!」
ばあるの戦術の性質上、彼にダメージを与えられる機会はそう多くない。
やっとの思いで得たチャンスを活かしきれなかったこと──ばあるを仕留めきれなかったことが、マジェンタには耐え難い苦痛だった。
何故なら、彼を仕留め損なった場合、形勢が逆転してしまうのだから。
「はよ出てこいや。ウチはここやぞ」
もう、ばあるの手の内は読めている。
彼の剣先が、マジェンタの頭部を貫くことはないのだ。
ばあるを煽るような発言をするほどの余裕を見せるマジェンタだったが、落雷に匹敵する破壊は一向に顔を見せようとしない。
「ウチの気が緩むまで、ずっとそうしてるつもりですかー?」
マジェンタの大声は壁に反射し、彼女自身の元まで戻ってくる。
しかしながら、肝心の思いを伝えたい相手には届いていない。
「あー、眠いわー。戦闘なんてやめて、お昼寝でもしよっかなー」
マジェンタがモップから手を離した刹那、天井付近を流れる空気が流転した。
「終わりや」
マジェンタが即座にモップの柄を掴み直し、上方に向けて弾丸を放つ。
自由を手に入れた粒は、主の命令に従って天井を削った。
落下してきた石ころが、マジェンタの頬を
確かに大気は変動した。それがばあるの襲来直前に起こる微細な変化であることは、全身が覚えている。
しかし、彼は攻めてこなかった。
一体、何が起きているのだろうか──
固まって動かなくなったマジェンタの鼓膜が、大地の唸りによって刺激される。
マジェンタが、飛んでくる風の方に目をやる。
そこには、思いがけない光景──葉月がいたはずの場所に広がった巨大なクレーターがあった。
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