⑥ゆるふわタイム

ある夏の昼、公園で親友とキャッチボールしてたら近所のおばさんに怒られた。


翌日改めてわたし達は家に集合した。わたしと親友は家が近くに位置するため待ち合わせには便利だ。家で入念に準備を終えたわたし達は今日はキャッチボール以外の遊びもしようと大きめのバッグに道具を入れて家を出た。忠告は無かったことにして昨日と同じ公園へキャッチボールに出掛ける。幅広で交通量も人通りも少ない道路をわたしの右手と親友の左手で荷物を運びながら突き進む。いつもは手を繋いで遊びに出発するから今日は何だか特別な気分。住民の高齢化する住宅地沿いを通り抜け、着いた先の公園の柵を縫い潜る。公園はその全域に細やかな砂が敷き詰められ、子を持つ保護者からの苦情によりわたし達が園児の頃にあった遊具はほとんど駆除されている。元々人口の少ない土地で娯楽まで撤去されたものだから今ではこの公園を利用する子供はわたし達くらいしかいない。唯一残っている低身長の鉄棒も今や公園の端っこで窮屈に佇んでいて何処か物寂しそうだ。後は遊具と言うことが可能かどうか微妙な砂場の一角と不可能な敷地を隔てるフェンス程度がこの公園の中で言葉に表せるもの。荷物が置けるアスファルトもないので応急手段として鉄棒の前に向かって棒に当たる部分にバッグを引っ掛け、鉄と判断できる箇所にチャック全開にしたバッグ在住の遊び道具を都合良く所持していた縄索じょうさくで吊し上げた。どっちも鉄棒だけどなと曖昧な表現に喝を入れつつ親友とフェンスに寄っかかる。

親友のふわふわ揺れる前髪を見て夏のモンスーンが太平洋側から湿った空気を招いているなぁと感じていると「じゃあ遊びましょ?」とカメラ映りで選ばれたお天気キャスターより可愛い親友が提案した。「そうだね、まずは慣例通りキャッチボールしようか」「双子葉植物」と意思疎通し体重をフェンスから大地に振り分けスポーツ用品の一部を取り出して園内の縦に広がった。キャッチボールとは言ってもわたし達の肩力と守備力では精々公園を正方形として捉えた時周りを等速で二分一周する点ピーが十五秒費やして稼ぐ距離しか離れないし離れられない。送球○とか守備職人を取得していれば話は別だしお互いを彼女にしてハッピーエンドになれば鉄腕や剛球すら得られるけど野球に特化していないわたし達はこれで十分。グローブも要らない。

早速新品の球を素手で握り「行くよ」と親友の胸にロックオンして投げる。製作して間もないからか手がつるっと滑ってしまったけれど球は山形県の県境を模写するように山形やまなりの軌道を描いて親友の右手に無事収まる。利き手のレフトハンドに持ち替えて感触を確認した親友は「うわ凄い球だなぁ」と嘆息を漏らしてわたしに返球しわたしより美しい放物線で飛来した。わたしは包装するように丁寧に捕球する。これが双曲線だったら対応に困る所だったので非常に助かった。ちなみに「数学は美しい」って評する人が多いけど美的センスの色眼鏡を掛けている段階で数学に反しているとは思わないのかな。「え?急に理系に志してどうした?」すると親友が球ではなく声を投げ掛けてきた。ミスった、引用句と誤って科白の鉤括弧かぎかっこを用いてしまったと内省して「何でもないよわたし文科一類だし」と返答して誤魔化す。

往復させること七周目、わたしがうっかり暴投してしまうと球は地面に着弾して粉微塵に崩壊してしまった。案外長持ちしましたと星三つで写真付きのコメントをアマゾンに書き込みたい所だけど実はもう一個予備がある。そこら辺の雑草を抜き取って散布し合うことがキャッチボールと定義できるなら幾らでもあるけどそうでなければ残機一だ。コンテニューが無いからと言って恐るるに足らず勇猛果敢に遊戯グッズから二号ちゃんを獲得する。以降は最後の夏に懸ける白球の思いを尊重して丁重に投げ交わした。嘆かわしいとは一握りも思わない。

