我が一族は王都を追われ、酷い仕打ちを受けた

「アラン、どうする?」

 振り出しに戻されたシャルルは、アランに策はあるのかどうかを確かめるために様子を窺うようなことを尋ねた。

「どうするも何も、さっきより素早く接近するだけに決まっているだろう? 今度は逃さねぇぜ」

「オーケー! 頼んだよ、アラン!」

 シャルルの顔をちらりと見てから、アランは歩くのではなく走ってルースに近付き始めた。

「愚かな……」

 ぼそりと呟き、ルースが剣を振るう。

 衝撃波が飛んでくるタイミングを予測して、アランがハルバードを握る手に力を込める。

 そして、それを構えようとしてすぐにやめた。

「衝撃波が飛んでこないぞ……?」

 ルースがどれだけ剣を振り回しても、それは軌跡を残すだけで何かを飛ばしたりはしなかった。

 事故か不具合か。どちらにせよ、これは好機だ。

 そう思ったアランは、大地を蹴る力を更に込めて疾駆した。

「これで終わりだ!」

 己の攻撃が届く距離まで近付いたアランは、ハルバードを高く振り上げて勝ちを確信した。

 後ろに控えていたシャルルが彼の脇をすり抜け、槍をルースへと伸ばしていく。

「──我が行いを顧みよ」

 ルースが、乾いた音を指で鳴らす。

 すると、アランの胴体とシャルルの槍に鋭い傷跡が刻まれた。

「何っ……!?」

 アランの重厚な鎧を貫通するほど鋭利な裂傷。

 ルースは、指を弾いただけだというのに。

 自分の側が距離を取らされたことを屈辱に感じながらも、アランは仕方なく後退した。

 一人取り残されたシャルルは、身軽さを活かしてルースの背後へと回り込んだ。

「僕に何をした……?」

 恨めしそうな表情で、そうルースに問い掛けるアラン。

 彼に手の内を明かす義務も必要性もないルースは、当然のことながら何も答えはしなかった。

「先刻までの威勢はどうしたんだ、アラン殿? そちらが動かないつもりならば、今度はこちらから攻めさせてもらうぞ!」

 執拗にシャルルだけを狙っていたルースは、アランが負傷した途端に標的を彼の方へと移した。

 荒々しさで技量をカバーしている蛮族のように、武器を縦横無尽に駆け回らせながらルースは地を駆る。

 やはり、それは普通の剣と同じ様相をしていた。

「させないよっ!」

 隙を見て大剣を拾ったシャルルが、ルースを後方から襲う。

 一瞬だけルースと目が合ったシャルルは、身の危険を感じて急停止した。

 直後、ルースが指を鳴らした。

 すると、僅かに出遅れた大剣の先端が、肉のように容易くバラバラに斬り裂かれてしまった。

「不可視の斬撃……いや、待てよ?」

 シャルルは、ルースの行動と見えない攻撃の関連性を考察した。

(彼女が斬撃を放っていた時の動きには、特別違和感はなかった。自分で名乗った通り、彼女が騎士であるからだろう。だったら、どうして今は無駄の多い動きをしたんだ……?)

 そうすることで、何かが変わるから。そうすることに、意味があるから。

 シャルルが、遂にとある解を導き出す。

「斬撃が残留しているのか!」

 シャルルが思慮を巡らせている間に、ルースはアランに斬り掛かっていた。

 何とかそれを回避した彼は、しっかりと耳で捉えたシャルルの独り言を脳内で咀嚼し、ルースの剣が通った空間には近付かないよう細心の注意を払って回避運動を試みた。

 だが、そんな抜け道は既にルースが対策している。

 三人の中で最も鈍重なアランは、少しずつルースに優勢を取られていく。

 アランは、とうとう前門のルース、後門の残留した斬撃に挟まれてしまった。

「終わりだ、アラン殿。我が刃を前に眠るがいい!」

 ハルバードでの抵抗をひらりと躱し、ルースは振り上げた剣をアランの胴体に叩き付けようとしていた。

「まだ終われるかよぉ!」

 そう絶叫したアランは、ハルバードで体重を支えながら左足を振り上げ、ルースの手の甲に蹴りをお見舞いした。

「何──!?」

 ルースの剣が吹き飛び、アランは無事生存を守り抜くことに成功した。

「形勢逆転、だな!」

 斜めに振り下ろされるハルバード。それは、ルースのハンマーと触れ合ったために勢いを失った。

 吹き付ける突風に飛ばされそうになるアランだが、彼は気合でその場に留まり続ける。

「耐えるか。ならばこうしよう」

 更に二回、風がアランを襲った。

「ぐっ……! その程度かよぉ!?」

 アランは、一度でも耐え難い苦痛の連続攻撃にすらも立ち向かい、そして勝利した。

 しかしながら、彼を襲撃していた脅威はそれだけではなかった。

 アランのハルバードが、老朽化した柱に衝撃を加えた時のように砕け散ったのだ。

 金属製で、しかもまだ朽ちてはいない武器が、そのような壊れ方をするなんて前代未聞だ。

 アランの脳内が現実に掻き乱されている間に、ルースは己の剣を拾いに向かった。

「取らせてたまるかっ!」

 後を追ってくるシャルルを追い払うために、ルースは振り返りざまにハンマーを薙いだ。

 それを一瞬立ち止まることで回避したシャルル。

 だが、ハンマーによる攻撃は残留し続けるのかという未解明の疑惑が、彼女の次の行動への移行を遅らせた。

 触らぬ神に祟りなし。シャルルは、左方に避けてから前進を再開した。

「もう遅い!」

 ルースが、剣を雑に振り回す。

 これによって、彼女の前方には絶対不可侵の防壁が構成された。

「くそっ、やられた……!」

 その場で立ち尽くすシャルルは、アランを振り返って助言を求めた。

「はぁ……はぁ……!」

 シャルルの目に映ったアランは、既に心身共に限界を迎えていた。

(頼れる先輩に、これ以上無理はさせられないか……!)

