機巧人は、所詮は人間の創造物ですっ

 人の数ほどある星々は、眩い王都の上空でも明るく瞬き続けていた。

 愛玩機巧は、誰が何のために星などというものを創造したのかと考えつつ、“ファーストレイ”の近くにある広場へと足を運ぶ。

 昼間は賑やかなこの場所も、夜になれば動く影が一つも見当たらない。

 安心感と不安感を兼ね備えた仄暗い空間で、愛玩機巧が何者かに喋り始める。

「発信。発信。私は、愛玩機巧めふぃすと。私は、愛玩機巧めふぃすと。応答してください」

 明るく、それでいて平坦な声が静寂の中に音を齎す。

「問題ありません。順調に事が運んでいます」

 機械のように感情が込められていないのに、特有のノイズがない──人間そのものの声。

 愛玩機巧と対話する者はなく、返答もない。それでも、彼女は不可視の存在と言葉を交わし続けた。

「博士も元気ですよ。もう大人なんですから、少しくらい周りに気を遣ってもらいたいくらいです」

 ツァーフ博士は、典型的な黙っていれば美青年タイプの人間だった。

 しかし、一度機巧人の話になると、周囲の目も相手の顔色も一切眼中から飛び出し、自分の気が済むまで延々と口を開閉し続けるという致命的な欠点があった。

 加えて、機巧人開発を批判する者及び反抗的な機巧人に対して、罪に問われるほどの暴力を振るう傾向にもあった。

 誰が何と注意しようとも。数年、数十年の時が経過しようとも、博士の性格は変化しなかった。

 それは、今でも続いている──めふぃすとは、そう確信していた。

「明日の間に、あの人を殺せばいいんですね。いえ、問題ありません。今の私には、頼れる仲間が付いていてくれますので」

 過剰な静謐さを纏った空間は、中に留まる者に錯誤を感じさせてしまう。

 この世界には自分しかいない。世界を流れる時間は進むのをやめた……機巧人も、このような感覚に苛まれていた。

 だから、動き続ける世界で、自分以外の存在が接近してきていることに気付くことができなかった。

「めふぃすと、ここにいたんだ!」

 にこやかに駆け寄ってきた葉月に、めふぃすとも笑みを返す。

「夜風に当たりたい気分だったので、こっそり抜け出してきちゃいましたっ!」

 まるで空気を読んでいたかのように、少し冷たいそよ風が葉月の髪を撫でた。

「いい風。それに、星も綺麗……!」

 決して短くない期間を異世界で過ごしてきた葉月だったが、こうして自然の美しさに目を向けたことは一度もなかった。

 夜空に浮かぶ光と闇のコントラストも、母の手のように優しい風も、葉月が気付いていなかっただけでずっとそこにあったのだ。

 天を見上げ、心を動かされている葉月の横顔を、めふぃすとが静かに見つめる。

「あっ、そうですっ!」

 めふぃすとは急に何かを思い出したようで、スカートのポケットから赤い石が付いたノンホールピアスを取り出して葉月に手渡した。

「これ、今日の買い物の時に買っておいたんですっ。葉月さんにお礼がしたくてっ!」

 めふぃすとの健気な姿勢に、葉月の瞳は潤いの膜を張った。

「……やば、私ちょっと泣きそうかも」

「ええっ!?」

 葉月とめふぃすとは、周囲に気を遣うことなく声を出しながら笑いあった。

「本当にありがとう、めふぃすと! 早速付けてもいいかな?」

「どうぞどうぞっ! ちなみに……私とお揃いですっ!」

 そう言って、めふぃすとはポケットからもう一つ同じものを取り出し、手のひらの上に置いて葉月にそれを見せびらかした。

「私も付けますねっ!」

 小さな小さな友情の証。それに込められた思いは誰も知らず、二人だけの秘密だ。

 葉月はめふぃすとの、めふぃすとは葉月のピアスを見て、称賛の言葉を贈り合った。

 それから二人は、しばらくの間星を眺め続けた。

 全身を輝かせる星だが、めふぃすとの煌めきには遠く及ばないなどと、葉月はそんなことを思い浮かべていた。

「ねぇ、めふぃすと。一つ聞いてもいいかな?」

 めふぃすとのことを思っていると、突然葉月の脳内に一つの疑問点が浮かび上がってきた。

「何でしょうかっ!」

「あなたは、どうして一人で王都にいたの? 博士は?」

 並んだ二つの星に目をやって、何の気なしに葉月が質問した。

 めふぃすとはその問い掛けに、嘘偽りなくコンピューターが思考した通りの回答を口にする。

「王都に愛玩機巧の購入を希望する方がいらっしゃって、私とツァーフ博士は一緒に王都にやってきたんですっ。ですが、あの人混みですから、私達ははぐれてしまいましたっ。その時に、シャルルさんが私を見付けてくれたんですっ!」

