機巧人に命令を下しました
天災にも似た少年の猛攻を逃れた葉月達は、王都の端にある寂れた場所を訪れていた。
王から命令があったわけでもないのに、ここの反対側も、同様に閑散とした雰囲気が漂っている。そのため、王都の住民からは、近付いてはいけない二つの区域──タブー・ウィングと呼ばれている。
「ここなら、無関係の民を巻き込む確率はずっと低いはず。まあ、交戦を前提とした動きっていうのは、私的には好ましくないものなんだけどね……」
争うことなく事態を収束させることが可能ならば、それに越したことはない。
シャルルはそうなることを望んでいたが、同時に、それが叶わぬ夢であるということにも薄々勘付いていた。
「とりあえず、空き家でも使って作戦会議といこうか!」
「空き家って、勝手に入っていいものなんですかねっ……?」
「背に腹は代えられないよ、めふぃすと! どうせ、街中で神器──じゃなくて、鉄球を召喚した時点で雷は落ちるわけだしね……」
シャルルは、ボソボソと独り言を呟きながら肩を落とした。
「落ち込んでいても仕方がない。ほら、付いてきなよ。いいところを知ってるからさ!」
シャルルの案内に従って、葉月とめふぃすとは人気のない豪邸へとやってきた。
建物の中は存外綺麗で、手入れが行き届いていると表現するに値する輝きを放っていた。
もしかしたら、某メイド服の騎士が清掃しているのかもしれない……という思考に至った葉月は、彼女の掃除風景を思い浮かべて微笑ましく思った。
いつか、マジェンタが家事だけをしていればいい平和な世界になりますように──捨て去りたいはずの世界に、葉月はそんなエールを送る。
「こっちだよ!」
手招くシャルルに付き従う葉月。彼女が案内された部屋は、食卓がそのままの形で残されていたダイニングだった。
「ささ、座って座って!」
両手で椅子を指すシャルルに、葉月がツッコミを入れる。
「ここ、シャルルの家じゃないよね……?」
「私は、細かいことは気にしない主義なんだよ!」
「不法侵入しておきながら家主面するのは細かいこととは言わないと思うけれどなー」
と、小言を言いつつも、ちゃっかり着席する葉月なのだった。
(もし何か言われたら、シャルルが座らせたって正直に話せばいいだけだもんね)
異世界で拾ってしまった悪魔の葉月が囁く。
“ファーストレイ”の時と同じように、葉月の前の席にはめふぃすとが座った。
その隣に、シャルルも腰を下ろす。
「さて、色々聞きたいことはあるけど、まずは何から始めようか?」
「当然、襲ってきた少年は誰なのか──じゃない?」
一番の謎であり、諸悪の根源でもある漆黒の少年。今最も知っておきたい人物だ。
「私も初対面なんですっ!」
葉月は、めふぃすとの即答に出鼻を挫かれた。
だが、彼女の話にはまだ続きがあった。
「ですが、私には彼が機巧人であるということが理解できました」
「何で?」
「共鳴──仮に、波長シンクロとでも名付けておきましょうかっ。彼が私に攻撃しようとした時、とても馴染み深い気配のようなものを感じたんですっ!」
それは、殺意とも違う機巧人特有の意志疎通の方法だった。
しかも、一部の機巧人同士でしか実感できないほど微弱なものだ。
「だから、未来予知みたいな回避運動をすることができたんだ?」
めふぃすとは、「そうなりますねっ」と葉月の意見を肯定した。
めふぃすとが少年の波長と同期しているように、少年もめふぃすとの居場所を把握することができる──簡単な辻褄合わせを終えた葉月は、それらを一文に纏め上げた。
「少年に狙われているめふぃすとが、皮肉にも私達の切り札になっているってことか……」
相手の狙いであり、一番失ってはいけないめふぃすとは即ち、多彩な罠の奥に置かれたダイヤモンドということになる。
そこにお宝がある限り、怪盗である少年は必ず引き寄せられてくる。
葉月達は、そんな少年の行く手を阻むためのトラップにならなければならない。