 シャルルは、自分で考え、自分で行動するしかなくなった。

(不可視の斬撃がある場所は彼女の前方だけ。上手く回り込めれば、その害を被ることはない……でも、普通に突っ込むだけじゃ、先に策を講じられてしまうだろう──ええい、悩んでいたって仕方がない。分からないことは、分かる人に聞けばいいんだ!)

「ねぇ! 君の剣には、斬撃をその場に留まらせておく力が宿ってるんでしょ? それって、何もない空間に斬撃というモノが滞在してるって認識でいいの?」

「さてな。答える気もないし、そもそも考えたことがない」

「そっか。じゃあ、試してみるっきゃないね!」

 シャルルは、観音開き式の扉を開けるように両手を外に広げた。

 その動きに呼応するように、ルースが剣を振り回した軌道に青い縁が出現した。

「……どうだ?」

 興味津々な様子で、ルースがシャルルに尋ねる。

 質問には正直に答えたいシャルルだったが、今までされてきた仕打ちを思い起こして、ルースにオウム返しをすることにした。

「……答える気はないよ!」

 剣を構え、シャルルはイノシシが如く疾走を始める。

「血迷ったか、愚か者め!」

 余りにも考えなし過ぎるシャルルの行動に翻弄されそうになったルースだったが、すぐに頭を切り替えて、シャルルが火に入る夏の虫になるその瞬間を待ち続けた。

「てやぁっ!」

 左方に跳び、刃物を振り被るシャルル。

「見え透いた作戦だな!」

 ルースは、剣でシャルルの攻撃を防いでみせた。

「気を付けたまえ。今の斬撃もその場で停滞してしまったぞ」

 自身よりも遥かに劣った身体能力と戦闘技術しか持っていないシャルルを、ルースは心のどこかで見下していた。

 ルースがシャルルの攻撃を防ぐたびに、一つ、また一つと斬撃が増えていく。

 そうしているうちに、ルースを覆う絶対不可侵の防壁から死角というものがなくなった。

「さて、シャルル殿はもう私に近付くことすらできなくなってしまった。体力の方も、ほとんど空になっているのだろう?」

「う、うるさい……!」

 鼻呼吸を保っているルースと、肩で息をするシャルル。優劣は、誰が見ても明白だった。

「負けを認めろ。さすれば、斬首にて楽に逝かせてやろう」

 敗北。それは即ち死を意味する。

 ならば、シャルルは抗い続けるしかない。

 彼女は、死にたくなどないのだから。

「やぁーっ!」

 最後の力を振り絞り、シャルルがルースに斬り掛かった。

「はぁ……」

 微塵も失望を隠そうともしないルースが、消化不良気味に指を鳴らした。

 瞬間、彼女自身の身体を、青く縁取られた斬撃が斬り裂いた。

「がはっ……!?」

 血を吐き、苦しみながら四つん這いになるルースに、シャルルの影が射す。

「質問に対する回答がまだだったね。私の能力で、君の斬撃がモノとして残るということが判明した。けれど、幾らそれを動かしても、蚊の一匹すら殺すことはできなかった。とどの詰まり、私が動かしてたものは無だったわけだ。でも、その無を有に変えることができる人が一人だけ存在してるよね」

「ま、さか──!」

「私は、わざと君の周りを回って、一周全てに死角が及ぶようにした。君は私しか見てなかったから、背後で起きてた変化には気が付かなかったんだね」

 ルースの見えていないところに作られた斬撃を、創造主と重なるように移動させる。

 シャルルは、たったこれだけのことを繰り返していただけだった。

「後は、斬撃の残ってないところから私が斬り掛かるフリをするだけさ。そうすれば、君が君自身の手で全てを終わらせてくれる」

「なる……ほどな……」

 ルースは、体内から込み上げてくる血液を口から吐き出した。

「見事だ。何か、褒美をやろう……」

「うーん……情報提供をお願いするよ。どうしてダリアの騎士が、革命派の手助けなんてしてるんだい?」

 ルースは、手短かつ的確に文章を纏めて言う。

「我が一族は王都を追われ、酷い仕打ちを受けた。だから、王都を陥落させようとした──それだけだ……」

「なるほど、よーく分かったよ。君は充分頑張った。ゆっくり休んで、疲れを取るといいよ」

「ふっ……そうさせて、貰う……か──」

 ルースの死を見届けたシャルルは、彼女の発した「王都を追われた」という言葉に一抹の不安を感じた。

 考え事により、微動だにしなくなった彼女の背中に、今にも死んでしまいそうなアランの声がぶつけられる。

「おーい、シャルルマーニュさんよぉ……誰かのことを忘れちゃいませんかねぇ?」

「おっと! 大丈夫──は、愚問だね。近くの兵舎まで運ぶよ!」

 シャルルは、迷いなく能力を発動させてアランを兵士の溜まり場へと移動させた。

 王都で二番目に安全な兵舎で、彼が治療を施されることが決定されたため、それ以降、シャルルは単独で革命派との戦闘を行うことになった。

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