第二章

皆さん初めましてっ! 愛玩機巧めふぃすとですっ!

 ウォーカーを退治した日から三日。

 ヒューマンを遥かに凌ぐ戦闘力を有していると言われているヴァンパイアを退治した騎士として、マジェンタは様々な機関から表彰をされた。

 だが、鉱山を過剰なまでに血塗れにしてしまったことがバレてしまい、勲章は取り消され、メイドにはお誂え向きと言わんばかりに清掃の任務を課せられてしまった。

 干された布団のように肩を落としながら王都の正門へと向かうマジェンタを呼び止めた葉月は、約束通り神の特権に詳しい人物を紹介するよう話し掛ける。

ヴァイオレットという名の騎士を訪ねるよう伝えたマジェンタは、馬車に乗って姿を消してしまった。

 ヴァイオレット──革命派との戦闘を行った時に名前が挙がった人物だ。

 赤紫マジェンタ青紫ヴァイオレット──類似した二つの名称には、一体どんな関係性があるのだろうか。

(姉妹だったら、ちょっと厄介だなあ……)

 言葉巧みに操られるのは一度だけでいい。葉月は、マジェンタの口の上手さを評価した上で彼女という人物を否定した。

 そんなことを考えながら、ふらふらとフリティラリアを散策していた葉月の前に、ニコラが現れた。

 二人の護衛と共に歩くニコラは、見知った葉月の顔を見付けた途端笑顔を浮かべて陽気に接近してきた。

 ここ数日の間、ニコラは革命派の一件を話し合うために王城に籠もりっ放しだった。

 もっとも、彼が入り浸っていた場所はスイートルームではなく離れにある兵舎だ。

 外のものと比較をすれば、そこも立派なスイートルームではあったのだが、ニコラはその事実を断固として認めなかった。

 兎にも角にも、無事に帰路に着いたニコラに、葉月が偶然遭遇したのがこの時ということになる。

 他愛ない会話を数回交わし、いよいよ葉月は本題であるヴァイオレットについての質問を投げ掛けた。

 葉月がニコラから得られた情報は三つ。ヴァイオレットは、青紫色の長髪を持った少女であること。マジェンタとは、似ても似つかぬ姉妹であること。“ファーストレイ”の服が大好きであり、休日はいつもそこで時間を過ごしているということ。

