第4話
「「「えっ……?」」」
ハッとした俺たち三人が声のした方に視線を向けた。
そこに立っていたのは──
身長(目測)158センチメートル
体重(目測)103キログラム
ぼさぼさの前髪がメガネの縁にまでかかり、出っ張った頬肉には無数の
黄ばんだ出っ歯をテラテラと濡らして満面の笑みを見せるキモヲタだった──
こいつが宗次郎さんの生まれ変わりなのか!?
だが、礼知と海未だって顔も体つきもまるで違う。
このキモヲタが宗次郎さんの生まれ変わりであっても何らおかしくはない。
俺の主観はどうあれ、礼知は彼との来世での再会を待ち望んでいたわけだから、ここは喜んでやるべきだろう。
俺は今自分にできる精一杯の笑顔を礼知に向けた。
「ついに見つけたんだね」
「何を?」
光の速さで切り返してくる花魁。
能面のような真顔が怖い。
「えっ……。 だから、そうじろ……」
「「人違いですっっっ!!!」」
俺の言葉をかき消さんばかりに、礼知と海未が同時に声を張り上げた。
海未が否定するのはわかるよ。うん。
こんなのが前世で契りを交わした運命の人だと言われても全力で否定するのは当たり前だ。
だが、花魁!
お前が真っ向否定するのはどうかと思うぞ!?
「いや、だって、礼知だろう?
僕だよ! 宗次郎!生まれ変わったら夫婦になろうって契りを交わしたじゃないかぁ」
ニタニタといやらしい笑みを脂ぎった顔に浮かべて、一歩、一歩と近づいてくるキモヲタ。
「だから、人違いですってば!!」
近寄らないでオーラを全身に漲らさている花魁。
廓言葉を完全に忘れてる。
「君との再会をずっと待ち望んでいた僕が、君を間違えるはずがないじゃないかぁー」
「いやぁっ! 来ないでえぇっ!!」
なおも食い下がろうとするキモヲタ、いや宗次郎さんの生まれ変わりを振り切るように礼知と海未は店を飛び出し、俺はその後を慌てて追いかけた。
🍞
「はぁっ、はぁっ……」
息を切らして繁華街を抜けた俺たち。
薄暗くなった小さな公園のベンチに礼知が腰掛けると、それが合図であるかのように頭上の街灯が光を灯した。
「宗次郎さまが……あんなお姿に……」
声を震わせて俯く礼知に、俺も海未もかける言葉が見つからず、ただただ立ち尽くす。
「まあ、とりあえずは会えて良かったんじゃないか……?
これで花魁の気も済んだだろう?」
言ってしまってから、失敗した、と思った。
これじゃあ俺が礼知に早く消えろと言っているみたいじゃないか。
本音を言えば、この抜群に可愛くてスタイルのいい女の子ともっと一緒にいたいんだけど。
「わっちはまだ思い残すことがありんす」
涙を指で掬い取った礼知が顔を上げた。
「海未の思いびとがよしくんでようござりんした。
そこに異論はなさんす。
……ただ、わっちももう一度だけ好いたお方に抱かれとうござりんした。
わっちが最後に床入りしたのは宗次郎さまではなくただのお客でありんしたから」
礼知が潤んだ瞳で俺を見上げた。
「よしくん。後生でござりんす。
海未の中へとわっちが戻る前に、ひとたびだけでも口づけをしておくんなんし」
「「えっ!?」」
礼知の上目遣いでの懇願に心臓が跳ね上がる俺。
血相を変える海未。
「わっちは元々海未の中に溶け込んでおりんした。
いわば、わっちは海未でもござりんす。
海未であれば、よしくんと口づけしてもよさんしょう」
事態の収束を図るためだ、という顔つきで海未を見やると、渋々ながらも頷く海未。
「花魁。海未は必ず俺が幸せにするから安心して欲しい。
花魁が結ばれなかった分、俺たちが幸せになるよ。
だから花魁も、海未の中で幸せを感じていて」
立ち上がった礼知に一歩近づくと、彼女は今まで見せたことのない縋り付くような目で俺を見た。
「最後くらいは、名前で呼んでおくんなんし……」
目の前の彼女は、この瞬間に花魁ではなくなった。
遊女という立場を忘れ、たった一人の男に心の全てを注ぎ込む、恋する女そのものに戻っていた。
「礼知──」
彼女の透き通るような頬を両手で包んで名を呼ぶと、俺はそっと唇を重ねた。
初めに感じられた柔らかな感触はいつの間にか消え、再び目を開けた時には俺と海未の二人だけが街灯の白い光の下に立っていた。
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