「ある夏の日、幼馴染に告白され」

@NURUhisu

「ある夏の日、幼馴染に告白され」

「ねぇ、付き合ってみない?」


 耳障りなセミの鳴き声が集中力をかき乱す真夏のある日。

 私の家で一緒に明後日のテスト勉強をしている幼馴染兼親友が唐突にそう言ってきた。

 ……いや、意味がわからない。

 付き合うって何処へ?

 もしかして恋人になってほしいということ?

 だって私は女の子だし、あなたも女の子でしょ?

 どういうつもりだろうと、ノートから眼を上げて彼女の方を見る。

 私よりずっと背の低い彼女のクリッとした可愛らしい眼はこちらをじっと見ていた。

 えっ、本気?


「いいけど由仁、何処に行くの?」


 とりあえず『付き合う』の意味が勘違いだったら恥ずかしいので、そう言って誤魔化す。


「そっちの意味じゃなくて、恋人にならない? って聞いてるの。綾音、分かってて誤魔化したでしょ」


 やっぱりそっちなのっ!

 どうした親友よ、暑さで脳がやられたのか。それとも数学の三角関数で丸い頭を三角にされたのか⁉︎

 いや、由仁が唐突に行動するのはいつものことだ。今日もきっと本かテレビかに影響されたのだろう。きっとそうだ。


「……由仁知らなかったの? 私は女の子だよ?」

「知ってるよ、何を今更。私が綾音の事で知らない事があるとでも?」

「……恋人って異性となるものじゃない? 女の子同士って……」

「別に不思議じゃないよ。昨今は同性婚も認められる国も誕生してるし、同性で恋人になるって普通のことよ」


 普通……なのだろうか。

 私の周りでたまたま同性のカップルがいたかっただけなのだろうか。

 いやいや、騙されるな私。

 そう、これはドッキリだ。

 由仁がいつもの様にからかって私の反応を楽しんでいるんだ。

 それならば


「付き合いたいって事は由仁、私のことそんなに好きなんだ、ヘ〜」


 逆にからかってやろうとそんな軽口を叩く。

 「そうよ、あなたのこと好きよ…………友達として」とか平然とした顔で返してくるだろうと思ったのだが。


「うぅ…………」


 由仁は顔を真っ赤にして目線を逸らした。

 口をモゴモゴとさせて何かを呟いているが小さすぎて私には聞こえない

 えっ、ちょっと。恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしくなるのだけど。

 ぼーっとそんな彼女を眺めていると、意を決したかのように由仁は私に顔を向けて声を振り絞った。


「しゅ、しゅきよ……」


 噛んだ。

 由仁はまた顔を真っ赤にしてうつむいた。

 うつむかれると小柄な由仁が尚更小さく見える。

 腰近くまで伸ばした黒い長髪が垂れて由仁の顔を隠す。貞子かな。

 しかし、これどうする。気まずいってもんじゃない。

 鈍感主人公(由仁談)と定評のある私でもさすがに察する。

 由仁は私の事が好きなのだ。しかも友達としてじゃなく、恋人にしたいくらい。


 ……いやいや、ちょっと待て私。

 今まで何回由仁に騙されてきた。まだ演技の可能性もある。……たぶん。

 気まずさから口を閉ざしている私に痺れを切らしたのか、由仁は


「……返事」

「ほへ?」

「……返事は?」


 顔を真っ赤にしながら上目遣いで私に尋ねてきた。

 その声は震えていて、いつもの適当な感じの由仁の面影はない。

 ロリ体型ロリ顔な由仁にそんな風に見つめられると、なんか犯罪臭がする。


「えーっと……本気なの? いつもの冗談……とかじゃなくて」

「じ、冗談なんか……じゃ、ないよ……。本気だもん」


 十五年以上幼馴染してきて、こんな顔初めて見た。めちゃくちゃいじらしい。


「その〜、……付き合うって……何すればいいのかな」


 ふと疑問に思ったことを質問してみる。

 残念ながら私は同性はもちろん異性とも付き合ったことない。私の知る限り由仁も人と付き合ったことはないはず。

 恋人同士になったとして何が変わるのだろうか。


「一緒に遊びに行ったり、相手の部屋に遊びに行ったり?」

「よく一緒に遊びに行くし、今現在由仁は私の家に来てるよね?」


 何も変わらない。

 もしかして知らないうちに私たち付き合ってた⁉︎

 いやいや、流石にそれはない。私も由仁もウブなだけだ。


「……後は……キス……したり」


 ウブなのは私だけでした。

 キス⁉︎

 女の子同士で⁉︎

 由仁とキス…………。

 そんな光景を頭に思い浮かべ想像してみる。


「ご、ごめん。やっぱ無し。綾音も私とキスなんてしたくないよね」

