⑧桜と桃
○桜○
初夏の風が気持ちいーねっ。
近所の皆さんも心做しか元気そうな顔をしているね。
あ、あたしの名前は桜。大きな桜の木の上で、双子の妹、桃と一緒に暮らしている普通の女の子。自分で女の子って言うのも何かあざといけど、それ以外に言いようがないからしょうがない。大人の女性って言うほど成熟してないし。
あたしと桃の家は桜の幹近くの小さな場所に建っている。お母さんは事情があって、お父さんは普段より家に居ないから今は二人専用の家。使い放題遊び放題。と言っても狭い家だからやれることは限られているけど。例えば外の景色を眺めたりだとか、桃の顔を覗いたりだとか。少し前まで一面に淡いピンクだった街一帯は、今やグリーンカラーが生い茂っているよ。雑草なんだか芝生なんだかが晴天に照らされて輝いている。緑と青の組み合わせが目に優しいんだうねきっと。色以外について言えば、太陽の顔出しが早くなってきた気がする。段々と気温や湿度も高くなってきたし、季節の移り変わりってやつを激しく感じるね。まぁ夏も悪くないけど、季節の中ではやっぱり春が一番好きだな。あたし達の誕生月だし。
遠く離れた風景から隣の桃に向き直ると、桃の表情には落ち着いた色合いから一転、赤面が生まれた。桃はあたしが見つめると何故かいつもこうなる。何でだろう。他の株に嫉妬しているのかなというからかいはなしにして、これが本当の桃色って感じだ。大分赤よりの桃色だけど。
そんな桃の紅顔を見続けていると、釣られてこっちまで赤くなってきた。自分じゃ自分のことを見れないけど、多分そうなってる。ちょっとだけ生まれが早い分、元々わたしの顔の方が赤いから尚更だ。双子だから顔色も共有しているのかね。だったら日頃からあたしが元気を振り絞れば桃も笑顔になって、桃の可愛い顔が際立つというシナジー効果。と言いつつ桃は恥ずかし顔も恥ずかし顔で可愛い。まぁだけど桃に乗せられて赤面するのは何となく癪なので、ポーカーフェイスを復帰させる。その代わり桃はさらに真紅に染めて差し上げよう。
つんつん。
試しに、桃のほっぺを風のせいにして
まぁとりあえず、桃は可愛いよ。
○桃○
わたしは桃。大きな桜の木の上で、双子の姉、桜と一緒に過ごしている。
姉妹は姉妹でもわたし達は双子なので、お互いに自分に向かって接するように気兼ねなく接する。だからわたしは桜を「桜」と呼び、「お姉ちゃん」なんて仰々しい呼び名は使わない。前にこの地域の観光で来た姉妹らしき人達が「綺麗だね、お姉ちゃんっ」「本当だ……でも縁の方が綺麗だよ」とか言葉を紡いでいた時は会話の内容と呼び方に驚いたけど、わたし達は生まれてこの方「桜」「桃」で一貫しているんだ。
そんな桜と両親不在で送る二人暮らしも、最近になってようやく板についてきた。親が居る時と違って一日中桜と二人きりだし、桜はちょくちょくちょっかい掛けてくるしで色んな困惑があったけど、それにも慣れてきた。体も心も成長しているってことなのかな。まぁ後者は未だにちょっと不得手だけど。
わたし達の生活は基本的に何もしない日々の繰り返しで、周りの景色を見るくらいしかやることがない。でもわたしにとってそれが地味に楽しい。春は見物客がこぞって訪れ、夏に差し掛かると近所の暇な子供達が青草の上で追いかけっこやらボール遊びやらして戯れている光景が映って見るに飽きない。秋冬は分からないけど、この地区は人々の憩いの場となっているのかもしれない。これが所謂公園という代物なのかな。にしては遊具がないけど。
そう言えばわたし達の住処について深く考えたことはなかったなぁと思い、桜はどう思っているのか、はたまた何も考えていないのか気になって横を振り返ってみる。するとちょうど桜と視線がかち合った。
