こんな面白そうなこと、ウチがあっさりと諦めるはずがないわな
めふぃすとは、遠くのあの人に命を受けてタブー・ウィングを訪問していた。
相も変わらず人影一つ見当たらない、陰湿で居心地の悪い空間だったが、汚れや埃といった穢れたものの存在は確認できなかった。
「こんな時に、こんな場所を訪れたということは、あなたにもあの声が届いているというわけデスワネ?」
めふぃすとは、声のした方──足元を見下ろして目を丸くした。
りりすをデフォルメしたような二頭身の人形のようなもの──正確には、彼女も機巧人なのだが、それが余りにも愛らしくて、めふぃすとはミニりりすをぎゅっと抱き寄せた。
「可愛いです~っ!」
「ぐえっ……! 苦しいデスワ……離してくださいまし……!」
にこやかな笑顔を浮かべたまま、ミニりりすは今にも死んでしまいそうな弱々しい声を上げた。
「す、すみませんっ!」
「まったく……」
拘束から解放されたミニりりすは、精巧に形作られた人差し指でめふぃすとを指しながら言う。
「今のわたくしはか弱いのです! 扱いには充分注意するように!」
「以後気を付けますっ! ところで、どうしてここにりりすさんがっ?」
「あなたと同じで、あの人の声を聞いたんですの。ここに、わたくし達の父がいる、と──」
「聞いていないですよ、そんなことっ!」
めふぃすとは、まだ自分が聞かされていなかった情報に大変驚いた。
その内容が、ツァーフ博士に関連しているものと分かれば尚更だ。
「ふむぅ……わざわざ別々に語り掛けてきた、と」
「私とりりすさんでは、チャンネルが違うからですかねっ?」
チャンネル──ここで登場するとは思ってもみなかった単語に、ミニりりすは小首を傾げた。
「あの声は、お告げや神託の類いではありませんの?」
「ないですないですっ! 彼女はセレーヌさんですっ。ツァーフ博士の助手の方ですよっ!」
「わたくしは、ツァーフ博士の死後に作られた機巧人デスワ。助手だ何だと生前のことを申されても、知っているはずがありません。むしろ、何故あなたがその女性を存じ上げているのか──断然、そちらの方がおかしいです」
りりすにも、確かにセレーヌからの通信が送られてきていた。
だが、それは一方通行だ。めふぃすとのように、相手が誰なのかを尋ねることすらできない押し付けに過ぎなかったのだ。
逆に言うと、発信源であるセレーヌが自主的に名乗ってくれればこの問題は解決した。
しかし、現実はそうではなかった。
セレーヌは名乗らなかった。少なくとも、自分からは。
であれば、導き出される答えは以下の通りだ。
めふぃすとは、セレーヌと通話をすることができる。
選ばれし機巧人には、関連する全てのことが当たり前過ぎた。故に、何を答えればりりすが納得してくれるのかが分からなかった。
ただ、りりすの『お告げや神託』という発言から、何とか情報を汲み取ることはできていた。
だからめふぃすとは、正誤は別とし、回答することを重視して口を開いた。
「私は、セレーヌさんの声を聞くことができますっ。同時に、セレーヌさんにも私の声が届いているようですっ」
「……あなた、確か末妹でしたわよね?」
「そうですがっ……?」
遂に、ツァーフ博士は念願の機巧人を完成させた。
その名はめふぃすと。『光を愛せざるもの』という悪魔の名を冠した愛玩機巧──
「ツァーフ博士は、生前に未練があったのかもしれませんわね。死してなお、誰かに何かを伝えたいと思えるほどの未練が──」
機巧人はその目的のために作られた。そして、失敗作は資金獲得のために世に解き放たれる──何と理に適った極悪非道の計画か。
普通であれば、機巧人として製造されたりりすは怒るべき場面だろう。だが、彼女は断じてそのような感情を抱きはしなかった。
むしろ、その逆──実に面白い考え方だとツァーフ博士を称賛していた。
「ま、わたくし達が頭を働かせる必要なんてありませんわね。だって──」
ミニりりすが、タブー・ウィングの端──裏門の側に置かれた石碑の前まで移動する。
「めふぃすと、手を貸してくださるかしら?」
「は、はいっ!」
駆け寄っためふぃすとは、すっかり縮んでしまったりりすに代わって、力一杯石碑を押した。
それが、セレーヌの指示だったからだ。
「んんっ……! ダメです、動きませぇんっ……」
「愛玩機巧に力仕事は難題でしたか……せめて、本体があれば……」
ツァーフ博士の命令に従った結果、セレーヌのお告げを遂行することができなくなってしまった。
優先順位的には全くもって問題ないことだが、りりすの本能はこの末路をとても嫌悪していた。
「葉月さんを呼んできましょうかっ……」
「その選択は悪手中の悪手デスワっ! 本末転倒というものです!」
「ですよねっ……」