「………………いや、普通にできそう。ちょっと由仁とキスするシーン頭で思い浮かべてみたんだけど特に抵抗無かった」

「ほ、ホント?」

「……うん。……とりあえず付き合うかどうかは置いといて、ちょっとキスしてみる?」

「ふぇ⁉︎ えーと……えっ⁈」


 由仁は顔を真っ赤にして、あからさまに動揺する。かわいい。いじめたくなっちゃう。

 いつも冗談で私をからかう罰だ。

 私はグッと身を乗り出して机の反対側にいる由仁に顔を近づけた。

 少しは抵抗するかなと思ったけど、由仁は無抵抗――目を閉じてされるがまま私からのキスを受け入れた。

 触れ合うだけの軽いキス。

 私のファーストキスは幼馴染の女の子にあげちゃった。

 唇を離すと、「あぁ……」と名残惜しそうな由仁の声が聞こえた。


「あー、思ったよりちょっとだけ恥ずかしいね」


 ちょっとだけなんて嘘。

 心臓がバクバクしている。

 先まで普通に見れた由仁の顔が真っ直ぐ見れない。

 それは由仁も同じなのかずっと顔を伏せている。

 そしてキスの感触を思い出しているのか、指を自分の唇に触れては離している。

 私は座ったまま、由仁の近くまで移動する。


「綾音?」


 いつの間にかすぐそばまで来ていた私に驚いた由仁がそんな素っ頓狂な声を漏らす。

 私よりずっと背の低い由仁は座った状態でも頭半分ほど私より低く、由仁は自然と私を見上げる格好になる。

 由仁の頬を手で触る。

 うわっ、子供みたいにすべすべ。


「一回じゃよく分からなかった。もう一回しよ」


 私のおかわりに由仁は無言でうなづく。

 頬に触れていた手で髪をかき分け、由仁の頭を抑える。

 由仁は目を瞑り、「んっ」と唇を前に出す。

 由仁の水々しい薄紅色の唇。

 早くキスしたい。そんな衝動を抑え、ゆっくり、ゆっくりと唇を近づける。

 チュッ、唇が触れ合った。

 今度は先と違って5秒、10秒……、出来るだけ長く。

 ディープキスではなくフレンチキス。触れ合うだけ。それでも離れたくない気持ちから、ずっとキスを続ける。

 由仁の頭を抑えていた腕は由仁の肩、背中と降りてもう一つの腕と一緒に由仁をハグする形になる。

 由仁もそれにお返しで、私に腕を回して抱きつく。

 由仁の体温が服越しに伝わってくる。

 なんだろうこれ。気持ちいい。

 キスしながらハグすると、まるで由仁と一体化したみたいで心地よい。

 トクントクンと由仁の心音が、鼻腔をくすぐる由仁の甘い匂いが、由仁の柔らかな抱き心地が、その全てが私に快楽をもたらす。

 ずっとこうしていたい。


 何分、何十分こうしていただろう。

 どちらからともなく、唇を離してキスは終わった。

 正直キスやばいこれ。ハマってしまいそう。

 由仁としているからなのか、それともキスという行為自体が興奮を誘うのか完全に私の体は火照っていた。

 ふと、由仁に目を向ける。

 由仁の目はトロンとして、全身脱力しきっている。エロい。

 それはそうと、由仁に聞こうと思ってたことあったんだった。


「由仁……、どうして今日告白してきたの?」

「そ、それは……」


 今日の告白は本当に唐突だった。

 テストを明後日に控えた今日わざわざ告白してきたのは何故だろうと私は疑問に思ったのだ。


「綾音、先週阿部君に呼び出されていたよね」


 そう言えばそんな事あったね。

 図書委員会の委員長にどっちがなるかの相談だったけ。結局阿部君に全部押し付ける形になっちゃったけど。ごめんね、めんどくさがりで。


「それで綾音が付き合っちゃうんじゃないかって。私の大好きな綾音が取られちゃうんじゃないかって。綾音が阿部君と付き合ったら、私は絶対お邪魔虫になるもん」


 あー、あれを告白か何かと勘違いしちゃったわけか。それで今日の暴走。


「私、阿部君に告白されてないよ」

「……え?」

「先週のは図書委員の話をしただけで、そんな浮いた話じゃないよ。私がモテないのは由仁も知ってるでしょ」

「……勘違い?」

「うん」


 自分の勘違いに気づいたのか由仁は手を振って慌てだした。


「じゃあ私は勝手に勘違いして、勝手に暴走して、綾音に想いを告げてしまったピエロ? こんなの私のキャラじゃないのに……」

「ピエロかどうかはわからないけど、いつもすました顔で私を手駒にする由仁らしくはないね」

「あう……」

「でも、由仁ってそんな顔できるんだって再発見した。顔を真っ赤にして恥ずかしがる由仁かわいいよ」


 あ、またうつむいた。

 そして小声で「ズルイ」とか「アホ」とか言っていた。理不尽じゃないですか?


