私にも、何か武器を貸してくれるかな

 排除──その単語を耳にした途端、葉月はりりすが敵なのか味方なのか分からなくなってしまった。

 どちらにせよ、今のりりすがオブリエルを殺めようと試みているのならば抗う他ない。

「そんなこと、私が絶対にさせない!」

 葉月が、一歩踏み出して戦闘態勢に入る。

 すると、りりすは広げた両手を前に構えて、葉月に落ち着くよう諭した。

「どうどう。今のところ、あなた達と敵対するつもりはありませんわ」

「でも、オブリエルを殺しにいくつもりなんでしょ?」

「ええ。ですが、それとこれとは別の話でしょう?」

 単身で行動してばかりのりりすの脳からは、仲間という概念が消滅寸前まで迫ってきていた。

 あるのは上下関係──物事を最適化するための事務的な関係だけだ。

 だから、何故オブリエルの殺人計画に葉月が怒っているのか、その理由を理解できなかった。

「友達を困らせようとする人がいたら、全力で止めるのが友情でしょ!」

「友情のためならば、わたくしにも歯向かうと仰るんですの?」

 周囲の空気が、一気に熱を下げた。

 刺すような空気とりりすの視線に、葉月は身震いしてしまう。

 それでも、決して臆さずにりりすに立ち向かった。

「たとえ勝てなくとも、絶対に逃げたりしない!」

「……そこまで言われたら、わたくしも手合わせ願うしかありませんわね。そちらの騎士のお方も、纏めて掛かってきなさい」

 りりすの手招きにより、葉月達の戦いは始まった。

「言い忘れていましたけれど、ちゃんと死ぬ前に降参してくださいね?」

 心底舐め腐った発言だったが、りりすにはそれを発するだけの実力が伴っていたため、葉月らは不快には感じなかった。

 むしろ、今までの考えが甘かったと更に警戒心を強める結果となった。

「ヴァイオレット、私の影に!」

「わ、分かりました……!」

 りりすの出方が判明していない以上、素人の葉月よりも戦い慣れたヴァイオレットを万全の態勢にしておいた方が得策だ。

 葉月は、りりすの様子を窺いつつ蛇のようにじわりじわりと距離を詰めていった。

 一般人である葉月の警戒など、戦闘機巧であるりりすの目には隙だらけの愚行にしか映っていないはずだった。

 さりとて、彼女はその穴を突こうなどとは微塵も考えていなかった。

 りりすが選んだ行動は、蛇に睨まれたように、じっと葉月がやってくる時を待つというものだった。

 二人の間が五メートル程度まで縮まった時、不意に葉月がりりすの背中側に回り込んで力一杯接近し始めた。

 距離が人一人分のところまで近付いた瞬間、りりすをナイフで斬り上げるために、葉月の影からヴァイオレットが飛び出してきた。

「──遅い」

 神速で百八十度回転したりりすは、手に持った──手が変形してできた刃を薙いでヴァイオレットの短刀にぶつけた。

 凄まじい怪力を受けたヴァイオレットの武器は、滑るように手から飛び出していった。

「んなっ……!?」

 跳躍した状態となったヴァイオレットの腹に、りりすは容赦なく前蹴りを入れた。

「が、はっ……!」

「あぁっ……!」

 ヴァイオレットに押し出される形で、葉月も後方へと吹き飛ばされてしまう。

 背中から地面に激突した葉月は、漏れる息に声を混ぜ、短い悲鳴として外に吐き出した。

(やっぱり強い……!)

 りりすの戦闘力は、あんどらすやルナとは比べ物にならない領域にまで達していた。

 まるで、打撃の一つひとつがばあるの攻撃に匹敵しているような──葉月の目には、そんな風に映っていた。

(どうする……?)

