⑨演劇部のエース

右に二つ、前に一つずれた席でノートを取る三重の首筋がエロい。

はぁ、締めたい。



演劇部に入部したのは塵程も馴染めなかったカーリング部に退部届けを投稿して、路頭にあたふたしていた中一の六月。やるからには一定以上の運動を伴う部活の部員になりたいわたしは、烈しい音響がする講堂を一目見ていた。原因はその中のコートで汗を流すバスケ部であったけど、ステージ上のこじんまりとしたスペースで二十名近くが何かに興じているのもしっかり捉えた。後にそれは演劇部だと知った。

親に帰宅部を禁じられたことが発端の勇気をシェイクし、途中入部としてわたしは厳しくなさそうな方に入った。目論見通り、部内はアットホームな環境だった。

入隊して早々連れ出された夏合宿、同部屋の部員と仲良くなった。彼女の名前は三重と言う。三重の内から臭う波長や話し方はわたしと何処となく似ていた。合宿中、三重と会話することが大半の時間を占めていた。

通常活動になっても三重との交友は間断なく続いた。その為か脚本役の部長から、ペアの配役をされることが多くなった。わたしも三重も満更ではなかったと思う。

けれどわたし達は親密になり過ぎた。高一の春、わたしと三重が交際しているという巷説が流布された。部活内にも取沙汰の輪は引っ掛かり、先輩達は最初、慰めてくれていた。しかしその上辺の素振りに安心して、三重との関係を保っていると、段々と談笑から怪しさを吐き始めた。気楽な空気が不穏に変わり映え、皆が余所余所しくなっていった。そしてついに退部者が出た。一人の離脱を先駆に、部員は分裂を開闢した。

今では皆辞めた。先輩、後輩、同級生、誰もいない。

演劇部はわたしと三重の二人だけ。

だけど全然気にしてない。というより今まで他の部員に使っていた時間を三重に集中させられて、喜ばしいくらい。皆と帰っていた電車の中で、隣を独り占めできるのは良いもの。

ただ状況が好都合に転じたことで、望みが高く昇った。三重との時間が増える次第に、三重ともっと楽しいことをしたいと思った。そう思って休み時間になる度、三重の席の側に行くようになった。

三重は板書が遅いから、わたしが机に向かう時は大体ノートに向かっている。近寄ると通例のように首を引いて驚く仕草が天然らしく、好きだ。

今、キスしたらどういう反応するんだろ。起伏の少ない会話を送受信しながら考える。教室にしろ電車にしろ、三重が手の届く位置にいるとこういう発想に陥る。そうしてつい三重の唇に着目する。

触りたい。キスしたい。パンツとか見たい。

頭を撫でたい。髪を梳きたい。頬を摘みたい。耳に息を吹きたい。お腹に指を走らせたい。胸を揉みたい。足をすりすりしたい。首をにぎにぎしたい。

三重の身体に興味関心が唆られる。そんな時期が続いた。

とある部活帰り、感情が端緒の勇気をスクイズしたわたしは三重に訊いた。

キスしてもいい?

三重は何でと訊き返した後、渋々了承した。


その日から、何故か三重はわたしとあまり話してくれなくなった。

何を話しかけても、ぼやけた受け答えしか返ってこなくなった。

観客のいない教室で、役者まで抜けた。

全く、台本通りにはいかない。

全て、演技するしかない。


わたしは帰宅部のエースになった。

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