「さっきの告白の返事……」


 私のその言葉に反応して、由仁はビクッと体を震わせる。


「ちょっと考えてみたんだ。由仁と一緒に遊ぶのも、おしゃべりするのも、もっと言うなら一緒に居るだけで私は楽しい。別に恋人にならなくても私は由仁と一緒に居れればそれでいいなって」


 先までうつむいていた由仁の顔はしっかりと私の顔を捉え、私の答えに真剣に耳を貸していた。

 私は言葉を続ける。


「でも、さっき由仁とキスして……ハグし合って私はもっと由仁の事知りたくなったの。もっと由仁と色々なことやりたいなって。そして、多分だけど私は由仁を独占したい。私だけが由仁といちゃいちゃしたい。だから……付き合おっか。こんな私でよろしければ……だけど」


 長く、拙く、今の私の気持ちを言葉にした。

 まだハッキリした気持ちじゃない。

 自分でもよくわからない。でも、私は由仁の気持ちに応えたいんだと思う。

 そして私も由仁と恋人になるのは悪くないと思ってる。いや、なりたい。


 私の答えを聞いた由仁はポロポロの涙を流し始めた。

 やばっ、どうしようと焦っていると、急に私の胸に顔を当ててギュッと抱きついてきた。

 そしてポツポツと感情を吐露し始めた。


「……私、……私ね。ずっと、ずっと……小さい時からずっと綾音の事が好きだったよ。でもある日気づいたの。私はおかしいって。女の子の私が女の子の綾音を好きになるなんて……おかしいもん。でも中学生になっても、高校生になってもこの恋心は消えなかった、むしろどんどん強くなったの……」


 ごめんね由仁。全く気づけなかった。

 たまに私に言ってた鈍感主人公って意味がやっとわかった気がする。


「私はそんな自分をごまかすために、感情を隠し、素知らぬ顔で平気なふりをして、あなたを冗談でからかうキャラを演じて……。綾音の側にいれるならそれでもよかった」


 確かに小学生の頃の由仁は今と違って無邪気で少しスキンシップの激しい子だった。

 さっき、こんなの私のキャラじゃないって言ってたけどそれは違う。今由仁が見せているものこそが由仁の本性、素直な由仁。

 いつもすました顔で冗談で私をからかう由仁。その裏に隠された素直な由仁。


「ねえ、綾音。好きって……好きって言って」

「好きだよ、由仁」


 綾音のお願いを叶えてあげる。

 私の好きは由仁の好きとはたぶん違う。

 私の好きは親友として好きの延長…………今はまだ。


 由仁は猫みたいに私の胸に顔を擦り付けている。

 まるで私に自分の匂いを擦り付けて、自分のモノだと主張するように。

 私は由仁にされるがまま受け入れる。代わりに由仁の背中に手を回して、撫でてあげる。

 さっきハグした時も思ったけど、私は由仁と密着することが好きみたいだ。

 またキスしたいなあ。

 ………………ん?

 なんか由仁が体重をかけてきた。

 私はバランスを崩して背中から床に押し倒された。


「ゆ、由仁⁉︎ それはちょっと早いと思のですが⁉︎」

「スーッ、スーッ」


 あれ?

 もしかして…………寝てる?

 由仁は私の胸の上でスヤスヤと夢の中にいた。

 告白して気が抜けたのだろう。

 動かすのはかわいそうだからこのままに…………


「って、私も動けないじゃん」


 由仁はとても小柄だから重くは全くない。むしろ心地よい重さだ。

 しかしクーラーがついてるとはいえ、真夏日に身体を触れ合って寝るのは流石に暑い。


 ……まあ、いいか。


 幸せそうに私の上で寝る由仁を見たら私も眠くなってきた。

 由仁の可愛げな寝息を子守唄に、私の意識も睡魔に飲まれていった。

 テスト勉強は……起きたら頑張ろう。



 

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