戦を続けようではないか!
一方その頃、戦争と呼んでいいほどの激闘の只中に置かれた騎士シャルルは、姿を消してしまった葉月達を思いながら剣を振るっていた。
剣などという大層な名を与えられて入るが、掻い摘んで申せばただの薄く伸ばした金属の板だ。
幾度か皮を裂き、肉を斬り、骨を断っただけで、あっという間に野菜も切れない鈍らに成り下がってしまう。
そのたびにシャルルは、息絶えた勇士達の
(──それにしても、数が多過ぎるなぁ……)
これまでの革命派は、多くても十人程度の人数でテロ紛いの行為を繰り返すだけだった。
それが、今日は祭りでも始まるのかと見紛うくらいの人々が、保守派に牙を剥いてきている。
何が発端で、誰が主導者なのか。
百を優に越える兵士の士気を高め、実際に行動へと移させることの難しさをシャルルは知っている。
(顔も知らない誰かさんだけど、あっぱれと言ってあげるよ……!)
シャルルが、突撃してきた男の胴に剣の刃を通す。
(もう、この剣もダメそうだね……いい働きだったよ。ゆっくりお休み!)
剣を投擲し、遠方で他の騎士と戦っていた青年の背中に刀身を突き刺す。
「ありがとうございます、シャルルマーニュ様!」
「どういたしまして! よそ見は程々にね!」
軽く言葉を交わしたシャルルは、近くに落ちている槍を拾おうと進路を左に変更した。
すると、槍とシャルルの間に、三人の革命派が聳え立った。
「武器を捨てたぞ! 今のうちだ!」
「友の仇っ!」
「神は我らにあり!」
武器を捨てた──思い違いも甚だしい。
(体力消費が激しいし、この能力はいざという時まで温存しておきたかったんだけどなー……)
シャルルは、三方向に分かれて突進してきた彼らに浮遊の能力を使った。
「な、何だ!?」
驚愕により、男達の手から力が抜ける。
シャルルは、すかさず武器を浮遊させ、危険因子を没収した。
「悪いね、容赦はできないんだ!」
三つの武器が、豪邸を囲う柵のように鋭い方を空に向けて静止した。
対する革命派は、周囲にある家の屋根を越える辺りまで上昇させられていた。
そして、何の前触れもなくシャルルの能力が途切れた。
「落ちるっ!?」
自重によって、男達が下に移動していく。
その落下地点には、味方だったはずの自分の武器が日光に照らされて煌めいていた。
「が……は──」
革命派の三人は、柄すらも通り越して同時に息絶えた。
ド派手なマジックを披露するシャルルの元に、古の騎士アランが近付く。
「スコアは?」
「まだ三十くらいかなー。そっちは?」
「三十五だ。一歩リードってところか」
殺人なんて、誰もやりたくはない。
だから二人は、これは
「病み上がりのくせに、随分と元気そうじゃないか!」
シャルルが、目当ての槍を拾い上げながら発言した。
「バーカ。怪我はハンデだよ!」
革命派に包囲されてしまったため、二人は背中合わせになった。
「背中は任せた!」
「背中に気を付けろよ?」
横目で互いの顔を見合わせた後、二人同時に疾走を開始する。
「さあ、正義を抱いて掛かってこい!」
「死にたい奴から前に出ろ!」
敵兵の数は五十。
つまり、先に二十五と声に出した方の勝利となる。
「一、二、三!」
「四、五、六!」
刻々と刻まれていく死人の数。その声は、ほぼ同じタイミングで止んだ。
「「二十五!」」
しばしの静寂の後、二人は顔を見合わせるために踵を返した。
「楽しそうなことをやっているではないか。その遊戯、私も混ぜてはくれないだろうか?」
ウェーブしたセミロングの金髪、フリティラリアでは見掛けない平坦な鎧。ベルトに収められた武器は、白の剣と小型のハンマーという斬新な組み合わせをしている。
全身から放たれる気配は友好的ではなく、戦闘経験が豊富なシャルル達は、刹那のうちに彼女が敵であることを見抜いていた。
「私達に、君のスコアになれって言ってるわけ?」
「同時に、私も諸君らのスコアになり得る。この条件ならば、文句はあるまい?」
二対一の殺し合い。圧倒的不利な状況で、彼女はシャルルとアランに戦いを申し込んできた。
となると、何か策、或いは罠があると勘繰るべきだ。
それを特定することを優先事項として、シャルルは異国の少女の要求を飲んだ。
「聡明な判断に感謝する。申し遅れた。私はルース。ダリア国の騎士だ」
「僕の名はアランだ。騎士同士故、今ではなく、オフの時に出会いたかったよ」
「あー、アランの浮気者ー!」
「愚痴ったりしたかっただけだよ! 曲解しやがって……シャルルマーニュ、お前は束縛女か何かかぁ?」
シャルルとアランは、この言い争いを酒の席まで取っておくことにした。
「何はともあれ、準備は万端だー! 始めようか、ルース!」
「……参るっ!」
シャルル達の指に力が加えられたことを確認したルースは、剣を引き抜き、馬にも劣らぬ速度で走り出した。
(あれだけの鎧を着てこの速度……鍛錬は怠ってないみたいだね)