(私に、あの強烈な攻撃を凌ぐことなんてできるのかな……)
神の特権によって、ある程度の身体能力は保証されている。それでも、少年の落雷染みた天からの斬撃を防ぎ切れる自信はない。むしろ、自分ごとめふぃすとを斬り殺されてしまいそうだとすら感じていた。
実際に殺害されるのはめふぃすとだけであり、葉月は死後、蘇生する。自分だけ生き残ってしまう。
それは、葉月にとって消えることのない後悔となり、生きる糧となってしまう。
故に、めふぃすとを殺されてはいけないという使命を葉月は胸に秘めていた。
「めふぃすとと少年は波長シンクロによって引き合う運命。少年はめふぃすとを狙い、少年を倒すためにはめふぃすとが必要。ついでに言っておくと、波長シンクロは建物程度の障害物は容易に越えてくる……纏めるとこんな感じかなー?」
「随分と厄介な事件に巻き込まれているみたいですわね」
シャルルによるよく分かる解説に、口を挟む第三者がいた。
ブロンドの縦ロールに丁寧な口調……鋭い眼光を持った少女は、紛れもなくお嬢様だった。
「君は誰だい? どうしてここに?」
まさかの来訪に警戒心すら抱かないシャルルは、頭の後ろで手を組みながら二つの質問をした。
「わたくしはりりす。黒き影に追われて逃げ惑うあなた達を、ずっと追い掛けていたんですの!」
クスクスと笑うりりすは、まるでフランス人形のように美しかった。そして、悪魔のように醜悪だった。
「お話は全て伺いましたわ。ここは一つ、わたくしが手を貸して差し上げます」
そうする義理も道理も存在しないというのに、りりすはいきなり葉月達に助言を与えてきた。
「フリティラリアには、めふぃすと──あなたを含めて、五人の機巧人がいます。そのうちの一人──ばあるとはもう、顔合わせをしていますわよね?」
「もしかして──あの黒い少年のこと?」
葉月の推理に、りりすがクスクスと笑う。
そして、是非を答えなかった。
「ツァーフ博士は、めふぃすとが叛逆したと怒り心頭ですわ。それ故、機巧人に命令を下しました。叛逆者めふぃすとを殺せ、と」
「私を……殺──」
「──二人共、伏せて!」
シャルルが、掛け布団のように葉月とめふぃすとに覆い被さる。直後、シャルルの首が飛んだ。
ほんの少し上にいただけで。誰よりも先に危険を察知したというのに。
「あら……わたくしに頭を垂れてくださっているのかしら?」
これまでは何とか我慢できていたが、りりすの忍び笑いは、もはや限界を迎えていた。
「ぷっ……あははは! 騎士様直伝の跪き──流石の
「何をぉ!? 私のことはバカにしてもいいけど、騎士を侮辱するのは許さないぞ……って、あれ!?」
切られたはずの首が、止まったはずの思考が──何事もなかったかのように、いつもの場所で活動を続けていた。
葉月ではあるまいし、死を生で上塗りすることなどできるはずもない──素っ頓狂な表情で何度も首に触れるシャルルの姿は、りりすのお気に召したようで、部屋にはまた明るい笑い声が響き渡った。
「あはっ……ちょ、これではせっかく覚えてきた口上が言えないではありませんか……ふふっ、あははは!」
りりすによるお手本のような抱腹絶倒は、約二十秒間続けられた。
瞼に溜まった涙を指で拭い、何度か思い出し笑いに苦しめられた後、りりすはとっておきの決め台詞を言い放った。
「真の強者は瞳で人を殺せるんですのよ」
この言葉は、己がその人であるという宣言の隠喩だった。
嘘のような話だが、葉月達三人はそれこそ
「りりす──君は何者なんだい……!?」
クスクスと、鼻に付く笑い方が聞こえた。
「わたくしはりりす。めふぃすとの殺害を命じられた絡繰──今風に言えば、戦闘機巧ですわ」
未完の存在が、現実世界にいる。今ここに──目の前にいる。
りりすの発言は、笑みの相乗効果も相まって冗談にしか聞こえなかった。
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