 ちょうど任務から帰ってきた頃合いだと、ニコラは顎髭を撫でながら言葉を漏らした。

 結果的に、王都に出歩く必要はなかった──その事実が、葉月の背負う疲労の重量を増幅させた。

 葉月は、愛想笑いをしながら手を振って、居候している服飾店に戻った。

「ただいま帰りましたー……」

 落ち込む葉月とは裏腹に、扉に備え付けられたベルは軽快な音を奏でた。

「あっ……お邪魔しています……」

 透明人間の背中に──後ろに隠れるように“ファーストレイ”の服を持ち上げた少女が、文字通り声を振り絞った。

「青紫の長髪……!」

 そして、赤紫の瞳。

 全てにおいてマジェンタと対になっている少女に、葉月は彼女が探し求めていた人物だと確信した。

「ヴァイオレットさん……ですよね?」

 青紫の少女は、一瞬肩を震わせた後にコクコクと頷いた。

「ニコラ騎士団所属……騎士のヴァイオレットです……」

「姉のマジェンタさんから、あなたに会うよう言われました。お時間よろしければ、少しお話しましょう」


すっかり会談の場となってしまった“ファーストレイ”だが、あくまでもここは服を見繕い、販売するお店だ。

 迷惑だけは掛けないように、二人はなるべく静かに会話をするよう心掛ける。

「単刀直入に伺います。神の特権という言葉をご存知ですか?」

「神の特権……女神の寵愛の別名ですね……」

 女神がひとに与える愛情おくりものは、逆の立場から見ると神から与えられる特別な権利となる。

 二つの呼び名の違いは、視点の違いを意味していた。

「私は、神の特権を知っています。と言っても、ほんの僅かのことですので、過度な期待はしないでください……それと、私、敬語はちょっと……苦手なんです」

 葉月の狂気をマジェンタから聞かされているのか、最初からこんな性格なのか。ヴァイオレットは葉月を警戒し、捨て犬のように怯えていた。

「少しでいい。知っていることを私に教えてほしいんだ」

 ヴァイオレットは辺りを見回し、何かを確認してから肯定の意思表示をした。

「女神アウロラは、とても愛情深い神です。なので時折、気に入った人に人ならざる力を授けると言われています……」

 葉月が受け取った過剰なまでの不死体質は、紛れもなく人外の能力だった。

「他人にそれらを見分ける術はありませんが、強大な力を授かった人は自ずと伝説を作り出してしまうので……」

「超強いとか、超死なないとか、結構目立つもんね」

「そ、そうですね……」

 現に葉月は、まだ狭い範囲と言えど、ただの一般市民に向けられる視線とは別の種類のそれを集めている。

「だとしたら、オブリエルも女神の寵愛を与えられた一人なのかな?」

 オブリエルは勝利の歴史を創造し、宗教を生んだ。

 人々に語られる伝記は即ち伝説であり、ヴァイオレットが呈示した条件とも一致する。

「オブリエル様は、そもそも人ではありません。もっと神にちかしい存在──天使ですから……」

「……初耳」

 異世界という単語とファンタジーチックな街並みに毒されていたが、人とは本来背中から羽を生やしていない生き物だ。

 頭上の輪こそないが、現実的に考えてみれば彼女が人であるはずなどなかった。

「つまり、どちらかと言うとオブリエルは寵愛を与える方なんだ?」

 ヴァイオレットが恐る恐る頷く。

「神の特権の解除方法とかって知っている?」

「か、解除方法……ですか……?」

 授かる方法を尋ねる人はいたとしても、捨て去る方法を探している人間は、恐らく世界中を探し回っても葉月以外に存在していないだろう。

 前代未聞な葉月の質問に、ヴァイオレットの脳内は宇宙のように複雑な形へと変化してしまっていた。

「我々は人類であり、相手は神であります故……神の特権を返却するのは難しいというか、無理なんじゃないでしょうかと私は思いますですかしこ……!」

「……かしこまりました」

「困られても困ります……」

 やはり、神の特権は複雑な錠前を備えているようだ。

「やっほー、店長ー!」

 謎の錠前を用いて鉄球を取り出す少女、シャルルが懲りずに来店した。

「シャルルマーニュ、また叱られるぞ?」

 存在感皆無の聞き上手、アランが彼女に小言を申す。

「いつもの私と思うなかれ! 今日は迷い人を連れてきていまーす! 超可愛いよ!」

 いつにも増してハイテンションにそう言って、シャルルは手を引く少女を“ファーストレイ”の店内に引き摺り込んだ。

「おととっ! 皆さん初めましてっ! 愛玩機巧めふぃすとですっ!」

 純血の色をしたポニーテールを揺らし、めふぃすとは懇切丁寧にお辞儀をした。

「愛玩機巧……?」

 初めて耳にする音に、全員が興味を誘われた。

「はいっ! 愛玩機巧は、混沌の世を安寧に導く機巧人の総称ですっ! 今は、愛玩機巧だけですが、戦闘機巧や労働機巧など、様々な機巧人の製作が予定されているんですよっ!」

「ちょっと待ってくれ。それじゃあ、愛玩機巧の説明になっていないじゃないか。俺が聞きたいのは、もっと深いところ──愛玩機巧の在り方だ」

 珍しく、アランが積極的に話の輪の中に加わってきた。

 彼には完璧主義者的なところもあるので、無知を有知に変えるべく奮闘しているのかもしれない。

 めふぃすとは、立てた人差し指を頬に当て、天井を見つめながら思慮を巡らせた。

「愛玩機巧は、神に代わって人を幸福にするために製造された機械の人間……と言い換えてみましたが、これなら分かりやすいですかっ!?」

 葉月は、中世のヨーロッパを彷彿とさせる現世に、過去の世界という先入観を抱いていた。

 どうやら、実際は勘違いも甚だしかったらしく、前世よりも進んだ技術を有していたらしい。

「機械で人間を作っただと!?」

「人は、神によって創造されるもの……製作者さんは、きっと処刑されてしまいます……」

「私も、異世界人の葉月という特異な前例がなかったら、今頃ずっこけて骨折していたと思うよ……」

 裏の裏。この世界もまた、機械の身体を持った人間を製造する段階までは進んでいなかった。

 更に付け加えると、葉月が転生した世界は、雰囲気通りの文明レベルしか有していなかった。

「でも、実際に機巧人がここにいる。私達の目の前にいるんだもん、信じるしかないじゃん?」

「とりあえずは様子見だ。まずは状況を聞かせてもらおう……」

 めふぃすとが機巧人であるかどうかを判断するのは、話を聞いてからでも遅くはない。

 アランは、普段葉月達が使っているところとは違うスペースに皆を集めて座らせた。

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