⑪彼女を殺したかった日

近況言います。

今私は人を殺したいです。

殺したいです。

だってだってだって聞いてくれますか?

てか聞けよ、おい。

実は丁度今殺したい人ができまして。えぇ身近な者でして。彼女がとっても御馬鹿さんな人間なので私のことを馬鹿にしてくるのです。そうです理不尽にです。理不尽と言うとまだ多少の理屈は心得てそうですけど実際は理屈の片影も通じない人間なのです。人間と生態系で分類するのも躊躇うくらい愚昧で間抜けで自分の疵瑕も認識しない者です。その証拠に彼女は言葉の重要性を理解していないのです何一つ。まぁ私がこうして言った所であなたも均しい状況つまり人を殺したい気持ちにならない限りあなた方には一貫して通解できないと思いますけど。潜在的にその気持ちになり得る人と得らない人、発育により色々いらっしゃるとは存じ上げておりますが。私的には私と似た人が好きですけれど私は他人を好きにならないから希薄な好意しか持たないですけれど。だから常に心の態度を処して適当に周りを遇っています。他人に神経を裂く暇は無いのです。

そんな人生の最中彼女は言いました。それはもう卑しい言葉を放ちました。内容をここに記した所で特別な面白みや怒りは伝わらないから敢えて言わないですが彼女の言葉は語調を含めて私の腹を切断しました。私が彼女のゴミ屑言葉に内面疎略に返答すれば必ず語尾に「!」を乗せる馬鹿さ加減です。声量を張り上げることでしか発言を強調できないことが何より言葉の扱いの下賎さを象徴していますね。そう言った空洞の割に迷惑を帯びる発言が私を始めとする静かなる人間に殺意を抱かせることを考えてないのですね。

私は沈黙の人間。家でも教室でも電車でも道端でも黙って座ったり立ったりしている人間です。それが私の理想です。あなた方はどうなのでしょうね。例えばあなたは教室でべらべらと喋る騒音人間なのでしょうか。家庭で夕ご飯を食べる際テレビで放映されるニュースを見て「え、ありえないでしょ。いやいやいや意味分からないから。何でそんなことしちゃうのかな」と見知らぬ被害者に寄り添う社会的な人間を演じたりしているのでしょうか。喋ることが良くて会話をすることがあたかも人間の基本だと信じているのですか。そのあなたは多数派を正義だと思っているたちですね。私から言わせればそのあなたは地球を題材にした箱庭遊戯のNPCです。実態ない多数派に囚われた傀儡です。人形さんだから操られていること自体にも気付かないというのが残念で無様ですね。あなた方は多数派を是とするので私の言ってることを受けたらNPCこそ正しいとか言い出すのでしょう。頭を働かせていないNPCが「人間として」という句節を当然のように使うから陳腐な矛盾を産ませてその軋轢が私のような人間を妨げるのです。NPCの癖して過剰な音声機能まで付いてますしそれに加えて地球にこのNPCが多過ぎます。私は日本在住なので日本の印象が先走りますけど感覚的には日本人の九割がNPCです。「皆が行っているから」と思い教室の多数決に流される中学生、ただ生きているだけで生きる意味を何も考えてない高校生、残業の職場で深夜まで愚痴を吐いて働く勤労者、愛を死ぬ気に考えもせず綺麗な歌詞の愛唄を歌う歌手、同様に上辺ばかりの駄作な恋物語をつくる脚本家、「そんな人も中には居て闇雲に糾弾することもできないから建前上認めてあげよう」と少数派を実質偉そうに鳥瞰する多数派な世界全体、全部全部下らないNPCです。海外は多少多様性は進歩してるだろうけどそれでも大差ないです。周りを見てもNPCしか居ないからNPCが普通だと勘違いして人間を否定したり馬鹿にしたりするのですね。大体普通とか一般とかの意味の無い言葉は本来使うべきではないし使いたくもないのですがNPCその者が意味の無い訳だから使わざるを得ないことが全く以て苦々しいです。だったらせめて全ての発言に「個人的には」の前置きを挿入するか省略されたという前提の元で話をすることが常識となると良いと思います。一番良いのは黙っていることですが。まぁ私は社会性を主張したい訳でもなければあなた方NPCに期待することなどもないですし早々にこんな世界諦めてますけどね。

その諦念を掻き乱してきたのが彼女なのです。

何度も言いますが彼女はNPCの内でも本当に矛盾の寄せ集めのようなゴミ屑でして。いや矛盾にも良い悪いがあると思うのですよ。私のように沈黙の中で一個人の範疇で感情と理論が食い違うだけならまだ良いじゃないですか。それは社会的という意味ではなく単に私の人生を良い意味で矛盾が補正してくれるという意味です。しかし元はと言えばの人生に補正が必要となる原因の一端を握っている上、私の感情も理論もを逆撫でしてくる私以外のNPCは私にとって悪い矛盾なのです。私という絶対的な視点が鍵です。