タブー・ウィングにある石碑の下に、ツァーフ博士の研究所がある。
めふぃすとは、そこを訪ねて
セレーヌの命令であり、事を丸く収める最適解がこれだ。
もしここに葉月を連れてきてしまったら、機密の漏洩を恐れた博士が何を仕出かすか分かったものではない。
危険因子はなるべく排除する──これは、愛玩機巧と戦闘機巧の内に構成された共通認識だった。
「ばあるを呼ぶと後が面倒ですし……困りましたっ!」
「お困りのようやな!」
腕を組み、唸り声を上げていためふぃすとに、一筋の光が射す。
「話は聞かせてもらった! ここは、最強メイドのマジェンタちゃんにお任せや!」
まるで、登場するタイミングを見計らっていたかのように。一つでも多くのデータを仕入れるために、わざと今まで身を潜めていたかのように。赤紫の少女が、空き家の陰から颯爽と現れた。
「何者ですのっ!?」
ミニ個体のりりすは、あくまで補佐のために作っただけの肉体でしかない。
偵察に特化させるために、極限まで性能を落としたこの身体は、めふぃすと以上に戦闘に不向きだ。
己のことをマジェンタと名乗った少女が何かしら頭の狂った人物であれば、めふぃすとを引き連れて安全な場所まで逃走しなければならない──りりすは、本体同様の機能を用いてマジェンタを警戒した。
「マジェンタや。今言ったばっかりやろ? 後、無駄に体力使う必要はないで。ウチは二人の味方や」
「どうして、私達に手を貸してくださるんですかっ?」
「お二方、さっき『葉月』って喋っとったやろ? それ、ウチの親友やねん!」
(あの人であれば、このような道化と親交があってもおかしくはありませんが──妙に胡散臭いんですわよね……)
まだ信用するわけにはいかない──りりすは、質問をすることによってマジェンタを消臭していく。
「確かに、わたくし達は『ハヅキ』と申していましたわ。ですが、その『ハヅキ』とあなたが思う『葉月』が同一人物である保証はどこにもありません」
「そんなもんいらんわ! 『葉月』なんて日本人ネーム、フリティラリアに一人しかおらんやろ!」
「まさか、あなたも──? いえ、仰る通りデスワね」
いけない取り引きをする人のように、二人は含み笑いを交わらせた。
「えっ、えっ? どういうことなんですっ?」
ただ一人状況を把握できていない純心の愛玩機巧は置いておいて、りりすは大層人間味溢れるメイド娘に石碑の移動を請うた。
「お安い御用や。でもこれ、結構宗教染みたことが書いてあるけど……ウチ、罰が当たったりせんよな?」
マジェンタの発言通り、石碑には天使オブリエルを信じれば救われるといった主旨の箇条が幾つか刻まれていた。
だが、そんな有り難い石を、果たして広場や王城にではなく退廃的なタブー・ウィングに設置するだろうか。
「差し障りありませんわ。きっと、ただのカモフラージュですから──」
どうせ、神に裁かれるのは自分ではなくこの娘だと考えていたりりすは、適当に真っ当そうな発言をして確証がないことを誤魔化すことにした。
「そうか。なら、んしょ……!」
石碑が動くたびに、仄かに湿った土の匂いが鼻孔を刺激する。
重低音と共に石が後ろに下がっていき、すぐに隠された地下への階段を剥き出しにした。
「ふぃ~。どや? ウチ凄いやろ?」
額の汗を拭う動作と共に、マジェンタはチラチラと二人の方を横目で見た。
「はいっ! 助かりましたっ!」
ご機嫌取りは、得意分野としている愛玩機巧に一任しておけばいい。
りりすは、黙々と小さな身体に指令を送ってマジェンタの横を通り抜けた。
「あー、何やこのマスコット! いかにも災厄を振り撒きそうな大きさをしやがって! お礼くらい言ったらどうや?」
「機巧人にはそのような文化はありません。めふぃすと、奥へと進みますわよ」
「はいっ! ありがとうございました、親切なお方っ!」
ペコペコと頭を下げた後、めふぃすとも階段に足を掛け始める。
「そんじゃ、ウチも──」
「いけませんわ。ここから先は、人間には関係のない話です」
「ですよねー」
らしくない諦めのよさを見せたマジェンタ。そんなことは露ほども知らないりりすは、彼女が納得してくれたものと思って踵を返し、貧弱な明かりを頼りに地中へと潜っていった。
「お達者でー」
階段を下っていく二人の背中に、心の籠もっていない見送りの挨拶がぶつけられた。
それから数分経った頃──機巧人の姿が跡形もなく消失した頃、マジェンタは今にも吹き出しそうになりながら、緑の紐を足に結んだ鳥を空に羽ばたかせた。
「こんな面白そうなこと、ウチがあっさりと諦めるはずがないわな」
鳥は飛んでいく。
ホープネス大聖堂を目指して。
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