不意打ちに近いタイミングで合ってしまい、あばばと体と顔が硬直する。身内でも姉妹でも何であっても関係なく、見つめ合ってしまうと緊張というか熱気というかがもわもわと走る。もわもわじゅわじゅわーっとなって、寿命を縮めてるんじゃないかってほど。桜とはずっと一緒にいるけど、桜はわたし並には緊張しいでも恥ずかしいでもない。照れ隠しを兼ねて独り言を補足すると緊張しいが言えたら恥ずかしいも言えていいと思うしい。これで隠せた。
桜は姉振ってるのかは知らないけどわたしより優位に立とうとする。だからわたしは基本的にやられる側。桜はやられられる側。わたしはやられられられる側。桜はやられられられられれれるらら舌噛みそう。とか思って紛らわす。
すると桜に皮膚をつんつんされた。ほひゃ、じゅじゅじゅじゅじゅ。何でそんなことを。そこは弱いのに。知ってるでしょう桜。知らないのかね桜。わたしが知ってることを桜は知らないのですか。それともわたしが知らないことを桜は知ってるんですか。無知の知が鞭みたいに散るんだけど。じゅじゅじゅじゅじゅ。熱湯を浴びたみたいに燃える。萌える?桜に?そういう問題じゃ、というかそんな場合じゃ、じゃーじゅーじゃー。血が溢れるのでは。熱血なのでは。真っ赤な朝焼けみたいに顔が紅い。桜は、桜は。
桜は何かもう、落ち着いちゃってるし。
桜って本当、しょうがない。
○桜○
可愛さの一歩先について言っても桃は秀でているのではないでしょうか。つまり、その、過激なこととかさせてみては如何でしょー。風に乗って、ふわふわっと。さらさらっと。ね、どうよ。テイスティな桃がよりデリシャスに進化するんじゃない。愛し合う二人って感じでいいじゃない。文面にすると小恥ずかしい極みだね。まぁあたし達は一つでも欠けたら足りない一心同体だから。コンビニのコンビーフにも負けないコンビですから。笑顔咲かせまし。幸せの空でいつの時も隣同士でさ。
その時。
「そろそろ狩るか」
声が聞こえた。
○桃○
わたし達がそこまで生きたらぐにょんぐにょんのべっちょべちょになるだろうという年齢を重ねた人間が、わたし達の家の前に来た。桜の木に手を伸ばして、どさどさと選定を始めた。桜と戯れていたばかりなのに、天国から地獄への転換はあっさりとしている。
まぁそろそろかとは予測していた。どうせいつかはこの時が来るんだ。でもそれが今だとは思わなかった。何せ今、最高潮に盛り上がっていたもの。だからこそ、なのかもしれないけど。
人間の手が我が家に襲来する。天井が揺れ、地響きがひどい。今までの思い出がフラッシュバックする。走馬灯か。
これでお別れだなと、桜を見る。すると桜もこっちを見ていた。堪えるように頬を引き締めていた。
だけどわたし達は泣かない。涙を流さない。
○桜○
老人の指先に頭が震える。さっきまでの高揚感は抹消され、緊迫のみが胸に疼く。もうそんな、まさか。幸福の終わりが、あたし達を襲う。軽口を叩く暇もなく、隣の桃に視線を求める。
そうして覗いた桃は、いつもと違って冷静だった。左右に揺らめきながら「大丈夫」と言うように、いつもと変わらない顔をしていた。
桃の表情を見て、あたしはあたしを取り戻す。そしてあたし達があたし達であることを、強く刻む。そうだ、あたし達はあたし達。たとえこの家を離れることになっても、あたし達の心は一つだ。
だって。
○桃○
わたしと、
○桜○
あたし、
○桜桃○
さくらんぼ。
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