彼女は極悪で最悪で醜悪な矛盾を内に秘めていたのでした。例の一端を挙げると彼女が彼女の考えを押し付けてくるのに「謙虚になりなさい」と私に命令してきたり「自由に楽しめよ」と悠長に豪語する一方「周りに気を遣えよ」と優位者を振舞ったりする。本当馬鹿馬鹿しく思います。彼女はその種の人生でよく今まで生きていましたね。笑えませんね。共通して言えることは論理を用いてくるかと思えば感情を持ち出してくる、典型的な馬鹿の顕現ということですね。誰か交通事故に遭わせてくれませんかね。

別に必ずしも私が殺す必要は無いのです。ただこのままじっとして居ても誰も殺してくれないから、私が殺さないといけないというだけです。

犯罪者になる危険を背負ってでも殺したいのです。

彼女を殺した後を想像した上で、殺したいです。

むしゃくしゃして殺った、でも良いです。だって私は今までずっとむしゃくしゃして生きてきましたから。過去の積み重ねがあるのですよ。それを未来に引き摺れるほど私は私を無下にしないのです。

殺すしかないです。

時間が経つにつれて怒りの周期が長くなります。殺意の初期はアドレナリン全快で殺気立っていたしその場で殺せる状況だったら間違いなく殺ってました。シュミレーションとリアルを重ねて架空の殺害に精神を寄せていました。

それが二十分後には不思議と落ち着いてきて、次に二十秒ごとに殺したくなってきます。言わば短期的な有意思の殺意から長期的な突然の殺意に変質したのですね。何だか私の人生を婉曲しているみたいな波動だと思います。

私の左手が振り子を模して揺れると、あぁ。



二十秒、三十秒、十五秒。

間隔は不規則に飛び跳ね、私の衝動は無風に乗る。彼女はもう眠りに就いた。私は本性を隠して「おやすみ」繕った。そして彼女は雑言を噴いて満足したのか、鼾を掻いて寝ている。いつもうるさいその雑音が今はより一層殺意の琴線に触れる。

殺してもいい。今なら殺せる。机の引き出しから学校で作った小刀を、それか台所の棚から包丁を取り出して心臓に一突きすれば終われる。殺したらネットに画像を送信する。グロい血が布団に散る様を世間に叩きつける。

それで社会が変わるとは到底思えないし連日のニュースで狂人扱いされ非難されてやがて風化するだろうけど、そんなのはもうどうだっていい。何の道NPC由来の支持なんて要らない。NPCに理解されるような簡単な人間でも在りたくない。

だから彼女を殺して、NPCとは違うことを立証する。

それはNPCを殺すも同然。

殺してやる。

今なら殺せる。



私は自分の部屋に行った。扉を開けて扉を閉めた。閉めた直後ゴミ箱を蹴飛ばした。

「死ねよ」蹴飛ばした後もう一度思い切り蹴飛ばした。

「……」今度は無言だった。ベッドの縁を蹴った。踵を叩きつけた。めきりと割れた。

「死ねぇ」次は机を蹴り上げた。爪先の痛覚は働かなかった。机の引き出しが大きく揺れて床に落ちた。中に詰まった文房具が外に溢れた。内側から工作で作成した小刀を手に取った。小刀を机に刺した。

刺した刺した刺した。茶色く色褪せた部分に重ねて切り傷を入れた。ベッドの木枠も削った。本棚の縁も切った。部屋の中の硬い物、見つけた側から傷付けた。

小刀を握る右手に鉄錆の香りが移った。血の匂いに殺意が累積して小刀を壁に刺した。小刀が手から離れたのでしばらく何もできなかった。一旦立ち止まって部屋の中央で惚けてみた。惚けた身体の頭が殺意という情報を整理していた。何となく電灯が邪魔だったので電気を消した。部屋が暗闇になった。真っ黒で何も見えないけど確かな私の存在を感じた。

私から生まれる静寂の気持ちが黒色に溶けた。そのまま十分くらい立っていた。

小さな電灯を点けると心が安定した。安定して殺害意欲が湧いたから本棚に飾ってあるアニメのフィギュアを粉々に破壊した。全部で三体いるそいつらの首を折って腰を砕いて最終的に小刀で刻んだ。手に伝わる震動が軽々しく達成感という物がなかった。手に余った小刀の用途として教科書を見つけた。フィギュアの隣に佇んでいた世界史の教科書を引き抜いて小刀で微塵切りにした。名前の書いてある表紙を刻んで刻んで刻んで刻んで刻んで刻んで刻んで刻んだ。一枚一枚が薄く手応えも実物に比べてば半減するだろうが何もしないよりは良いと思った。

そうして全二百五十六ページある紙の束を紙くずにした。ゴミ屑に照らし合わるようだった。

時間が経つにつれ、段々と沈静してきた。仕方ないから、分離したフィギュアの頭部や下半身を床に広がる紙吹雪の上にお供えした。

壊れた景色に共感した。


近況を言いますと。

今私は、人を殺したい。

そんな殺したい人が、今も生きてまして。

私はいつでも殺せるので。

どうか沈黙していてください。

てかしろよ、おい。

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