「……じゃあ、ツァーフ博士がめふぃすとを殺す理由なんてどこにもないじゃん」

 めふぃすとは、発注された大切な商品だ。それを、見失ってしまったから壊してしまおうなどという発想は狂っている。

 逆に、僅かでも傷を減らそうと捜索に尽力するのが本当の商人なのではないか。

 葉月の発言は、この思考から生み出されていた。

「博士は、とても頭と腕がいいお方なので……私を捜すよりも、新しく一人作る方がずっと効率的なんでしょうねっ。野放しにしておかない理由としては、口封じの線が濃厚でしょうっ! 見ての通り、私は口が軽いのでっ……」

 めふぃすとは笑っていた。笑いながら、自分が殺される理由を語っていた。

 葉月は、そんなめふぃすとを奇妙だとも奇怪だとも思わなかった。

 ほんの少し前まで、自分がこの状態だったからだ。

 もっとも、めふぃすとのそれは不純な動機で己の死を望んでいた葉月とは相反するものだ。

 だからこそ、葉月はツァーフ博士を許せなかった。

「……身勝手過ぎるよ」

「そうでしょうかっ?」

「えっ──?」

 めふぃすとの想定外の反応に、葉月は天を仰いでいた瞳を彼女の方に移すことを余儀なくされた。

「機巧人は、所詮は人間の創造物ですっ。お洋服やパンと同じなんですよっ。だったら、使い捨てにされても別段おかしいとは言えないと思いませんかっ?」

 葉月は、人間の観点で反論をしようとした。だが、その論には当人である機巧人の意志に反してもいいほどの効力がなかった。

 パンが、「自分は人間に食べられるために生まれた」と発言したら、人間はもうパンに対して何も言えなくなってしまうのだ。

「悲しい顔をしないでくださいっ」

 あっという間に大地を向いてしまった葉月の頭を、めふぃすとがそよ風のように撫でて慰めた。

「やっぱり、その考えはおかしいよ……」

 何が不満なのか──その答えは、じっくり時間を掛けて葉月自身が導き出さなければならない。

 幸いにも、葉月にはそれをする時間が与えられている。

「……そろそろ、“ファーストレイ”戻りましょうっ。シャルルさんが、騎士をクビになってしまうかもしれませんしっ!」

 こうして、広場は再び静寂を取り戻した。


 街が動き始める朝。

 目覚めた人々は、世界のために身と人生を捧げる。

(昨日はしっかりと眠れなかったなぁ……)

 ダルさの残る身体に鞭を打ち、葉月がベッドから下りる。

(外が騒々しいな……)

 窓に近寄った葉月は、カーテンの端を捲って内から外を覗いた。

 まず初めに視界に入ったのは、時刻に反して光を損ない過ぎている空だった。

 見覚えのある赤黒いそれは、ルナが使った絶対的空間に他ならなかった。

 暗幕に閉ざされた劇場 《ブラックアウト・シアター》は、視覚的にやかましいものではあったが、真の意味で騒がしいものではなかった。

 鼓膜を揺らし、朝の爽やかな空気を打ち砕いていたのは、焦りを顔に宿した騎士達だった。

 葉月は、すぐに部屋を飛び出して階段を駆け下りた。

「葉月、おはよう!」

「そんな場合じゃないでしょ!」

 元気に挨拶をするシャルルは、葉月が見てきた中で最も真面目な様子だった。

 いつになく真剣で、芯が強い声だったからだ。

「一体何がどうなっているの!?」

 葉月の焦燥の声に回答したのは、シャルルではなくアランだった。

 アランは、定位置である帳場で新作の服を編んでおり、外の出来事に微塵も動じていなかった。

「王都で暴動が起きた。誰が闘志に火を灯したのか、昨日まで潜んでいた革命派の奴らが門の中へと侵入してきたみたいだ」

「そんなっ……!」

「国王が革命派の対策を怠っている以上、いつかはこの日がくると思っていた。終末の日だよ、今日は」

 葉月は、『地球最後の日、あなたは何をする?』という問い掛けを思い起こした。

(いつも通りの生活を送る……!)

 最後だからこそ、今までと変わらない日々を過ごしたい──アランと葉月は、同様の思想を持っていた。

 だったら、もう葉月がアランに構う必要はない。

「めふぃすとは?」

 葉月は、ここにいるはずの少女の所在を問うた。

「結構動揺してたから、部屋に戻って休むよう言ってあるよ」

「……そっか」

 不安の種を排除した葉月は、胸を撫で下ろして脳の回転速度を緩めた。

「とりあえず、着替えてくるね」

 自室に戻った葉月は、自分も戦いに参加するべきか、ここで時を待つべきかという二択に迫られていた。

 結局、選択できないまま召し替えが終わってしまい、悶々とした中、葉月は再度部屋を出た。

 彼女が向かった場所は、めふぃすとの部屋だった。

 木の扉を二度ノックして、自身の来訪を知らせてから声帯を震わせる。

「めふぃすと、入っていい?」

 一人でいるよりも、二人でいた方が幾分か気が楽になる。

 少なくとも、人間はそういう構造になっている。

 機巧人もそうであるかは定かではなかったが、葉月は人間的な善意でめふぃすとを訪ねていた。

 しかしながら、めふぃすとによる返事はない。

「入るね?」

 仕方なく扉の取っ手に触れた葉月。

 中を窺った彼女が見たものは、窓の開いた無人の一室だった。

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