 りりすの方から攻めてくることはない──これは、葉月とヴァイオレットにとってデメリットでしかなかった。

 進攻するという無駄を省いた完全なる防御──格上の存在にのみ許される後出しじゃんけんをされてしまうからだ。

 りりすにとっては虫を払い除けているだけのつもりでも、虫にしてみれば、それが思わぬ致命傷となることもある。

 とどの詰まり、りりすは葉月らの攻撃を対処しているだけでこの戦いに勝利することができる。

「もうおしまいですの?」

 りりすは、変形させた手を元の形に戻して前髪を撫で上げた。

 それから、横の髪を指に巻いて遊び始めた。

「葉月さん……!」

 ヴァイオレットが、今にも消えてしまいそうな声で葉月に囁きかける。

「もう一度、さっきと同じことをしてください……」

「同じことって……どうせ、結果は変わらないんじゃないの?」

「雨垂れ石を穿つ、ですよ……」

 結局、ヴァイオレットが何を言いたかったのかさっぱり分からなかった葉月。

 でも、それがヴァイオレットの思う勝機なのだとすれば、身を委ねるのも悪くない。

 思考を纏めた葉月は、ヴァイオレットが影に消えたことを確認した後立ち上がった。

「降参は?」

 りりすの確認に、葉月は強い口調で返答する。

「しないっ!」

 もう、恐れを抱いている暇なんてない。

 葉月は、真っ直ぐりりすに突っ込んで、またりりすの背後に向かって移動した。

 ヴァイオレットは、先ほどよりも早い段階で姿を現した。

 手には短刀よりもずっと長い刀が握られており、出現するタイミングのズレは刀身の長さと関係しているように思われた。

「……わたくしを侮辱しているんですの!?」

 前回よりも破壊力の増した斬撃が、現界したヴァイオレットの黒く輝く刀と接触する。

 二人の間に風が巻き起こるほどの衝撃だったが、ヴァイオレットは足を開いて姿勢を低くし、自分に向かうエネルギーを受け止めきった。

 両者が静止し、次の攻撃へと移る。

 ゆっくりと息を吐いたヴァイオレットは、身を翻して刀をりりすの刃から外した。

 おまけに、次のヴァイオレットの斬撃には威力の増大という副産物が約束された。

 振り下ろされる刀を、余裕の表情でりりすが受け止める。

 刀の勢いが死ぬよりも先に、ヴァイオレットが再度身体を捻ると、まだ上向きの力が残っていたりりすの腕が虚しく空を斬り裂いた。

 胴体の半分ががら空きとなったこの刹那を、ヴァイオレットが見逃すはずもない。

 重力を無視するかのように。時間が逆行しているかのように、ヴァイオレットの影の中から授業で使う定規くらいの大きさをしたナイフが飛び出してきた。

 ヴァイオレットはそれを逆手で掴み、りりすの脇腹に突き刺すように振るった。

「──ブレイジング・ヒート」

 ナイフの剣先がりりすの服に触れるか触れないかのところで、りりすの靴裏に赤く小さな魔法陣が出現した。

 りりすは、つま先で軽く大地を蹴って身体を後ろに跳ねさせる。

 不発に終わってなお止まらないヴァイオレットの攻撃。

 それが停止する前に、ヴァイオレットのほぼ真下に出現している魔法陣が激しく爆発した。

「ヴァイオレット──!!」

 炎熱と爆風が直撃したヴァイオレットは、身体のあらゆるところから出血しながら後ろに倒れた。

 嵐と嵐のぶつかり合いのような戦闘に参加することができなかった葉月が、倒れる少女に駆け寄って呼吸を確認する。

 耳と肌が呼吸の存在を捉える感覚に、葉月はひとまず安心した。

 その間で三歩後退したりりすは、緊張から解放されたことによって、いつもの余裕があるものではない笑みを浮かべた。

「わたくしに魔術を使わせた人間は、この世界ではあなたが初めてですわ」

「魔術──?」

 葉月は、シャルルの鍵や、マジェンタ姉妹が武器を召喚する時に用いる『能力』と呼ぶに相応しい手品は見たことがあるものの、五大元素などを扱う魔法系統のそれは初見だった。

 街中にも騎士団にも大聖堂にさえも魔法を使いそうな服装の人はおらず、葉月は、てっきりここはそういう類いのものは存在していない世界なのだとばかり思っていた。

 機巧人であるりりすが扱えるものを、何故人は使用しないのだろう。

 そもそも、りりすは誰から魔術を習ったのだろう。

 葉月の頭では、絶対にこの疑問が解決することはない。

 第三者の知恵でも借りない限りは、得体の知れないものとして認識していくしかないのだ。

「なかなか楽しい戦闘でしたわ。さあ、早くその子を医者のところへと連れておいきなさい」

「まだ……やれます……!」

 力が入らない腕を震わせ、ヴァイオレットが上体を起こす。

 血が数適地面を濡らしていることなど気にも留めずに、ヴァイオレットは真っ直ぐ立ち上がった。

「その身体じゃ無理だよ……!」

 見上げる葉月に優しい笑顔を向け、ヴァイオレットが口を開く。

「まだ、やれます……」

 ヴァイオレットは呆然とする葉月から視線を外し、敵を見据えて刀を構える。

(ボロボロの身体で、まだりりすに挑もうとしているの……!?)

 信じられないヴァイオレットの行動に、葉月は呆れ返った。

 そして、力になりたいとも思った。

「ヴァイオレット──私にも、何か武器を貸してくれるかな」

 傷だらけの少女一人に仕事を押し付けるなど、葉月には耐えられない苦痛でしかない。

 少女が傷だらけならば、最低限のことだけをやらせて他は全て自分が補ってみせる。

「ですが──分かりました……」

 一瞬は躊躇したヴァイオレットだったが、すぐに葉月の覚悟を感じ取って、彼女に黒光りした斧を手渡した。

 大きさは、女子高生がギリギリ片手で持つことができる程度の重さしかない小さなものだ。

 これならば、自分でもそれなりに扱うことができるかもしれない──葉月は、ヴァイオレットの選択を信じることにした。

「くれぐれも、無理はしないようにしてくださいね……」

 ヴァイオレットは、人を斬り付けることに慣れていない葉月を戦闘に参加させることを不安に思っていた。

 だが、不慣れであるが故に、そもそも近付くことすらできないだろうと高を括ってもいた。

 彼女が斧を渡したのは、葉月の意志を尊重しただけに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもなかった。

「……降参は?」

 ヴァイオレットの思いなど露ほども知らない葉月も、ヴァイオレットと声を合わせて答える。

「しません……!」

「しない!」

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