各個撃破狙いか、アランよりも軽装のシャルルを重点的に狙ってきたルースの斬撃を、彼女はひらりと躱し続ける。
重視された動きやすさによって攻撃を回避すれば、わざわざ硬度で受け止める必要もない。
どちらを選んでもいいのならば、己の攻めのスタイルに合った方を選択すべきだ。
勿論、軽装にしたならば、自分の命を守るための脚力が求められる。
シャルルは、見せびらかすほど自信のある脚を使って反撃に出る。
槍の柄を地面に立てて、棒高跳びの要領で宙を舞う。
能力によるサポートも相まって、槍が折れることなく、かつルースの攻撃範囲外までの高度を稼ぐことにシャルルは成功した。
東洋の人間のように身軽な動作に虚を突かれたルースは、一瞬の間だけ動きを止めてしまった。
その間に着地をしたシャルルは、落下の勢いを加算した跳躍でルースの腹部に槍先を向ける。
彼女が相手の下半身を狙った理由はちゃんとある。
「オラァ!」
アランが、ルースの上半身をハルバードで薙ぎ払おうとしていたからだ。
一緒に戦ったことはないものの、共に過ごした時間は長い二人にしかできない息の合ったコンビネーション。それを一から十まで回避し尽くすなど、簡単にできることではない。
咄嗟の判断で、ルースはその場でしゃがむ道を選んだ。
そうすると同時に身体を回し、後方から迫る刺突に、横にした剣をぶつける。
アランの攻撃は避けられ、シャルルの突撃は防がれてしまった。
だが、決して低威力ではなかった槍を受け止めた剣には、相応の対価を支払う義務があった。
ヒビが入ってしまったのだ。
「ちっ……!」
サンドイッチ状態のまま居座っても不利になるだけだと考えたルースは、横に抜けて体制を立て直した──と思いきや、突然その場で膝を付いてしまった。
(何が起きたんだろ……?)
ルースの足には、一切のダメージが通っていないはず。であれば、古傷が開いたのだろうか──シャルルの推測は、驚くべき結果によって否定される。
「響け、希望の鐘よ!」
ルースは、立てた足の靴部分に剣を横たわらせ、力強く握ったハンマーで刀身を叩き始めた。
「足の鎧を金床にした!?」
甲高い鐘のような音が、シャルルの鼓膜を刺激する。
シャルルは思った。
剣鍛冶は、そうするものではないと。
そんなことをしても、余計に亀裂が走るだけだと。
しかし、ルースが三度金属部分を叩いただけで、剣は元の美を取り戻していった。
それどことか、謎の青白いエネルギーが刀身部分を覆っているようにも見えた。
ルースは、ハンマーを腰に巻いたベルトに戻して剣を両手で握った。
「反撃の時間だ!」
振り下ろされたルースの剣から、三日月のような形をした衝撃波が飛び出す。
「何だ何だぁ!?」
横に飛び退いたシャルル。彼女が先ほどまで立っていた地面には、鋭利なもので引っ掻いたような深い傷跡が穿たれていた。
「まだまだぁ!」
ルースの剣は、無尽蔵に振り回すだけで弾幕を作り出せる危険な代物へと昇華していた。
「あの剣、やべーな……!」
「何とかして彼女の動きを止めないと、一歩も近付けないよ!」
「何とかねぇ……! しゃーなしだ。僕が道を切り開いてやる! しっかりと後ろを付いてこいよ、シャルルマーニュ!」
無謀にも接近を開始したアランに、シャルルは困惑した。
だが、彼の自信は相当なものであったため、信じて後を追うことにした。
「我慢比べか? よかろう。ならば、こちらも全力でいかせてもらう!」
更に速く剣を動かすルース。
もはや、そこから放たれる衝撃波に隙間などないようにすら思えてくる。
「遅い遅い! ヴァンパイアは、もっと理不尽な攻撃を仕掛けてきたぞ!」
かなりの重量を誇っているはずのハルバードを、鳥の羽を振り回すようにアランは扱っていた。
ハルバードに両断された衝撃波は、アランを避けるように進行方向を変更させる。
「ゴリ押しが過ぎるよ!」
力技の極みであるアランの行動に、シャルルは思わず批判の声を浴びせてしまう。
「これが、アラン・リヴィエールの戦い方だ! 文句があるなら決闘で話を付けようじゃないか!」
(完全に戦闘狂だ……!)
シャルルは、この男にだけは武器を取らせてはいけないと自分を戒めた。
「やるではないか!」
攻めの姿勢をやめたルースは、後ろに跳んでまたもや跪いた。
「させるかよ!」
急に走り出したアランに、シャルルも続いてルースに襲い掛かる。
二人が武器を構えたその直後、ルースがハンマーを叩き始めた。
そこから飛び出す音が防壁となって、シャルル達を遠く吹き飛ばした。
「うわっ!」
「ぐっ……!」
シャルル達が空中にいる間に一回。受け身を取って着地した時に一回。
計三回の金属音が、世界に木霊する。
「待たせたな。戦を続けようではないか!」
ルースが、剣先と得意げな笑みを二人に向けた。
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