親友とわたしは往復回数を進行形で記録更新していると次第に夏なのに飽きが来て新しい玩具で遊ぶため偶然バッグに入っていたノコギリで夏休みの自由工作に励んでバットを造り出してみた。子供用と大人用が二本ずつあるから在庫に慳貪けんどんになることなくプレイボールすることができ手元の白球も感涙にむせぶ。四つの選択肢の中で最も手と体格に馴染むバットをばっと掴み余り物の三姉妹は衣紋掛けのように金属棒へ委ねた。片手にバット片手にボールは両手に花が過ぎるということで軟球を親友に渡すと観客の居ない球場でピッチャーバッターの構図が完成した。キャッチャーの不在が人気低迷に貢献しているのかと冗談を吐いて「三球勝負!三振かゴロでそっちの勝ち、フォアボールかフェンス直撃でこっちの勝ち!」「飛鳥市の怪物と呼ばれた私に勝機?そして正気?」親友も負けじと戯言を嘔吐した。親友は砂地を足で生き生きと蹴散らしマウンド風に仕立てその間にわたしもバットで絵心満載のベースとバッターボックスと連動購入特典のネクストバッターズサークルを召喚する。飛鳥の地上絵を象ったら阿吽の呼吸たる審判が開戦の笛を息吹きわたしはグリップしやすい根元を力強く掌握して神主打法を構える。「一球目!」宣言した親友は捻りに捻くれるトルネード投法で球をリリースしアウトコースからインコースに入射する延長線上にわたしの特大バットを傾けた瞬時にボールの勢いと行方が下落した変化球チェンジアップ投げれるのかと驚嘆に渦巻かれながらも決死の喰らいつきとバットの重量が相乗効果と功を奏して球をジャストミートした。快音は鳴らずとも手応えに恵比寿顔のわたしと代々木辺りの顔の親友は目黒か目白みたいな球の発車に釘付けになるがしかし打ち上げに失敗したアイシービーエムのようにフェンス手前で不時着する。ふぅ日本の安全は守られたと国民として沁々しみじみするわたしに「知ってたけど私の勝ちだな」と平和の共謀者は語る。カスタマーサービスがないので勝敗にクレームは付けないけどいよいよ残弾もなくなった。バットを肩に乗せた格好を肩バットと商標登録して次に何するか考えるわたしの隣の鉄棒に戻ってきた親友は「私に任せろ」豪語しながらおもちゃ箱に一工夫加えて新しい道具を発明した。「これは何用の何ですか」右肩バットするわたしが言うと「蹴球用の新球。磯野、蹴球しようぜ!」「一つ前の競技で言えてたら良かったのにね花沢さん」という経緯を経てサッカーすることになった。マジックショーのようにぽんぽん生まれるホビーも後は使い物にならないしこれが最後の晩餐だろうと予期して肩バットを引退しサッカーボールを「お前から蹴っていいよ」と親友から受け取る。その球体を試しに腕で抱えてみると予想以上にヘビーで思わずベイビーを抱擁したかと幻惑するがメイビー大丈夫だとガールズビーアンビーシャスを心掛けた。足であしらうにはボーリング球級に重いし他にも類似してるけれど血と汗を繁吹しぶいてきた努力を自信に円周率ラジアン変換して蹴り飛ばそう。

再び間隔を空けたわたし達は「いくぞ岬くん」「おう翼くん」と偽名を呼び合いゴールデンコンビの実力を示すべくわたしの爪先が爪に火をともすように火を噴いた。噴火させた刹那「痛っ」足先の神経に箪笥の時と等しい刺激が失踪せず疾走する。爪剥がれていないかなと屈むわたしからボールは砂の摩擦を大胆に被りながらコロコロと親友の現在地に這い寄る。転がるボールを巧妙に捌く運動神経豊富な親友は「お前蹴るの下手だな」淡泊な意見を贈りこうやって蹴るんだよと言わんばかりの器用なフォームを起用して来よった。見目好みめよく回転して面白いことになってるマスクメロンみたいな物体に釣られ立ち上がるわたしは念のため逆側の足でトラップする。季節的に西瓜の方が風情があって適当かなと考え直しつつ親友の足振りを見様見真似で再現する。しかしこの球体凸凹だし余分な糸屑も生えてるしで設計者は何を考えているんだと切歯扼腕せっしやくわんせざるを得ない。でもこのくらいの難易度がわたし達に見合っているのかと好意的に再検し情熱的な夕暮れが建物に沈むまでわたしと親友はパス練習で遊んだ。

「血も乾くほど遊び尽くしたな」「全く以てその通りだね。家帰ったらお風呂入んないと。」わたしがそう言うと親友も「じゃあ帰るか」と同意して半日に及ぶお楽しみタイムはこれにて終幕を迎えた。

善良な市民のわたし達は荷物の後片付けも忘れずに行う。バッグやロープ等は私物なのできちんと持ち帰って綺麗に洗濯するとし鉄棒とかフェンスとかに飛散してる悲惨な玩弄物はこの公園で眠らせようと決める。家に運んでも場所取るし有害だし何より運び辛い。幸いにも墓場みたいな砂場があるからそこに埋めて隠す。眼球も四肢も頭蓋骨も。

協力して埋葬し終えたわたしと親友は「また今度遊ぼうぜ!」「別の遊び道具でね!」別れの言葉と約束を交わし公園の外へ出た。



おばさんの死体を遺して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る